The story’s シンデレラ事件 9
名探偵は、その人数を眺める。
「……減ったな」
どこか疲れた声だった。
でも、その目だけは。
まだ、何かを探していた。
私は、その視線から逃げるように立ち上がる。
残る理由は、もうなかった。
王子と結婚したいわけでもない。
自分がシンデレラだとも思っていない。
なら、帰るだけだ。
出口へ向かく。
途中、名探偵の横を通る。
彼はちらりとこちらを見る。
「帰るのか」
「はい」
「そうか」
止めない。
当然だ。
「……あなたは」
思わず聞く。
「まだ、探すんですか?」
彼は少しだけ黙って。
「依頼だからな」
とだけ言った。
その答えが、妙にこの人らしかった。
私は小さく頭を下げる。
「お世話になりました」
「別に世話してねえよ」
適当な返事。
でも、その声は少しだけ柔らかかった。
そして私は、城を出た。
外の空気は冷たい。
夕方の街は静かで。
ついさっきまで、あんな変な場所にいたのが嘘みたいだった。
(終わったんだ)
そう思う。
シンデレラ探し。
変な王子。
変な名探偵。
変な女たち。
全部。
もう、自分には関係ない。
――そのはずだった。
■翌日
朝から街が騒がしかった。
「決まったらしいわよ!」
「シンデレラ!」
「王子の結婚相手!」
道を歩く人々が興奮している。
(早いな……)
私はパンを片手に、人混みを見る。
城の前には、大勢の人が集まっていた。
そして。
バルコニーに現れる。
王子と――
一人の女性。
「……あ」
知っている顔だった。
元婚約者の女性。
完璧な姿勢。
完璧な笑顔。
まるで最初から、そこに立つために生まれてきたみたいだった。
「彼女こそが、シンデレラである!」
王子が高らかに宣言する。
歓声。
拍手。
周りは大騒ぎだ。
(へえ……)
私は少しだけ驚く。
でも、不思議と疑問はなかった。
ダンスも完璧だった。
食事も綺麗だった。
立ち振る舞いも、美しかった。
(まあ、そうなるか)
そんな感想だった。
ただ。
ほんの少しだけ。
あの静かな女性のことを思い出した。
でも、すぐに頭から消える。
違うと言っていたし。
もう帰った。
なら、終わった話だ。
■前日 ―― インタビュー
夜。
城の一室。
名探偵は、椅子に座ったまま紙を眺めていた。
机の上には、候補者たちの記録。
名前。
出身。
所作。
癖。
その中で、一枚だけを指で叩く。
元婚約者の女性。
「入れ」
扉の向こうへ声をかける。
ゆっくりと、彼女が入ってきた。
相変わらず美しい。
髪も。
姿勢も。
歩き方も。
全部が整っている。
「座れ」
彼女は静かに腰掛ける。
「……緊張してるか?」
「少しだけ」
答えも綺麗だった。
「王子とは長いのか」
「幼い頃からです」
「なるほど」
紙に何かを書く。
「婚約してたらしいな」
彼女は一瞬だけ黙った。
「……はい」
「別れた理由は?」
静かな沈黙。
「王子が望まれたので」
「お前は望まなかった?」
「望む立場ではありませんでした」
名探偵は彼女を見る。
表情は崩れない。
でも。
言葉だけが少し冷たい。
「王子は昔から、“完璧な女性”と結婚したいって言ってた」
ぽつりと名探偵が言う。
「……はい」
「お前は違ったのか」
彼女は少しだけ目を伏せた。
「私は、完璧ではありませんでした」
静かな声だった。
「王子は優しい方です」
「だからこそ、“理想”を諦められなかった」
名探偵は黙って聞いている。
「私は、それになれなかっただけです」
言い方は穏やかだった。
でも。
どこか諦めきっている。
「……嫌いか?」
名探偵が聞く。
「いいえ」
即答だった。
「今でも、尊敬しています」
迷いのない声。
名探偵は少しだけ視線を細める。
「そうか」
短く返す。
部屋が静かになる。
そして。
名探偵は、机の上の紙を閉じた。
「今日はここまでだ」
彼女は小さく頭を下げる。
立ち上がる。
扉へ向かう。




