↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スキル『魔石生成』で追放された僕、国から役に立たないと切り捨てられた辺境で「あんぱん」を作ります ~貧困領地が大発展していくまで~  作者: きいろい なつ
カイル(是清)の真価

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

105/154

番外編 才能の行方


 ある日の朝。

 執務室の古い書類棚を整理していた僕は、棚の奥から出てきた一束の新聞に目を留めた。


「……こんなものまで残っていたのか」


 端が黄ばみ、ところどころ折り目のついた新聞だった。

 どうやら数年前、王都からノルデンへ届けられたものらしい。

 何気なく一枚を広げた僕は、その見出しを目にした瞬間、思わず手を止めた。


『ロッセ家次男、重大な不正発覚により失脚——王

都を追放』


「……ロッセ家?」


 記事には、一人の青年貴族の名前が記されていた。

 エドワード・フォン・ロッセ。


(……ああ、そうだ。確か、王都の我が家でも一時期話題になっていたな)


 あの頃、侯爵邸の食卓でも、大人たちがこの事件について話していた記憶がある。

 名門貴族の子息が不正に手を染め、すべてを失った——。

 そんな話を、当時の僕はどこか遠い世界の出来事のように聞いていた。

 改めて記事を読み返す。

 エドワード・フォン・ロッセ。

 王都の名門貴族に生まれ、幼い頃から類いまれな知性を発揮していたという。

 王国法に精通し、若くして複雑な商取引や財務管理を任されるほどの人物だったらしい。

 だが——。


「……横領、不正会計、契約上の地位を利用した財産の不当な取得……」


 記事を読み進めるにつれ、僕の表情は険しくなっていった。

 帳簿上の数字を巧妙に操作し、他人の資産を自らの管理下へ移す。

 複雑な契約条項を利用して、相手に著しく不利な条件を押しつける。

 しかも、表面上は正当な取引に見えるよう、あらかじめ法的な逃げ道まで用意していたという。


「……なんだ、そりゃ?」


 背後から声がした。

 振り返ると、いつの間にかジークが僕の肩越しに新聞を覗き込んでいた。


「横領……不正会計? なんだそりゃ。金を盗んだってことか?」


「……そうだね。簡単に言えば、預かったお金を勝手に自分のものにしてしまうことだよ」


「はあ? だったら普通の泥棒じゃねぇか」


「……厄介なのは、盗まれたことに気づかない場合があることなんだ」


「どういうことだ?」


 僕は机の上にあった紙を一枚取り、羽ペンを走らせた。


「たとえば、ジーク。君が商会の金庫番を任されたとする」


「おう。……いや、俺に金庫番なんか任せて大丈夫か?」


「例え話だからね」


 僕は苦笑しながら、紙に数字を書き込んだ。


「商会には百枚の銀貨がある。でも君は、帳簿には八十枚しかないと書いた」


「……二十枚足りねぇぞ?」


「そう。残りの二十枚を自分の懐に入れてしまうんだ」


「いや、すぐバレるだろ」


「普通ならね。でも、ここに『仕入れ代金として二十枚支払った』という架空の記録を加えたら?」


「……あ?」


「さらに、取引相手と口裏を合わせて、偽物の領収書まで作ってしまったら?」


 ジークはしばらく紙を見つめた。


「……帳簿の上じゃ、金が消えたことにならねぇのか」


「うん。数字だけを信じれば、正しい支払いが行われたように見える」


「でも実際には、誰かが二十枚盗んでるんだろ?」


「そういうこと」


 ジークは露骨に顔をしかめた。


「……気持ち悪ぃな。剣を持って襲ってくる奴の方が、まだ分かりやすいぜ」


「僕もそう思うよ」


 僕は紙を机に置いた。


「しかも、帳簿や法律に詳しい人間ほど、こういう不正を巧妙に隠せる場合がある。発見するには、数字だけじゃなく、実際に品物が届いたのか、誰に支払ったのかまで調べなきゃいけないんだ」


「……頭がいい奴ほど、悪さも上手くなるってことか?」


「必ずしもそうとは限らないよ。知識があれば、不正を見抜いて人を守ることだってできる」


 僕は新聞へと視線を戻した。

 エドワード・フォン・ロッセ。

 類いまれな知性を持ちながら、その力で人々を傷つけたと報じられた青年。


「……怖いな」


「何がだ?」


「……才能そのものには、善悪がないってことが」


 法律を理解し、数字を操り、複雑な仕組みを組み立てる力。

 もしそれを、困っている人々のために使っていたなら。

 どれほど多くの人を救えただろうか。


(……才能があっても、使い方を誤れば、人を救うどころか傷つけてしまう)


 そして、それは僕自身にも言えることだった。

 僕は今、ノルデンの経済を立て直そうとしている。

 新しい産業を興し、仕事を増やし、お金の流れを作ろうとしている。

 だが、その仕組みが本当に人々のためになっているのか。

 僕自身の判断が、いつも正しいとは限らない。


(……忘れちゃいけない。数字の向こうには、必ず人がいるんだ)


「で、そのエドワードって奴はどうなったんだ?」


 ジークの問いに、僕は記事の末尾へ視線を移した。


「……王都から追放されたそうだよ。爵位に関わる権利も失って……」


「へえ。今はどこにいるんだ?」


「……それが、分からないんだ」


「は?」


「この記事、数年前のものだからね。少なくとも当時は、行方が分かっていなかったらしい」


 新聞の最後には、短い一文が添えられていた。


『なお、当人の現在の所在は確認されていない』


「……数年前から行方知れず、ってことか」


「ううん。今もそうなのかは分からないよ」


 僕は新聞を静かに畳んだ。

 王都を騒がせた、かつての天才貴族。

 すべてを失った彼が、その後どこへ向かったのか。

 今、どこで何をしているのか。

 僕には知る由もなかった。


「ま、そんな悪党、うちの領地には来てほしくねぇな」


 ジークが肩をすくめる。


「……そうだね」


 僕は曖昧に頷き、古びた新聞を机の隅へと置いた。

 そのときの僕は、まだ知らなかった。

 その新聞に記された名前を、思いがけない形でもう一度目にすることになるとは。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。