79話 命を食らう怪物
老人が兵士に手を触れると、その兵士が干乾びて倒れ込んだ。明らかに死んでいる。
その代わりに、老人の魔力が僅かに回復していた。それに、老人の肌艶が僅かに良くなった気もする。部下の命を吸って、自らのものとしたらしい。
うん? 老人の頭から、妙な突起のようなものが……?
「お前も、命を捧げよっ!」
「ぎゃぁぁぁぁ!」
やはりそうだ。部下の生命力を吸収して、自身を回復している。そして、頭から何かが生えているのも見間違いではない。竜の角のようなものが二本、老人の白髪の間から姿をのぞかせている。
それだけではない。こちらを振り向いた老人の顔は、一部が赤黒い鱗に覆われていた。
もしかして、俺たちのように竜の力を得ているのか?
「よそ見をしていていいのかい?」
「ぐ!」
「へえ? 今のでも決まらないのか。ならこうだ」
「がぁ!」
騎士の斬撃で肩を斬られたが、身を捩っていなかったら腕を持っていかれていただろう。だが、追撃で足を斬り飛ばされた!
本気でやっているようには見えないが、恐ろしいほどの技の冴えだ。全く見えない!
俺は片足で跳んで距離を取りつつ、足を魔力の腕で回収する。そして、断面をくっつけつつ聖魔法で傷を回復した。
足が繋がり、神経が繋がっていく感覚がある。切断された足が、これほど早く繋がるのか? そして、肩の傷も一瞬で消え去っていた。
自分でも信じられないほど高い治癒効果だ。竜の力によって聖魔法の効果が上がっている? それとも、肉体の再生力が?
俺が後ろに跳ぶのとほぼ同時に、シロとクロが再び動いていた。2人の発した白と黒の光が、吹き荒れる。
「にゃぁぁ!」
「わう!」
「む? なんだいこれは?」
シロとクロの魔法だ。光る風と燃える闇が周囲に広がっていった。俺が炎を広範囲にばら撒いたやり方を真似たんだろう。
しかも、白と黒の魔力が混ざり合い、異常な魔力が周囲を覆っている。さすがの騎士も警戒したらしく、動きを止めて障壁に集中した。
「ああ……足りぬ……生命力が!」
その間に、竜化した老人が絨毯の上を足を引きずるように移動する。目的は、絨毯に乗せられていた大きな袋であるようだ。震える手で、その袋の口を開いていく。
絨毯の障壁のせいで、シロとクロの攻撃も届いてはいない。だが、老人に消耗を強いることはできているのだろう。
兵士から吸収した力が、あっという間に失われていくのが分かる。あの袋の中にポーションでも入れているのか?
だが、袋から出てきたそれを見て、俺は驚愕してしまった。最初に見えたのは髪の毛である。そう、髪の毛だ。
中に入っていたのは、人間だった。
袋が老人の手で剥ぎ取られ、閉じ込められていた女性の顔が露わとなる。見覚えのある女性だ。
「カロ、リナ?」
なんと、老人に捕らえられていたのは、カロリナであった。意識がないらしく、ぐったりしている。一体、何があったんだ?
「この女の竜の魔力があれば、儂はまだ――」
まずい! カロリナが殺される!
そう思った瞬間、俺の体は勝手に動いていた。
弾かれるように、前に飛ぶ。それは比喩ではなく、俺は本当に空を飛んでいた。赤い魔力が左右に広がり、まるで竜の翼のようだ。
竜の力の一端なのだろうか?
ともかく、飛行速度は俺や周囲の想像をはるかに超えており、一瞬で老人の目の前へと到達してしまった。
「おらあああぁぁ!」
「ぐがっ! クソガキぃぃ!」
老人を殴りつけたが、障壁で防がれてしまう。やはりこいつは相当な腕の魔法師だな。だが、少し後退させて、一瞬の隙を作ることには成功したぞ。
カロリナを抱え上げて逃げようとしたが、俺の赤い魔力は彼女にも影響を与えてしまうらしい。手を伸ばした時点で彼女の服が焦げ始めたので、慌てて魔法に切り替えた。
再び飛んで距離を取ってからカロリナを地面に下ろすと、その状態の酷さがよく分かる。全身には無数の傷がつけられ、明らかに拷問されたのだと分かるのだ。
聖魔法で傷を癒すが、傷が酷すぎて完治には程遠い。
「ガキィィ! その女を返せ! それは! その女の魔力があれば――む? 貴様のその魔力、女と同質……? もしや、貴様も竜の力を得ているのか? しかも、女よりも遥かに巨大ではないか!」
そう叫ぶ老人の目は、恐ろしいほどにギラギラと輝いている。
「女は、どうやってその力を手に入れたか吐かなかったが……貴様か? 貴様が大元かぁ!」
カロリナが捕まったのは、俺のせいなのか? 俺が余計な真似をして彼女に料理を食わせたから、目を付けられた? 大人しく、聖魔法だけにしておけば……。
「……あ、天使、さん……?」
「カロリナ! 大丈夫か?」
天使さん? 俺のことか?
「ごめん、なさい。私、捕まってしまって……」
「謝るのは俺の方だ! あの料理を食べさせなければ、カロリナまで捕まることなかったんだ!」
「違います。私、治ってよかった。それは、絶対です。後悔、しません」
「だが……」
「泣かないで、天使さん。いえ、悪魔さんだったんですね……。でも、いいの。私は、あなたに感謝――」
カロリナが、また意識を失ってしまった。彼女は俺のせいじゃないと言ってくれたが、やはり俺のせいだ。責任がないわけがない。
「ジオスゥゥゥゥ! なにをぐずぐずしているか! そのガキどもを斬れ! 手足をぶった切ってダルマにして引きずってこい! 生きていればいいぃぃ! はやくしろぉぉぉぉぉ!」
「ぎゃぁぁぁ!」
「ぎぃぃぃ!」
老人が叫びながら近くにいた兵士たちに手をかざした。触れていない。それなのに、兵士たちが命を失い、魔力が老人へと流れ込んでいく。
触れた方が早いのだろうが、遠隔でも生命を吸えるらしい。俺たちに使ってこないところを見るに、事前の準備が必要なのか?
老人は狂気に染まった表情で次々と兵士を殺し、命を食らっていく。兵士たちは恐怖の表情を浮かべているが、逃げる素振りはなかった。
もしかしたら、魔法で行動を縛られているのかもしれない。
「あ、あああぁ……」
「い、いやだぁ!」
兵士たちは死相を浮かべながら、叫ぶばかりだ。
「命を、よこせぇぇぇぇ!」
絶叫する老人は、命を食らう怪物にしか見えなかった。




