The story’s シンデレラ事件 1
王城というのは、だいたいどこも似たようなものだ。
広い。無駄に。
高い。意味もなく。
そして、静かすぎる。
――金の匂いはするくせに、人の気配が薄い。
そんな廊下を、俺は歩いていた。
赤い絨毯。磨かれた床。壁にはやたらと立派な肖像画。
どれもこれも「ここはすごい場所ですよ」と言わんばかりで、逆に落ち着かない。
案内役の兵士が一言も喋らないのも気に食わない。
仕事の前ってのは、多少の情報があった方が助かるんだがな。
まあいい。
どうせ今回も、ろくでもない依頼だ。
金払いがいい、ってこと以外はな。
「こちらです」
ようやく兵士が口を開いた。
重たい扉の前で立ち止まる。
やけに大きい扉だ。
開けるだけで腕が疲れそうなほどの。
つまり中にいるのは――
(王族、か)
心の中でため息をつく。
面倒な匂いしかしない。
扉が開く。
中は、思っていたよりも質素だった。
いや、正確には“静かすぎる”。
広い部屋の中央に、一人。
若い男が立っている。
装飾の多い服。整った顔。
見なくても分かる。
王子だ。
「あなたが、名探偵ですか?」
第一声がそれか。
ずいぶんと夢見がちな響きだな、おい。
「ええ、まあ。そう呼ばれてます」
とりあえず、愛想だけは浮かべておく。
金のためだ。全部。
王子は一歩、こちらに近づいてくる。
目が妙に真っ直ぐだ。
嫌な予感しかしない。
「お願いがあります」
来た。
「ある女性を探してほしいのです」
(ああ、出たよ)
行方不明者捜索。
王族が直接頼む時点で、ろくな話じゃない。
「特徴は?」
仕事なので、一応聞く。
王子は、少しだけ息を吸って――言った。
「彼女は、とても美しくて、優しくて……」
(あーはいはい)
「夜の舞踏会で出会いました。まるで夢のような時間で――」
(長いな)
「ですが、十二時の鐘が鳴った瞬間、彼女は逃げ出してしまったのです!」
(逃げた理由、考えたことあるか?)
顔には出さない。出したら終わりだ。
俺はプロだ。
金のためなら、いくらでも聞き流す。
「それで、手がかりは?」
ようやく本題に入る。
王子は、少しだけ表情を引き締めて――
「これです」
差し出されたのは、一つの靴だった。
透明。
いや、“透明すぎる”。
光を受けて、きらきらと反射する。
ガラスの靴。
(……マジかよ)
一瞬だけ、言葉を失う。
だが次の瞬間には、いつもの調子に戻る。
「落とした、んですか?」
「はい。彼女が去るときに」
「なるほど」
(なるほどじゃねえよ)
俺は靴を受け取る。
軽い。妙に軽い。
そして――
(これ、本当に履けるのかな…)
強度的な意味で。
「この靴がぴったり合う女性こそ、彼女――シンデレラです」
王子は、断言した。
――来たよ。
俺は一瞬、何も言わなかった。
言えなかった、じゃない。
言ったら終わるからだ。
(お前の国、女性何人いると思ってんだよ)
(靴のサイズ一致なんて、山ほどいるだろ)
(てかガラスだぞ?多少削れても分からねえだろ)
頭の中でツッコミが渋滞する。
だが、顔は笑っている。
「……なるほど。分かりやすい手がかりですね」
我ながら、よく言えたもんだ。
王子の顔が、ぱっと明るくなる。
「やはり、そう思いますか!」
(思ってねえよ)
「では、あなたにお任せします。必ず彼女を見つけてください」
まっすぐな目。
疑いを知らない顔。
(ああ、面倒くさいタイプだ)
俺は軽く頭を下げる。
「報酬は?」
一応、確認。
これが一番大事だ。
「満足のいく額をお支払いします」
(よし、受けた)
「承知しました。全力で探します」
にこやかに答える。
――仕事は成立した。
部屋を出る。
扉が閉まる。
静かな廊下に戻った瞬間、俺はようやく息を吐いた。
「……はぁ」
手の中のガラスの靴を見下ろす。
光っている。
やたらと綺麗だ。
だが――
「これで見つかるなら、苦労しねえよ」
小さく呟く。
靴で人を特定する?
そんなもん、できるわけがない。
――いや。
できると“思ってる”やつがいるから、俺の仕事がある。
「シンデレラ、ねえ」
名前だけが、一人歩きしている。
顔も知らない。素性も知らない。
ただ、“そう呼ばれている女”。
「……まずは、舞踏会からか」
俺は歩き出す。
王子のやり方には付き合わない。
靴を持って回るつもりもない。
探すなら――
「逃げた理由、だな」
なぜ彼女は逃げたのか。
それが分かれば、居場所も見える。
逆に言えば、それが分からない限り――
「一生見つからねえ」
ガラスの靴を軽く持ち上げる。
――本当に、シンデレラの靴なのか?
一瞬だけ、そんな疑問が頭をよぎった。
「……考えすぎか」
そう呟いて、俺は廊下の奥へと消えた。
このときはまだ、知らなかった。
探しているもの自体が、
最初から“人間ですらない”かもしれないなんて。




