78話 ジオスの強さ
騎士目がけて再び魔法を放つ。しかし、結果は同じであった。目に見えぬほど速い剣閃によって、切り払われてしまう。
それだけで圧倒的力の差を感じた。
「無駄だよ。怪我する前に、降参したらどうだい? そっちの小さい子供だけは生かしてもらえるかもしれんよ?」
男の言葉を聞いた瞬間、シロとクロが俺を見た。その顔には僅かな苦悩の色が浮かぶのが分かる。
俺が自分たちを見捨てるのではないかと、不安がっているのではない。俺がそんなことする訳がないと、信じてくれている。
そうではなく、自分たちが大人しく捕まることで、俺を助けてもらうかどうか悩んでいるのだ。
目の前の騎士だけではなく、兵士が既に周辺を取り囲み始めている。領主もすぐにやってくるだろう。脱出が難しいと、2人にも分かっている。
そのせいで、ここで俺だけでも……なんて考えが思い浮かんでしまうんだろう。
「小さい子を巻き込むつもりかい? それとも、痛い目を見なくちゃ分からないかな? ほら、こっちに来なよ?」
男が相変わらずの無気力な顔で、俺に手を差し出す。
ふざけるなよ! そんなこと俺は望んじゃいない! シロとクロを犠牲にしてまでクズどもに頭を下げて生き延びて、何の意味がある? どうせ1年後には死ぬんだ。
悔しい。シロとクロを迷わせてしまう、自分の弱さが。憎い。この2人にそんな思いをさせる、こいつらが!
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「! なんだ? 喉が光っている……?」
この感覚、あの時と同じだ!
アレスとの戦いでも感じた、湧き上がる熱く赤い力! いや、あの時以上に、力強いぞ!
全身を熱が包み込む!
「シロもクロも! お前らなんかに渡すもんかぁぁぁぁ!」
「ちっ!」
全部防がれるなら、防げない攻撃をすればいい! 今の俺なら、それができる!
力の使い方が自然と理解できた。全身を包む赤い魔力が、熱を帯びる。
「ぎゃぁぁぁぁ!」
「ぐぁ! 熱いぃぃ!」
「くそ! なんだこれはぁ!」
全身を炎に包まれた兵士たちが、悲鳴を上げた。魔力が炎と化し、赤い津波となって周囲に押し寄せたのだ。その場で火を消そうともがくが、魔力を帯びた赤い火をどうすることもできない。
「おおー、やるねぇ。仲間だけは避けて、敵だけ攻撃するとは。やっぱりただの子供じゃないようだ。何者だい?」
くそぅ! 涼しい顔しやがって!
騎士の男は火の海の中でも表情一つ変えなかった。どうやら障壁で炎を防いでいるらしい。ただの騎士じゃないのは分かっていたが、魔法も得意なのかよ!
そこに、来てほしくはなかった大きな影が差す。空飛ぶ絨毯が、上空に現れたのだ。
「何を暢気に話をしている! ジオス! さっさとその子供を斬れ! 状況判断もできん愚図が! ぐ、ごほっほっ……!」
領主が肩で息をしていた。騎士――ジオスに対して怒鳴って息を切らしたというだけではない。明らかに老人からは精気が失われ、その肌が急激に乾燥していた。もしかして、病気なのか?
だが、観察している余裕などない。
「飼い主が見てるとなると、犬としては働かないとねぇ」
「!」
痛ぇぇ! いつ斬られたか分からん!
「へぇ? 回復の術が使えるのかな? それとも、その悪魔みたいな魔力の効果か? まあ、ならもっと細切れにすればいいだけだねぇ」
「やってみろよ!」
今度近づいてきたら、カウンターで炎を叩き込んでやる! 俺はあえて足を止め、騎士を睨みつける。
だが、そこに左右からシロとクロが襲い掛かっていた。
「トールはシロたちが守るです!」
「お前なんて死んじゃえ!」
その動きは、今まで以上に鋭い。シロは元々速かったが、クロはここまでのスピードを出せていたのか?
「いい動きだが――無駄だよ」
「にゃぐっ!」
「きゃう!」
だが、騎士に攻撃を当てることはできなかった。左右からの攻撃を最低限の動きで回避しながら、2人をほぼ同時に斬ったのだ。
足に深い傷を負わされた2人は、一瞬で機動力を奪われていた。あれでは逃げることもできない。
いや、2人の足の傷が、凄まじい勢いで癒えていく? シロもクロも俺を見るが、俺は何もやっていない。どうなっているんだ?
「その年齢にしては、いい動きだねぇ。獣人は家族の危機の際にリミッターが外れることがあるって聞いたけど、それかな?」
なるほど。あの回復力も、そのリミッター外しが関係しているのかもしれない。それにしても――いや、今は止まるな! また兵士たちが集まり始めている!
俺は再び全身から炎を放った。周囲の兵士だけではなく、空中の絨毯も狙った攻撃だ。兵士たち数人を燃え上がらせるものの、やはり騎士と絨毯には防がれてしまう。
だがその直後、絨毯に異変が起きていた。
絨毯を包む光が薄まると、高度が下がってきたのだ。
「くそ……ジオス! その小僧を捕えて連れてまいれ! ぐぅ……」
老人が叫んだ直後、胸を押さえてその場に蹲ってしまった。その内から感じられる魔力が大分弱まっている。
どうやら、絨毯を動かすためにかなりの魔力を使っていたらしい。そこに障壁まで使用したことで、浮遊状態を維持できなくなったんだろう。
老人に再び攻撃を仕掛けようとしたんだが、騎士が俺の前に立ち塞がった。
「おいおい。ここで領主殿を倒したとしても、一生お尋ね者だよ? 君も、その子たちもね」
「……ここで死ぬよりましだ」
「死ぬさ。私がいる限り逃げられんよ」
「……くそ」
そうなのだ。結局、この騎士をどうにかせねば俺たちが助からないことに変わりはない。どうすれば――。
俺が悩んだその瞬間、騎士の背後で老人が立ち上がっていた。そして、悲鳴が上がる。
「ぎゃぁぁぁぁ! 子爵様、なぜ……」
「儂が生き残るためだ! 貴様ごときが儂の糧になれたのだ、光栄に思え!」
老人のしわがれた手で顔を掴まれた兵士がミイラのように干からびたかと思うと、老人の体に僅かに魔力が戻っていた。
あいつ、部下の魔力を食いやがった!




