The story’s シンデレラ事件 3
城の中庭は、朝から騒がしかった。
「……なんだこれ」
思わず足が止まる。
列。
長い。やたら長い。
城門から中庭の奥まで、ぐにゃぐにゃと続いている。
全員、女だ。
年齢も身なりもバラバラ。
だが共通点が一つだけある。
「……靴、か」
誰もが足元を気にしている。
いや、“準備している”。
(嫌な予感しかしねえな)
近くの兵士を捕まえる。
「おい、これ何だ」
「ああ、ご存じないのですか?」
兵士は少し驚いた顔をしてから、当然のように言った。
「王子殿下が発表なされたのです。ガラスの靴に合う女性を、妃として迎えると」
――数秒、思考が止まる。
「……は?」
「本日より、国内すべての女性を対象に試着を――」
(いやいやいやいや)
頭の中で何かが崩れた。
(聞いてねえぞそれ)
俺は一歩、後ずさる。
現実から距離を取るために。
「おい待て」
「はい?」
「“結婚する”って言ったのか?」
「ええ。正式に」
「俺に一言もなしで?」
「……?」
(あの野郎)
こめかみが痛くなる。
(だから童話脳は嫌なんだよ)
靴が合ったら結婚?
そんなもん――
(地獄だろ)
俺は深く息を吐く。
「……まあいい」
よくないが、どうでもいい。
今はそれより――
「証言、集めるか」
列を横目に、中へ入る。
使用人たちは忙しそうに動き回っていた。
だが、話は聞ける。
こういう時は、むしろ口が軽くなる。
「昨夜のこと、覚えてるか?」
声をかけたのは、若い給仕の女だった。
「舞踏会、ですか?」
「そう。“最後まで残ってた女”についてだ」
少し考えてから、彼女は頷く。
「ええ……覚えています。とても、綺麗な方でした」
(それは全員言うな)
「どんな感じだ」
「えっと……背は、少し高めで。髪は……明るい色、でした」
「ドレスは?」
「青……いえ、白に近かったかも……」
曖昧だ。
だが――
(極端にズレてない)
次に別の使用人。
「シンデレラ?」
「ああ」
「あの方、すごく落ち着いてました。周りと違って……なんというか、“慣れてる”感じで」
(慣れてる?)
「初めてじゃないってことか」
「いえ……そういうより、“場を知ってる”というか……」
微妙な表現だ。
だが引っかかる。
さらに、年配の侍女。
「顔は?」
「整っていましたよ。ただ……」
「ただ?」
「不思議と、思い出しにくいのです」
「は?」
「見たはずなのに、輪郭がぼやけるというか……」
(来たな)
だが、完全にバラバラじゃない。
“同じ人物”を見ている。
だが、細部だけがズレる。
「……他には」
「そうですね……手袋をしていました」
「手袋?」
「ええ。ずっと外さずに」
(隠してるな)
俺は小さく頷く。
情報は揃ってきた。
・美しい(共通)
・落ち着いている
・場慣れしている
・顔の印象が曖昧
・手袋をしている
「……作ってるな」
ぽつりと呟く。
自然な人間じゃない。
“見せ方”を知ってる人間だ。
そして――
「問題は、これだ」
ポケットから取り出す。
あの糸。
光を反射する、細い糸。
「こんな素材、見たことあるか?」
給仕の女は首を振る。
「いいえ……でも、それ……」
「なんだ」
「少しだけ、“魔法糸”に似ています」
動きが止まる。
「……詳しく」
「昔、聞いたことがあるだけですが……魔法を使う人が、衣服や道具を維持するために使う糸があると」
「維持?」
「はい。形を保つための……ただ、それは――」
彼女は少し言い淀む。
「とても難しいものだと。強い集中と、継続が必要で……普通の人には扱えないと聞きました」
(……なるほどな)
頭の中で、点が繋がる。
ガラスの靴。
不自然な痕跡。
途中で消える足跡。
そして、この糸。
「……作ってたのか」
ドレスを。
あるいは――
「存在そのものを」
魔法。
だが、何でもできる便利なものじゃない。
維持が必要。
集中が必要。
そして――
「切れたら、終わり」
だから逃げた。
十二時。
時間制限。
(ああ、そういうことか)
ゆっくりと息を吐く。
「……シンデレラ」
その名前は、ただの名前じゃない。
「“作られた姿”か」
王子は、それに恋をした。
本物じゃなく。
“完成された演技”に。
外から、歓声が上がる。
中庭だ。
靴の試着が始まったんだろう。
俺は窓の外を見る。
長い列。
期待と欲望と、少しの絶望。
「……地獄だな」
誰が選ばれても、おかしくない。
誰も本物じゃないのに。
俺は踵を返す。
やることは決まった。
「靴じゃない」
探すべきは――
「魔法が切れる場所だ」
そう呟いて、俺は歩き出した。
“彼女”が、元に戻る場所へ。




