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011話 ~ 縁の干渉

 リーナの声が、骨に染み込んでくる。

 その響きが、暴走しかけていた空洞の胸を、静かに満たしていく。


「ありがとう……リーナ」


「カッコいいよ、ポチ」


(背筋が伸びたのか?)


 肉も皮もない、ただの骸骨でしかない俺を、彼女は真っ直ぐに褒めた。

 俺は骨の手で、その温かい手を握り返す。


(……この温もりが、俺を引き戻す)


「それじゃあ、ラデーヌに行くとするか」


「え、なぜ……?」


 リーナが目を丸くする。


 無理もない。

 今まで、見つからないようにしてきた相手だ。


(……あの男の中にあった)


 断片が、まだ残っている。

 消えかけては浮かぶ名前。

 ラデーヌ。


「……行って、確かめる」


 確信はない。


(……なんだ、この引っかかりは)


 足が、迷わずその方向を選んでいる。


「それにしても、私たちがラデーヌに行ったら、殺されちゃうかもよ? ポチぃ」


「それはない、ガルデッドの城塞都市に連れて行かれるだけだ、君も……」


 言いかけて、止まる。

 その言葉にリーナを心配する〝俺〟が湧いてきた。


「ああ、そうに決まってる。リーナは来ない方が――」


「いや、美味い奴隷なのだから来てもらわないと……」


 自分の声なのに、繋がらない。


(……俺は、どっちがいいんだ?)


 落ち着いてはいる。

 ただ、噛み合わないまま並んでいる。


(思考を止めろ、それでいい)


 分析も計算も、一度切る。

 握っているリーナの手の温もりだけを、意識に残す。

 言葉にも、数にもできない感覚。


(……これでいい)


 深く息を吐く。

 ざらついていた内側が、わずかに静まった。


「一緒に来てくれるかな? ……離れないでくれ」


 その声は、どちらかに寄ったものじゃない。

 ただ、ここで選んだ「俺」の声だった。




 迷うことなく、初めての道を進む。

 考えるより先に、足が向きを決めていた。

 断片が、頭の奥で繋がっていく。


 やがて、目の前にそれはあった。

 この町で一番大きな館。重く、圧し掛かるような気配。


(……ここか)


 人さらいを生業とする、ラデーヌギルドの本拠地だった。


(縁の続きが見えない? ここで途切れる構造じゃない……)


 館のロビーに、俺とリーナは黙々と足を踏み入れていく。


 そこには、奴隷商人の手下たちがいた。

 だが、誰一人として動かない。


 男たちは、手に持ったエールをこぼし、得物を磨いていた手を止め、まるで石像のように固まっている。向けられた視線には困惑と、理解の追いつかない恐怖が張り付いていた。


(……丁度いい、理解させるには)


 俺は一歩前へ出た。

 取り込んだ記憶が、俺の動作を「ガッゼ」へと強制的に再構築していく。


「お前たち落ち着け。俺は――ガッゼだ」


 声色も仕草も完ぺきなはずだった。

 肉がないこと、骨であることなど、この圧倒的な「個」の存在感の前では些細なバグに過ぎない。


 だが、手下の奴らに今の状況を理解できる奴はいないのか。

 数十人もいるロビーには、ただ固唾を飲む喉の動きと、床に落ちるエールの音だけが残っているのが不気味だ。


 ガッ、ギィィ。


 奥にある、大きな両扉が開き、ロビーの緊張が解け落ちる。


(やっときたか)


 中から現れたのは、上質な衣服を纏った男。

 そしてその隣には、嫌でも見覚えのある騎士。

 その鎧は、歩くたびに室内の明かりをいやらしく反射していた。


「ポチ、あの人覚えてる? どうしてここにいるの?」


 リーナの問いに、俺は冷ややかな視線を正面へ向けた。


(……あの時の騎士か)


 リーナは正義的なものを期待していたのかもしれないが、人さらいの根城で、ボスと仲良く話しているようだしな。


(……無駄だな)


「ワハハハァ、マダラス卿。君が言っていたスケルトンとはあれかな?」


 豪快に笑う女騎士が、隣の男に視線を向ける。


「ワラッキャ! あいつで間違いないのか? アードで襲ってきたと言うやつは」


 手下は肯定している。

 ……だが、もう違う。


「俺はガッゼだ。骨など忘れろ」


 その宣言は、ロビーのざわめきを塗り潰した。


「こいつらは何だ……面倒だから殺ッテしま……」


 マダラス卿が、手下に命じようと口を開きかける。

 だが、その言葉が最後まで紡がれることはない。


「おい、止めておけ! 特にこんな面白い物を壊すんじゃない」


 女騎士が、いつの間にかマダラス卿の肩に手を置いていた。

 ただそれだけのこと。

 なのに、彼女より筋肉がひと回りもついた巨体が、極寒の地で凍りついたかのように硬直している。


 そんなやり取りを、俺は冷えた視界で捉えていた。

 意識が研ぎ澄まされるにつれ、空気中に漂う「縁」が、以前よりも濃く、鮮明に浮かび上がる。


 ここにいる全ての者に繋がる「縁」は、蜘蛛の巣の起点のように、マダラス卿へと集約されていた。


(……だけど、なんだ?)


 マダラス卿から伸びる縁。その途中で――


(隣のあいつ、何をしている?)


 彼女は時折、その「縁」を遮断している。


(……インターセプト? こんな構造、考えていなかった。

 複雑すぎる……直接トレースは危険か)


「そうだな、そちらのお嬢さんは知らないが、いいことを言う。こちらの連れは賓客として扱いたまえ」


「ハハ、とりあえず二人とも奥の部屋へ入れておけ」


「ポチぃ、これって失敗してるんじゃないの?」


 リーナが不安そうに、俺の腕を強く掴んで囁く。

 敵の本拠地で、自分から名乗りを上げて包囲される。客観的に見れば、これ以上の失策はないだろう。


「……何が成功か。たぶん成功も失敗もまだ起こっていないから、リーナ、安心して」


「意味わからないんですけど……」


 困惑する彼女を余所に、俺たちは手下に囲まれていた。

 知性というものが芽生えると、どうやら単に暴れること以外の選択肢を選びがちになるようだ。


(……無策で暴れるより、このまま潜り込む)


 感情ではなく、最短の効率を求める思考。

 俺は抵抗することなく、促されるままに歩き出した。


 連れて行かれた奥の部屋は、ベッドがひとつあるだけの狭い部屋だった。

 装飾はなく、あるのは重苦しい石壁と、外からかけられた頑丈な鍵の音だけだ。


 俺はリーナをベッドに座らせると、自分は部屋の隅へと静かに佇んだ。


「ポチぃ、ポチぃ」


 少し低い、地を這うような声。どうやらリーナは本格的に怒っているようだ。

 館に入ったあの瞬間は、すべてを見通しているような確信があった。けれど、静寂が訪れるとともに、彼女が抱えている生身の不安がじわじわと伝わってきていた。


「はい、何でしょうか?」


「これから逃げ出すの? それとも、これが予定通りなの?」


 射抜くような視線が俺を捉える。

 そうだ、彼女には何も説明していない。というより、俺自身、明確なプランを言語化できていたわけではない。


 だから――


「今は止まれない。……説明は後回しだ」


「……ポチは、私のことが必要でしょ」


 投げやりな言葉を遮るように、彼女は真っ直ぐに言った。


「だって、詩を歌えばポチは強くなれると思うし。あの詩には特別な力があるんだから。魔法とは違うものがね」


 その言葉に、思考が一瞬止まる。


(……ただの歌じゃない)


(あれは、俺に触れてくる)


 魔法とは違う力。

 それは、俺が見ているこの「縁」の奔流を、さらに加速させるものなのか。


(……必要だ、リーナ)


 心の中で呟く。

 効率や解析とは別の、もっと原初的な結びつき。


「……そうだね。君の力が必要になる時は、すぐそこまで来ているかもしれない」


 俺は壁に背を預けたまま、閉ざされた扉の向こう、マダラス卿とあの女騎士が繋がっている「縁」の拍動を、より深く探り始めた。

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