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スキル『魔石生成』で追放された僕、国から役に立たないと切り捨てられた辺境で「あんぱん」を作ります ~貧困領地が大発展していくまで~  作者: きいろい なつ
第二章 ノルデンに迫る金融業編

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第9話 契約書は嘘をつかない


 ディアナが眠る診療所で容態が安定したことを確認した僕は、ジークを護衛に伴い、大通りの華やかさから取り残された裏通りへと向かった。


「カイル、顔色が酷いぞ。おい、そのベルニッツって商人が悪党なら、いざとなったら俺が力ずくでぶっ倒してやるからな!」


「物騒な真似はやめておくれよ、ジーク……。相手は一応、正規の書類を交わして商売をしている商人なんだ。殴って解決するなら苦労はしないよ……」


 腰の剣に手をかけながら頼もしく胸を張るジークに、僕は引きつった笑いを返しつつ、深い溜め息をついた。

 そう、武力で解決できるならどれほど楽か。

 看板のない真新しい雑居店舗。その重い木製扉を押し開ける。


「これはこれは領主様。どうかされましたか?」


 室内の奥、質の良い執務机に腰掛けた男が、極上の笑みを浮かべて顔を上げた。

 上質な生地の服を着こなし、柔らかな西方訛りの口調で僕を迎える男——マティアス・ベルニッツである。傍らには、帳簿を抱えた眼鏡の青年ノエルが静かに控えていた。

 僕は一度、深く息を整えた。


「……話があって来ました」


 僕は机へと歩み寄り、プリメロから預かった契約書の写しを広げた。

 じ……っと、羊皮紙に並ぶ細かい文字に目を走らせる。

 前世の知識がある僕には、書かれている意味が正確に理解できた。

 だが……プリメロやディアナ、そしてこの街で資金を借りた他の人々は、これを全文理解できていたのだろうか……?

 羊皮紙の最下部、特に小さくびっしりと書かれた注記に目を配る。


「……この部分だけ、文字が小さい理由はなんだい?」


「ああ! なにせ紙に収まりきらなかったものですから、小さくなってしまったんですよ。でも——」


 マティアスは心底申し訳なさそうな顔で手を振ってみせ、すぐに薄く笑った。


「契約書を隅々まで読むのは当然……ですよね? ちゃんとご本人様方から、納得の上でサインも頂戴しております」


「説明は十分にしたんですか、マティアスさん」


「ああ! それですか。それはこちらのノエルが『ちゃんと』説明いたしました」


 マティアスに振られたノエルが、寸分の狂いもない動作で静かに一礼する。


「はい。返済スケジュールおよび特約条項につきましては、概要をお伝えしております」


「概要……? なるほど。でも、この小さい文字の条件まで『全部』説明したとは言い切れないんじゃないか?」


 僕の問い詰めるような視線を受け止めても、マティアスは眉ひとつ動かさなかった。


「聞かれなかったもんで。ちゃんと『理解』していただけたのかと」


「っ……!」


 マティアスは親身な面持ちのまま、肩をすくめた。


「『分かりました』とおっしゃって署名されたんですから、わてらとしては『理解された』と思うのが当然でしょう? まさか『分かりません』と嘘をついて署名されたなんて、思いもしませんやんか」


 息が詰まる。

 あえて自分からは詳細を語らず、知識のない相手が「分かった」と頷くのを待つ。

 契約の建前を完璧に利用した、極めて狡猾なやり口だ。


(くそっ……! 少なくとも、今ある領内の法の条文と現行の制度だけでは、即座に明確な違反を指摘することは難しい……!)


 背後でジークが不穏な気気配を察し、ぐっと柄を握り直すのが伝わってくる。だが、ここでジークが手を出せば、こちらが「暴力を振るう悪徳領主」になってしまう。


「……領主様がどうしてもとおっしゃるなら、もちろんご一考いたしますよ?」


 マティアスは楽しそうに目を細め、細い指を立てた。


「彼女たちの残債と利息、それから設備費……すべて合わせて『金貨五十枚』。いまここで、領主様が代わりに全額お支払いいただけますかい?」


「五十枚……!?」


 金貨五十枚。僕個人の資産や、毎日生成している高純度魔石を売り払えば、払えない金額ではない。

——だが、それをやった瞬間に、領地経営は終わる。


(僕が私財や公金で特定の店だけを救済すれば、『なぜあの店だけを助けるのか』と他の借り手から不満が爆発する。真面目に自力でやりくりしている商人たちからの信頼も失われ、さらには『困れば領主が借金を肩代わりしてくれる』という最悪の前例を作ってしまう……!)



「……手出しできないでしょう? 領主様」


 マティアスの声から甘さが消え、冷徹な商人の本性が覗く。


「わてらは、ルールに従って商売をしとるだけです。街を豊かにし、人々に夢を見させたのは……他ならぬ、カイル様、あなたですよ」


 胸を刺す言葉に、僕は一言も言い返すことができなかった。


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