013話 ~ 骨に挿された黄色い花は
明るくなった街道を行く騎士の行軍は初めての体験だった。
馬に揺られる感触には覚えがある。
だが、近くの村を横切るたびに、人々が道端に膝をつき、頭を垂れる。
どこかで見た形だ。
だが、思い出せない。
(……演劇、か)
追いかけて来る子供たちが、朝日を反射して輝く騎士たちの鎧に瞳をきらめかせていた。
その視線が、マントとフードで全身を包んだ俺に向く。
一瞬、止まる。
さっきまでの勢いが、そこで途切れた。
「全部パッチワークしたマントの方が良かったよね。でも、子供には面白く見えたかな? ――みんな見てたね」
隣で馬の背に揺られながら、リーナが能天気な声を出す。
彼女自身が、あり合わせの布を継ぎ接ぎしたような「パッチワーク」の少女なのだ。
視線は、明らかにそちらに寄っている。
子供たちはもう足を止めていたが、リーナはずっと彼らに手を振り続けていた。
よく見れば、リーナはいつの間にか今まで持っていなかった物を抱えていた。
(そうか、ちょっとした食べ物とかを渡すのに、俺の姿が奇抜すぎたのか)
マントで全身を包んだ、不気味な男。
(罪人か? 俺は)
「ポチぃ、代わりに、これあげるね」
ふいにリーナが器用に馬を寄せて、マント越しに、胸の骨に触れる位置へ何かを挿した。
それは生花だった。
(この黄色い花……)
見覚えがある。
名前は出てこない。
だが、この色と形だけが残る。
前にいた場所のものだ。
だが、どこだったかが出てこない。
(……断片だけが増えていく)
混ざった断片をそのままにして、前を向く。
曖昧な記憶とは違い、現にあるものはこの頭が勝手に処理する。
城塞都市ガルデッドまでは、この速さで行軍すれば一週間もかからないはずだ。
ただ、俺が記憶している街道からは、徐々に道が逸れ始めていた。
クラリスたちが選んでいるのは、完全にラデーヌの奴らが使う表のルートとは別物だ。
(別々で当たり前か……)
本来の主要道を通らないということは、それだけ「正規の目」を避けている。
こんな辺境に騎士がいる。
それだけで、十分に異常だ。
度々、馬の休憩を挟んだが、日が落ちる頃には、俺たちも野営の準備に入ることになった。
俺には乗馬で疲労が溜まる肉体はない。
リーナも疲れたのか、馬から降りると足取りが重くなっていた。
馬に掛けていた厚い生地を組み合わせて、地面の冷気を凌げる寝床を作る。
リーナはその間に、自分の食事を魔法で出していた。
肉、豆、野菜。それからパン。
一見すれば豪華な献立に見えるが、出来上がったそれは、お世辞にも美味しそうには見えなかった。
(これも技能がいるんだな。ああ、それであのワームが売れると言うことか)
それから、クラリスたち騎士がどんな食事を摂るのかと、少し離れた場所から覗いてみた。
彼女たちの地位なら、魔法で物凄い馳走でも出すものかと思っていたのだが――。
彼女たちが取り出したのは、腰に括り付けていた短い筒状の棒だった。
先の蓋を開けると、中には指先でつまめるほどのサイコロが入っていた。
それを騎士たちは、慣れた手つきでポイっと口の中に放り込む。
(……あれで足りるのか)
咀嚼する音すら聞こえない。
(これが、空腹というノイズを消すための魔法か)
いきなり地面に座っていたクラリスが、そのサイコロをリーナに投げ渡した。
「こっちを食べておけ。体力がつく」
それだけ言うと、彼女は座ったまま、重い鎧を着けた状態で目を閉じて休んでいるようだった。眠っているのか、あるいは深い瞑想に入っているのか。
「あ、ありがとう、クラリスさん」
リーナは小声でお礼を言った。
手元の不格好な料理から、その小さなサイコロへと興味が移る。
そして、そのまま飴玉でも飲み込むかのように、すぐ口に入れようとした時だった。
「ちゃんと咀嚼をしろ、飲み込むな」
クラリスの口が、警告するためだけに動いたようだった。
そして、リーナはそれを聞いて、ゆっくりと口を動かしていた。
「お、お、おっいいしぃよ、これ」
リーナが小声で震えながら、顔を左右に振っている。
「お肉が食べたいなって思うと、お肉の味がするんだよ。パンだと思えばパンにね」
(……知覚上書き(ハッキング)か)
本来の味じゃない。
イメージを直接流し込んでいる――そんな気がする。
騎士の装備は侮れない。
肉体的な空腹だけでなく、精神の空白も埋めているように見える。
俺に味は無駄だが、そのシステムには興味が湧いてくる。
今の俺の脳なら、その「サイコロ」に含まれる情報をもう少し細かく読めるかもしれない。
だが、骨が要求しても貰うことはできなさそうだ。
リーナもまだ咀嚼を続けていたが、目は閉じたまま、まどろみの中にいた。
仕方ないので俺も横になり、濃紺色の空を眺めていた。
川のように流れる星々を見ていると、情報の奔流に晒されていた頭の中身が、ゆっくりと整っていく。
(俺の両親は、当たり前だがいるのだろう。だが、全く思い出せない。
理性や知恵を手に入れれば思い出せるのだろうか。
……罰でも受けているのか、俺は)
脳の演算領域をどれだけ広げても、肝心な場所が空白のままだ。
その空白のあまりの寒さに、俺の口が勝手に動いていた。
「母さん父さん。本当にいるなら――突然消えて申し訳ないです……」
「ポチも独りなんだね……」
寝息を立てていたはずのリーナの、小さな声が聞こえた。
どうやら、考えがそのまま漏れていたらしい。
(ポチも……か……。)
リーナに余計なことを思い出させてしまった。
大丈夫かと、静かに様子を見る。
彼女はまだ目を閉じたままだった。……そして、咀嚼。
涎をちょっと垂らしながらも、その口元は緩やかに上がっていた。
(強いな……)
(……そのだらしない寝顔の方がいい)
俺は再び空を仰いだ。
星々の流れは相変わらず規則正しく、冷たい。
隣から、むにゃむにゃとした声が聞こえる。
リーナは夢の中でも、まだ食べているらしい。
その寝息と混ざり合って、この世界の輪郭が、少しだけ柔らかくなった。
俺は、しばらくそのまま、流れる星を眺めていた。




