The story’s シンデレラ事件 4
最初は、ただの好奇心だった。
王子が結婚相手を決める――しかも、靴で。
そんな話、普通なら笑い話で終わる。
けれど城の中庭に並ぶ列は、本気だった。
私も、その一人だ。
朝から並んで、ようやく順番が回ってきた頃には、足の感覚はほとんどなかった。
でも、不思議と帰ろうとは思わなかった。
「次の方」
呼ばれて、前に出る。
台の上に置かれた靴は、やっぱり現実感がなかった。
光っている。軽そうで、壊れそうで。
近くにいるのは、王子と――もう一人。
黒い服の男。
壁にもたれかかるように立っている。
やる気があるのかないのか、よく分からない目。
どこか“どうでもよさそう”な顔をしている。
王子は、逆だ。
まっすぐで、期待に満ちていて――少しだけ、怖い。
「どうぞ」
促される。
私は椅子に座り、靴に足を入れた。
――すっと、入った。
引っかかりも、痛みもない。
まるで、最初からそう作られていたみたいに。
「……え?」
一瞬、頭が追いつかない。
「おお……!」
王子の声。
「ぴったりだ!」
ざわめきが広がる。
「本当に……?」
「また合ったぞ……」
「何人目だ……?」
“また”。
その言葉が、やけに耳に残る。
私は立ち上がる。
靴は、違和感がない。
けれど――
(こんなに、簡単に?)
胸の奥に、変な引っかかりが残る。
列の後ろから、歓声とざわめきが続く。
どうやら、私だけじゃないらしい。
十人。二十人。
数えてはいないけど、かなりの数が“ぴったり”らしい。
「……だから言っただろ」
ぼそっと、声が聞こえた。
さっきの男――名探偵だ。
「こんなの、いくらでもいる」
王子に聞こえるか聞こえないかの声で、そう言っている。
王子は気づいていないのか、無視しているのか、とにかく笑顔のままだ。
「素晴らしい……これで、彼女に近づいた」
(近づいた……?)
私は、思わずその顔を見る。
本気で言っている。
(……大丈夫なの、この人)
少しだけ、不安になる。
そのとき、少し離れた場所で騒ぎが起きた。
「ちょっと!押さないでよ!」
「無理に入れてるでしょそれ!」
「入るわよ!入るったら!」
視線を向ける。
二人の女。
よく似ている。姉妹だろう。
一人が、無理やり靴に足を押し込んでいる。
明らかにサイズが合っていない。
「ほら!入った!」
無理やり、ねじ込んでいるだけだ。
隣の妹らしき女が笑う。
「お姉様、さすがですわ」
(いや、さすがじゃないでしょ)
思わず心の中で突っ込む。
王子は困った顔をしているが、止めない。
止めるべきだと思うけど。
名探偵の方は――
ちらりと一瞥して、興味を失ったように視線を外した。
(あ、あれは“違う”って顔だ)
妙に分かりやすい。
その少し奥。
一人の女性が、静かに座っていた。
地味な服。
控えめな姿勢。
でも――
(……あの人)
なぜか、目が引っかかる。
順番が来る。
彼女はゆっくりと靴に足を入れた。
――ぴったり。
周囲がまたざわつく。
でも、彼女は驚かなかった。
ただ、少しだけ目を伏せた。
そんな感じに見えた。
その直後。
「やっぱり合うじゃない!」
さっきの姉妹が近づいてくる。
「ほら見なさい、あんたも合うのよ!」
「でもあなたは似合ってないわね」
笑いながら言う。
彼女は何も言わない。
ただ、静かに靴を脱いだ。
ふと、思う。
話で聞いたことがある。
意地悪な姉たちにいじめられる娘の話。
(まさかね)
そのとき。
「……全員、集めろ」
名探偵の声が、少しだけ強くなった。
「靴が合ったやつだけでいい」
やる気がないようでいて、目だけが違う。
中庭の空気が変わる。
選ばれるはずの場が、
“選別の場”に変わる。
靴が合うだけじゃ、足りない。
そう言われた気がした。
私は、自分の足元を見る。
さっきまで履いていた、ガラスの靴。
(これで決まるわけじゃない)
むしろ――
(ここから、何かが始まる)
そんな予感がした。




