The story’s 似顔絵屋 7
朝は、いつも通りだった。
そう思うのもいつも通りだった
風が少しだけ強い
空は薄く白い。
似顔絵師は広場に机を出した。
紙と炭筆。
何も変わらない。
「顔、描きます」
札も、同じ場所に立てる。
それでも、今日は少しだけ違った。
――ここを離れる。
理由ははっきりしない。
ただ、そう思った。
この村は変わらない。
自分も、ここにいれば変わらない。
それが悪いわけじゃない。
だが、それだけでもない。
午前は、誰も来なかった。
風が紙を揺らす。
それを押さえる。
ただ、それだけの時間。
昼になっても、誰も来ない。
畑に向かう人が通る。
帰る人も通る。
誰も立ち止まらない。
似顔絵師はそれを見て、特に何も思わなかった。
それが、この村だからだ。
午後、少しだけ日が傾いた頃。
足音がひとつ、近づいてきた。
顔を上げると、あの少女が立っていた。
第五章で出会った、風景を描く少女。
手には紙を持っている。
「……描いて」
少しだけ迷いながら、そう言った。
似顔絵師はうなずく。
「いいよ」
少女は座る。
前よりも、少しだけ静かだった。
逃げない。
目も逸らさない。
似顔絵師は紙を出す。
炭筆を持つ。
線を引く。
少女は動かない。
ただ、じっとしている。
風が吹く。
髪が少し揺れる。
それでも、動かない。
描き終えると、紙を差し出す。
少女はそれを受け取る。
じっと見る。
長い時間。
そして、小さく言った。
「……これも、私?」
似顔絵師は答える。
「そうだ」
少女はもう一度見る。
そして、前にもらった絵と重ねる。
風景の上に、自分の顔を置く。
そのまま、少しだけ笑った。
似顔絵師は何も言わなかった。
それで十分だった。
少女は立ち上がる。
少しだけ振り返る。
「……ありがとう」
それだけ言って、去っていく。
その背中を見送りながら、似顔絵師は机に手を置いた。
もう、今日は終わりでいいと思った。
札を下ろす。
紙をまとめる。
炭筆をしまう。
広場には、いつもの静けさが戻る。
変わらない村。
変わらない空気。
それでも、ここで描いた顔は確かに残っている。
強くはない。
必要でもない。
それでも、消えない。
似顔絵師は立ち上がる。
宿へ戻る前に、少しだけ振り返る。
広場。
机を置いていた場所。
誰もいない。
何も残っていない。
それが、この村のかたちだった。
夜、荷物をまとめる。
多くはない。
紙と炭筆。
それだけ。
宿の主人が言う。
「行くのか」
「ああ」
「また来るか?」
似顔絵師は少しだけ考えた。
「分からない」
主人はうなずく。
「そういうもんだ」
会話はそれで終わる。
次の朝、似顔絵師は村を出る。
誰にも見送られない。
それも、この村らしかった。
道を歩きながら、ふと紙を取り出す。
あの女性の絵。
何枚も重なった、自分の顔。
ぱら、とめくる。
少しだけ動く。
時間が流れる。
似顔絵師はそれを見て、静かに思う。
顔は、一枚じゃない。
そして、もしかすると――
一つですらない。
風が吹く。
紙を閉じる。
そして、また歩き出す。
次の場所へ。




