The story’s 似顔絵屋 10
「違う」
「こんな顔じゃない」
「もっとちゃんと描きなさい」
そう言えば、大抵の人は困った顔をして帰っていく。
それでよかった。
だって、誰も“正しい顔”なんて描けないのだから。
ある日、父が言った。
「新しい先生を呼んだ」
またか、と思った。
どうせ同じ。
少し上手くて、でも結局は分かっていない人。
私は部屋で待っていた。
扉がノックされる。
「入って」
短く言う。
入ってきたのは、一人の男だった。
特に印象はない。
静かで、余計なことを言わない。
それが少しだけ、気に入らなかった。
「あなたが先生?」
「そう」
それだけ。
愛想もない。
「私の顔、描けるの?」
そう聞くと、男は少しだけ考えてから言った。
「描ける」
その言い方が、気に入らなかった。
自信があるのか、ないのか分からない。
「じゃあ描いて」
私は椅子に座る。
いつも通り。
どうせまた、違う顔が出てくる。
そう思っていた。
男は紙を出す。
炭筆を持つ。
すぐには描かない。
一度、ちゃんと私を見る。
その視線が、少しだけ嫌だった。
“見られている”という感じが強い。
今までの似顔絵師とは違う。
ただ形を見ているんじゃない。
何かを探している。
「早く描きなさい」
私は言う。
男は何も言わずに、描き始めた。
線は静かだった。
速くもない。
遅くもない。
でも止まらない。
私は少しだけ落ち着かなくなる。
だから、わざと姿勢を変える。
顔の向きを変える。
表情を変える。
それでも、男は何も言わない。
ただ、その変化ごと描いている。
しばらくして、紙が一枚できる。
「見て」
差し出される。
私はそれを見る。
そして、すぐに言った。
「違う」
いつも通り。
そう言うはずだった。
でも、少しだけ言葉が遅れた。
そこにいたのは、私だった。
でも、知らない私。
少し不機嫌そうで、でもどこか考えている顔。
「……気に入らない」
そう言った。
でも、それは“違う”とは少し違った。
男は何も言わない。
「もう一枚描いて」
私は言う。
理由は自分でも分からない。
男はうなずいて、また描き始める。
今度は少しだけ、私は動かない。
ちゃんと見られる。
それを受け入れている自分がいる。
二枚目。
三枚目。
少しずつ顔が変わる。
怒っている顔。
考えている顔。
少しだけ、力が抜けた顔。
私はそれを並べて見る。
「……どれが本当なの?」
思わずそう言った。
男は少しだけ考える。
「全部」
その答えが、気に入らなかった。
「そんなわけないでしょ」
「でも、そう見えた」
それだけだった。
私は黙る。
今までなら、怒っていた。
でも今回は違った。
紙の上の顔を、もう一度見る。
どれも違う。
でも、どれも否定できない。
「……もう一回」
私は言った。
男は何も言わず、また描く。
その時間が、少しだけ好きになっていた。
描かれている間、私は“決めなくていい”。
どれが正しいかも、
どれが本当かも。
ただ、そこにいればいい。
最後に、私は一番最初の絵を手に取る。
最初に「違う」と言いかけた顔。
もう一度、じっと見る。
「……これ、嫌いじゃない」
小さくそう言った。
男は何も言わない。
それでいいと思った。
たぶん私は初めて、“顔を見た”。
正しい顔じゃない。
でも、誰かに見られた自分。
それを、そのまま受け取った。
それが少しだけ、悔しかった。




