The story’s シンデレラ事件 10
立ち上がる。
扉へ向かう。
その直前。
「――最後の選別がある」
名探偵が言った。
彼女は足を止める。
「質問は一つだけだ」
静かな部屋。
「……なぜ、あの時逃げた?」
その言葉だけが。
やけに重かった。
■最終選別
翌夜。
残った女たちは、再び広間へ集められていた。
人数は少ない。
数十人。
最初の熱気はもうない。
あるのは緊張だけだ。
王子は落ち着かない様子で立っている。
「本当に、これで分かるのか?」
「たぶんな」
名探偵は気だるそうに答える。
「たぶんって……」
「分かんねえよ。本人見たことねえし」
王子が頭を抱える。
「でも、逃げた理由には“本人”が出る」
名探偵は続けた。
「だから聞く」
彼は女たちを見る。
「一人ずつ入れ」
また、扉が閉じられる。
また、質問が始まる。
最初の女。
「なぜ逃げた?」
「恥ずかしくなったからです……」
「何が」
「急に王子様に話しかけられて……怖くて……」
「なるほど」
紙に書く。
次。
「なぜ逃げた?」
「時計を見たら遅くて!」
「帰りが遅いと怒られるので!」
「誰に」
「父に!」
「なるほど」
淡々と進む。
次。
「なぜ逃げた?」
「試したかったんです」
「何を」
「王子様の愛を」
「めんどくせえな」
「えっ」
「次」
即終了だった。
魔法使いの女。
部屋に入る。
名探偵は少しだけ目を細めた。
「なぜ逃げた?」
「秘密です」
「答えになってない」
「お前、舞踏会でも魔法使ってたな」
一瞬。
女の笑みが止まる。
「……何のことです?」
「動きが綺麗すぎる」
「普通は微妙にズレる」
「お前は揃いすぎてた」
沈黙。
「別に禁止されてないでしょう?」
「されてねえな」
名探偵は頷く。
「でも、“シンデレラっぽく”はない」
そこで終わった。
そして。
元婚約者の女性。
彼女が部屋へ入る。
静かに座る。
完璧な姿勢。
完璧な微笑み。
「最後の質問だ」
名探偵が言う。
「なぜ逃げた?」
沈黙。
彼女は少しだけ目を伏せる。
「……分からなくなったんです」
静かな声。
「何が」
「自分が」
名探偵は黙って聞いている。
「私は、昔から“完璧”を求められていました」
「王子にも。周りにも」
「だから、努力しました」
言葉は穏やかだった。
でも。
どこか疲れている。
「笑い方も。歩き方も。踊り方も」
「全部、“完璧な女性”に見えるように」
彼女は、自分の手を見る。
「……魔法も使いました」
名探偵の目が少しだけ動く。
「魔法?」
「はい」
「本当の自分より、美しく見えるように」
「完璧に見えるように」
静かな告白だった。
「舞踏会の間ずっと?」
「はい」
「かなり高度だな」
「頑張りましたので」
少しだけ笑う。
でも、その笑みは弱い。
「……でも」
彼女は続ける。
「踊っているうちに、分からなくなったんです」
「王子が見ていたのは、“私”なのか」
「それとも、“魔法で作った私”なのか」
部屋が静かになる。
「時計を見た時」
「急に怖くなりました」
「魔法が切れることも」
「魔法が切れた後、自分が残ることも」
彼女は、小さく息を吐く。
「だから、逃げました」
その声だけ。
ほんの少しだけ震えていた。
名探偵は何も言わない。
ただ。
彼女を見ている。
長い沈黙。
やがて。
「……なるほどな」
それだけを言った。




