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The story’s 全作品集   作者: San


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200/204

The story’s シンデレラ事件 1

王城というのは、だいたいどこも似たようなものだ。


 広い。無駄に。

 高い。意味もなく。

 そして、静かすぎる。


 ――金の匂いはするくせに、人の気配が薄い。


 そんな廊下を、俺は歩いていた。


 赤い絨毯。磨かれた床。壁にはやたらと立派な肖像画。

 どれもこれも「ここはすごい場所ですよ」と言わんばかりで、逆に落ち着かない。


 案内役の兵士が一言も喋らないのも気に食わない。


 仕事の前ってのは、多少の情報があった方が助かるんだがな。


 まあいい。

 どうせ今回も、ろくでもない依頼だ。


 金払いがいい、ってこと以外はな。


 


「こちらです」


 ようやく兵士が口を開いた。

 重たい扉の前で立ち止まる。


 やけに大きい扉だ。

 開けるだけで腕が疲れそうなほどの。


 つまり中にいるのは――


(王族、か)


 心の中でため息をつく。


 面倒な匂いしかしない。


 


 扉が開く。


 


 中は、思っていたよりも質素だった。


 いや、正確には“静かすぎる”。

 広い部屋の中央に、一人。


 若い男が立っている。


 装飾の多い服。整った顔。

 見なくても分かる。


 王子だ。


 


「あなたが、名探偵ですか?」


 


 第一声がそれか。


 ずいぶんと夢見がちな響きだな、おい。


 


「ええ、まあ。そう呼ばれてます」


 とりあえず、愛想だけは浮かべておく。


 金のためだ。全部。


 


 王子は一歩、こちらに近づいてくる。


 目が妙に真っ直ぐだ。


 嫌な予感しかしない。


 


「お願いがあります」


 


 来た。


 


「ある女性を探してほしいのです」


 


(ああ、出たよ)


 


 行方不明者捜索。

 王族が直接頼む時点で、ろくな話じゃない。


 


「特徴は?」


 仕事なので、一応聞く。


 


 王子は、少しだけ息を吸って――言った。


 


「彼女は、とても美しくて、優しくて……」


 


(あーはいはい)


 


「夜の舞踏会で出会いました。まるで夢のような時間で――」


 


(長いな)


 


「ですが、十二時の鐘が鳴った瞬間、彼女は逃げ出してしまったのです!」


 


(逃げた理由、考えたことあるか?)


 


 顔には出さない。出したら終わりだ。


 俺はプロだ。

 金のためなら、いくらでも聞き流す。


 


「それで、手がかりは?」


 


 ようやく本題に入る。


 王子は、少しだけ表情を引き締めて――


 


「これです」


 


 差し出されたのは、一つの靴だった。


 


 透明。

 いや、“透明すぎる”。


 光を受けて、きらきらと反射する。


 


 ガラスの靴。


 


(……マジかよ)


 


 一瞬だけ、言葉を失う。


 だが次の瞬間には、いつもの調子に戻る。


 


「落とした、んですか?」


 


「はい。彼女が去るときに」


 


「なるほど」


 


(なるほどじゃねえよ)


 


 俺は靴を受け取る。


 軽い。妙に軽い。

 そして――


(これ、本当に履けるのかな…)


 


 強度的な意味で。


 


「この靴がぴったり合う女性こそ、彼女――シンデレラです」


 


 王子は、断言した。


 


 ――来たよ。


 


 俺は一瞬、何も言わなかった。


 言えなかった、じゃない。

 言ったら終わるからだ。


 


(お前の国、女性何人いると思ってんだよ)


(靴のサイズ一致なんて、山ほどいるだろ)


(てかガラスだぞ?多少削れても分からねえだろ)


 


 頭の中でツッコミが渋滞する。


 


 だが、顔は笑っている。


 


「……なるほど。分かりやすい手がかりですね」


 


 我ながら、よく言えたもんだ。


 


 王子の顔が、ぱっと明るくなる。


 


「やはり、そう思いますか!」


 


(思ってねえよ)


 


「では、あなたにお任せします。必ず彼女を見つけてください」


 


 まっすぐな目。


 疑いを知らない顔。


 


(ああ、面倒くさいタイプだ)


 


 俺は軽く頭を下げる。


 


「報酬は?」


 


 一応、確認。


 これが一番大事だ。


 


「満足のいく額をお支払いします」


 


(よし、受けた)


 


「承知しました。全力で探します」


 


 にこやかに答える。


 


 ――仕事は成立した。


 


 


 部屋を出る。


 扉が閉まる。


 


 静かな廊下に戻った瞬間、俺はようやく息を吐いた。


 


「……はぁ」


 


 手の中のガラスの靴を見下ろす。


 


 光っている。


 やたらと綺麗だ。


 


 だが――


 


「これで見つかるなら、苦労しねえよ」


 


 小さく呟く。


 


 靴で人を特定する?


 そんなもん、できるわけがない。


 


 ――いや。


 


 できると“思ってる”やつがいるから、俺の仕事がある。


 


「シンデレラ、ねえ」


 


 名前だけが、一人歩きしている。


 顔も知らない。素性も知らない。


 


 ただ、“そう呼ばれている女”。


 


「……まずは、舞踏会からか」


 


 俺は歩き出す。


 


 王子のやり方には付き合わない。


 靴を持って回るつもりもない。


 


 探すなら――


 


「逃げた理由、だな」


 


 なぜ彼女は逃げたのか。


 それが分かれば、居場所も見える。


 


 逆に言えば、それが分からない限り――


 


「一生見つからねえ」


 


 ガラスの靴を軽く持ち上げる。


 


 ――本当に、シンデレラの靴なのか?


 


 一瞬だけ、そんな疑問が頭をよぎった。



 


「……考えすぎか」


 


 そう呟いて、俺は廊下の奥へと消えた。




 このときはまだ、知らなかった。



 探しているもの自体が、


 最初から“人間ですらない”かもしれないなんて。

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