The story’s シンデレラ事件 8
(言うんだ……)
依頼人なのに。
「まあ、あいつは悪人じゃない」
名探偵は続ける。
「ただ、“物語”を信じすぎてる」
少しだけ、視線が遠くなる。
「だから、周りも巻き込まれる」
その言い方が、妙に現実的だった。
「……あなたは?」
「ん?」
「信じないんですか?そういうの」
王子様とか。
運命とか。
彼は少しだけ考えて――
「信じるぞ」
意外だった。
「ただ、信じるなら中身見ろって話だ」
その言葉だけ、妙に真っ直ぐだった。
「……終わりだ」
彼は立ち上がる。
「戻れ」
雑な終わり方だった。
でも、なぜか少し安心する。
私は席を立つ。
扉へ向かう。
その直前。
「エナ」
呼び止められる。
振り向く。
名探偵は、紙を見たまま言った。
「お前、別に無理して残らなくていいぞ」
「……え?」
「王子と結婚したいやつばっかじゃねえだろ」
その言い方は、優しさというより確認だった。
「まあ……そうですね」
「なら、自分で決めろ」
それだけ。
私は小さく頷いて、部屋を出た。
広間へ戻る。
残った女たちが、一斉にこちらを見る。
緊張。
不安。
期待。
空気が重い。
しばらくして。
最後の一人が、別室から出てきた。
名探偵も出てくる。
部屋の中央へ歩き――止まる。
「……さて」
全員が静かになる。
「勘違いしてるやつが多いから、先に言っとく」
いつもの気だるそうな声。
でも。
妙に響いた。
「ここは、“選ばれる場所”じゃない」
沈黙。
「俺たちは、“シンデレラを探してる”」
ざわめきが広がる。
「だから」
彼は、全員を見渡す。
「違うやつは帰れ」
空気が変わる。
「……は?」
誰かが声を漏らす。
「靴が合ったんですよ!?」
「ここまで残ったのに――」
「だから?」
名探偵は遮る。
「靴なんか、いくらでも合う」
冷たい声だった。
「ダンスができるやつもいる。食事が綺麗なやつもいる」
「でも、“シンデレラ”は一人だ」
部屋が静まり返る。
「ここから先は、遊びじゃない」
ゆっくりと続ける。
「“本物じゃない”のに残ったやつは――」
一拍。
「嘘つきとして扱う」
誰かが息を呑む。
「王子を騙したってことだからな」
空気が、一気に冷えた。
「今なら帰っても罪にはしない」
「だが、続けるなら別だ」
静かだった。
怒鳴ってるわけじゃない。
なのに、怖い。
「……どうする?」
沈黙。
最初に動いたのは、一人の女性だった。
泣きそうな顔で立ち上がり、そのまま出口へ向かう。
続いて、また一人。
また一人。
空席が増えていく。
(……帰るんだ)
さっきまでの熱気が、嘘みたいだった。
“王子と結婚できるかもしれない”
その夢より。
“嘘つき”として扱われる恐怖の方が、大きい。
姉妹の一人が立ち上がる。
「ちょっと、どうするのよ!」
「知らないわよそんなの!」
小声で揉めながら、二人とも去っていく。
無理やり靴を履いていた姉も。
食事をしていなかった妹も。
最後まで強気ではいられなかった。
そして。
私は隣を見る。
あの女性。
静かな彼女。
彼女も、立ち上がっていた。
「……帰るんですか?」
「はい」
迷いのない返事。
「でも」
言葉が出る。
「あなた、残れると思います」
「思いませんよ」
小さく笑う。
「私は違うので」
やっぱり、そう言う。
「……本当に?」
一瞬だけ。
彼女は、少し困ったような顔をした。
「あなた、優しいですね」
それは答えじゃなかった。
「でも、大丈夫です」
「もう十分、楽しかったので」
その言い方が、少しだけ寂しかった。
彼女は頭を下げる。
「ありがとうございました」
「え?」
「話してくれて」
まるで、もう会わないみたいに言う。
そして。
彼女は、そのまま出口へ歩いていった。
止められなかった。
止める理由も、ない。
ただ。
なぜか胸の奥が、少しだけ空っぽになる。
気づけば。
広間には、もう数十人しか残っていなかった。
元婚約者の女性。
肌の黒い女性。
魔法使いの女。
そして、まだ残る何十人か。




