The story’s シンデレラ事件 2
舞踏会の翌日というのは、だいたいが似たような光景になる。
夢の残骸だ。
城の大広間に入った瞬間、俺はそう思った。
昨夜まで光で満ちていたであろう場所は、今は妙にくすんで見える。
床には細かい傷。落ちきらない埃。端に寄せられた椅子。
人がいなくなると、全部が“現実”に戻る。
「……なるほどな」
俺はゆっくりと歩き出す。
音が響く。やけに大きく。
中央へ。
ここで踊っていたんだろう。
王子と――“シンデレラ”。
(で、逃げたと)
理由はまだ分からない。
だが、痕跡は残る。
人間は、完全には消えない。
しゃがみ込む。
床に目を近づける。
細い線。
引きずったような跡が、わずかに残っている。
「……靴、か」
ガラスの靴。
硬い素材なら、こういう傷は残る。
立ち上がる。
視線を広げる。
出口は三つ。
正面、大扉。
左右に小さな通路。
王子が言っていたのは――
『彼女は、突然走り出して――』
(突然、ね)
それまで踊っていた人間が、急に走る?
しかも王子と一緒にいた最中に?
「……何かを見たか、聞いたか」
でなければ、理由が弱い。
俺は左の通路へ向かう。
使用人用の通路だ。
装飾が減る。照明も暗い。
そして――
「こっちは、残ってるな」
足跡がはっきりしている。
さっきよりも濃い傷。
急いでいた証拠だ。
だが。
「……おいおい」
途中で、跡が消えている。
綺麗に。
不自然なほどに。
「拭いたか?」
いや、それにしては雑だ。
途中だけ消えて、その先にまた現れている。
まるで――
「浮いたみたいだな」
一瞬だけ、そんな考えが浮かぶ。
(魔法、ねえ)
この国なら、あり得なくはない。
だが俺は、そういうのをそのまま信じるタイプじゃない。
「……運ばれた?」
誰かに。
それなら説明はつく。
だが――
「じゃあ、誰が?」
王子は知らない顔をしていた。
あれは演技じゃない。
本気で“夢の相手”を探してる顔だ。
なら共犯はいない。
「……いや」
一つ、可能性はある。
俺は来た道を戻る。
大広間へ。
そして、入口付近へ視線を向ける。
そこには、控えめな位置に扉がある。
客用ではない。
控室。
「ここだな」
扉を開ける。
中は狭い。
化粧台。椅子。布。
貴族の女たちが身支度を整える場所だ。
空気が、違う。
「……残ってるな」
香り。
甘い。だが強すぎない。
そして――
「複数混ざってる」
一人の匂いじゃない。
何人もここを使っている。
当然だ。控室なんだから。
だが問題は――
「これだ」
机の端。
わずかに残った、透明な粉。
指で触る。
さらり、と崩れる。
「ガラス……じゃないな」
もっと細かい。
軽い。
(何かが、壊れた?)
靴ではない。
あれはもっとしっかりしている。
じゃあ――何だ?
考えながら、指を軽く払う。
そのとき。
床に、小さなものが落ちているのに気づいた。
「……これは」
拾い上げる。
糸。
ただの糸じゃない。
やけに細くて、光を反射する。
「……妙だな」
ドレスの一部か?
だが、こんな素材は見たことがない。
軽すぎる。
まるで――
「作り物、みたいだな」
その言葉が、自然と口に出た。
その瞬間。
頭の中で、何かが繋がる。
ガラスの靴。
不自然な足跡。
途中で消える痕跡。
残された粉。
そして、この糸。
「……おいおい」
「“普通じゃない”のは、分かってたけどな」
だがこれは――
思っていたより、ずっと面倒な話かもしれない。
俺はポケットに糸をしまう。
そして、もう一度だけ部屋を見渡した。
「シンデレラ、か」
王子は、あの女をそう呼んだ。
だが――
「本当に、“一人の人間”か?」
その疑問が、消えない。
靴だけが残る。
痕跡は途切れる。
存在は曖昧。
まるで――
「作られたみたいだな」
呟きながら、俺は部屋を出た。
外の空気は、少しだけ冷えていた。




