The story’s シンデレラ事件 5
靴が合った者だけが、別の場所へと通された。
中庭の喧騒から少し離れた、石造りの広間。
窓は高く、光は差し込むのに、どこか閉じた空気がある。
そこに、私たちは集められた。
(……多い)
ざっと見ただけでも、軽く百人はいる。
誰もが“選ばれた”はずなのに、
そのはずなのに、誰も安心していない。
むしろ――
(ここから落とされる)
そんな空気が漂っている。
前に立つのは、王子と、あの名探偵。
王子はどこか嬉しそうで、
名探偵はいつも通り、やる気がなさそうだ。
「……さて」
名探偵が、ゆっくりと口を開いた。
「靴は、もういい」
ざわ、と空気が揺れる。
「次だ」
短く、それだけ言う。
「踊れ」
沈黙。
「……?」
「ざわ…ざわ…」
誰かの声。
私も同じ気持ちだった。
「ダンスだよ」
名探偵は、面倒そうに言う。
「舞踏会で会ったんだろ。なら踊ってるはずだ」
王子が頷く。
「ええ、彼女はとても優雅に――」
「なら、踊れないやつは違う」
言い切った。
(シンプル……)
でも、筋は通っている。
音楽が用意される。
使用人たちが慌ただしく動き、楽師が呼ばれる。
その間に、私は周りを見る。
いろんな女がいる。
その中で、特に目立つ三人。
一人目。
華やかなドレスを着た女性。
姿勢も所作も完璧。
(……あの人)
周りの視線も、どこか特別だ。
「元婚約者様よ」
「王子と昔……」
小声が聞こえる。
(なるほど)
彼女は静かに立っている。
自信があるのか、余裕があるのか。
少なくとも、“踊れない”とは思えない。
二人目。
少し離れた場所にいる女性。
肌が黒い。
この国では、珍しい色だ。
だが、それ以上に目を引くのは――
(無駄がない)
立ち方。視線。呼吸。
全部が整っている。
周りから、微妙な距離を取られているのも分かる。
「どうせ……」
「選ばれないでしょ」
そんな声が、わざと聞こえるように落ちる。
彼女は気にしていない。
ただ静かに、前を見ている。
三人目。
少し変わった雰囲気の女性。
服は普通だが、どこか“ズレている”。
顔は……正直に言えば、目立たない。
でも――
(目が違う)
何かを見ている目。
さっき、ちらっと名探偵の方を見ていた。
まるで、“測っている”みたいに。
誰かが言う。
「魔法使いらしいわよ」
「ざわざわ…」
「でも顔がね……」
そして――
あの、地味な女性。
さっき、静かに靴を履いていた人。
姉たちに囲まれている。
「ちゃんとやりなさいよ」
「恥かかないでよね」
小声で、でも強く言われている。
彼女は頷くだけ。
(……あの人も、踊れるのかな)
音楽が鳴る。
軽やかで、しかし規則的な旋律。
「順番にいく」
名探偵が言う。
「適当でいい。見れば分かる」
(適当でいいって……)
でも、その目は適当じゃない。
最初の数人。
ぎこちない。
ステップがズレる。
タイミングが合わない。
「次」
即座に切られる。
(容赦ない)
次々と脱落していく。
“靴が合った”はずの女たちが、あっさりと消えていく。
空気が、冷えていく。
元婚約者の女性。
彼女は、完璧だった。
無駄のない動き。
優雅で、正確で、隙がない。
(すごい……)
誰もがそう思う。
王子も見入っている。
だが――
「次」
名探偵の声は、変わらない。
通した。
“合格”だ。
次。
肌の黒い女性。
彼女は、さらに静かだった。
動きが小さい。
でも、全部が合っている。
音に遅れない。
無駄がない。
(……うまい)
派手じゃない。
でも、崩れない。
「……残れ」
名探偵が、少しだけ目を細める。
魔法使いの女。
動きは――普通。
特別うまいわけじゃない。
でも。
(……なんだろう)
違和感がある。
動きが、“揃いすぎている”。
まるで、何かに補助されているみたいに。
名探偵も、それを見ている。
ほんの一瞬だけ、口元が動いた。
「……残れ」
通した。
そして――
あの地味な女性。
音楽が流れる。
彼女は、ゆっくりと動いた。
最初の一歩。
――静か。
でも、その瞬間に分かる。
(違う)
空気が変わる。
無駄がない。
自然で、滑らかで、迷いがない。
“踊っている”というより――
(溶けてる)
音に。
流れに。
見ている側が、呼吸を合わせてしまう。
王子が、一歩前に出る。
「……あれは…」
小さく、呟く
何か言いそうになる
でも――
「まだだ」
名探偵が止める。
視線は、彼女に向けられたまま。
鋭い。
見ているのは、動きじゃない。
“何か”を確かめている。
「……残れ」
短く言った。
彼女は、静かに下がる。
表情は、変わらない。
(……やっぱり)
あの人。
最初から、“分かってた”みたいだ。
音楽が止まる。
残った人数は、最初の半分以下。
それでも、まだ多い。
名探偵が、ゆっくりと全員を見渡す。
「……次だ」
その一言で、空気がさらに重くなる。
(ここからが、本当の選別)




