29 異世界の御者台から
俺と石田は馬車に乗って街道を移動中だ。
ヤンキー女神が用意してくれたらしい二頭の巨大な馬に引かれるキャリッジと呼ばれる豪勢な造りの馬車の御者台に、二人並んで腰かける。
なんとなく今は石田から離れないほうがいいかなと思って、もの凄く密着した状態で座っている。
手綱が操りにくいかもしれないけど、気にしない。よく考えたら離れないほうがいいのと密着しているのは関連が薄い、とうか関係ない気もするけど、そこも気にしない。俺がこうしていたいからこうするだけなので、文句は言わせない。
あれ、でもそれだと俺が石田と引っ付いていたいってコトになっちゃわない?
なにそれ、いや、違う。石田のためだよ? 不安定な石田を思っての行為だから、うん。
座席の座り心地も良く馬車にはサスペンションまで付いていて、イメージしてた乗り心地とは程遠い快適さだ。馬の巨大さにビビるが。
なんだ、あのデカさ。牛よりデカイ。すんげえ怖いんだけど……。体当たりされたら肉塊になりそう。
当然、その馬の手綱をとるのはチート石田。俺は馬なんか操れないもん。
これからはこの世界で生きていく中での様々な面で、石田に頼らざるを得ないな。……料理くらいは俺がしてやってもいいんだけどさ。
学校にいる時は放課後だったけど、この世界では陽もまだ高い。
気候で言えば初夏のような陽気で結構暑い。石田曰く車内にはエアコンも付いているそうだが、今は風に当たりたい気分だ。というか車内には絶対入りたくない。入る理由も意味もないし。
うん、ここでいいわ、俺の席はずっとここに決めた。この先もこの座席にいようじゃないか。ふあぁ、たまに吹く風が心地よい、ふう、だ。
「ねえ、ケイちゃん。馬車内にいてもいいんだよ? ここだと日差しもキツいからお肌も焼けちゃうかもしれないし」
「いや、いいよ。今はここにいたい気分なんだ」
「そお? ならいいけど。でも、さっきから気になるコトがあるの」
「なんだ?」
「どうして左右しか見ないの?」
「お前の顔と景色を堪能してるの。石田は可愛いし緑の草原も絶景で目に優しそうだ。雨が降ったって、ここから動きたくないくらい見てたいな」
「も、もお! な、なに恥ずかしいコト言ってんの! ……あのね、車内の居心地を確認してもらいたいなって思ってるんだけど?」
「ゼッテーヤだ。俺は馬も見たくないし、車内にも入りたくないの。ぶっちゃけ、この馬車に乗るのもかなり苦痛なんですが」
「どおして?」
「そっか、わかんないか。なら教えてやる」
俺は馬と馬車をそれぞれ指さしながら指摘してやることにした。
「まず、馬。デカくておっかないのは、まあいいとして、なんなの? あの鬣は」
「リーパー……リーゼントパーマだって神様が言ってたよ」
二頭の馬の鬣は不良漫画に出てくるようなリーゼントスタイルだった。前髪を膨らませて後ろ髪がサラサラとなびいている。
「ちなみに前髪部分はポンパドールっていうらしいよ」
「どうでもよすぎる豆知識だな。で、あの尻尾は? 逆エビ反り気味になってのはなんで?」
馬の尻尾が綺麗に反って天を仰いでいる。しかも動いてても一切揺れない。生えてんじゃなくて後付けでもしてんの?
「エビテールって名前らしいよ。テールが反るのは道交法より大事なんだって」
「どう見ても動物虐待だろ、あれ」
「でも馬さんも喜んでるみたいだよ? 「エレー気合はいるわ」って言ってるし」
「言葉わかんのかよ? てか馬までヤンキーみたいなコト言いやがって! じゃあ馬は置いといて馬車の話だけどさ、これはなに?」
「え、なんかヘン? 欧州貴族が乗るみたいな装飾が施されてイイカンジに仕上がってるよね」
「そうな。まあ、馬車の形状はいいの。俺にはデコトラにしか見えないけど、馬車は意外と普通の馬車に見えなくもないし? でも下から生えてる二本の長い管はなんなの?」
「竹ヤリだって。基本らしいよ」
「なんで槍が基本? ま、まあ、いい。けど俺が一番気になってるのはそこじゃない」
「どこなの?」
俺は馬車の上を指さす。豪奢な装飾を施された贅沢極まりないその車体。だからこその不自然さ。
「なんで屋根が付いてないんだよ! 屋根がないのに幌もないじゃん? これじゃ雨降ったら、御者台にいても馬車の中にいても変わんなくない? こんなんじゃ日差しも遮れないじゃん!」
「屋根はぶった切るために付いてるんだって神様が言ってたよ。だから僕が切っといたの」
「じゃあ最初は屋根あったんじゃん! なんでわざわざ切るんだよ! アホか! アイツのいうコトなんか信じんじゃねえよ!」
異世界の価値観はわからないが、こんな馬車には絶対に乗り続けていたくない。みっともなさすぎる。
「もーヤだ。こんなんイヤ。普通の馬と馬車にしてくんなきゃヤだ。馬も馬車も普通な感じに直してくれ」
「普通って? 普通の定義って人によって異なるよね? 例えば恋愛。普通の恋愛とはなにか? それって人によって千差万別だと思うの」
「屁理屈なうえに話が飛んでるからな? 簡単に言えばヤンキー要素を取り除いて。なんで異世界に来てゾッキー気分を味わわなきゃなんねえの!?」
「僕は結構良いと思うけど?」
「そうか、良かったな。俺は思わないからお前のチートで直して」
「もお、要求が多いなあ。ケイちゃんって、かなりワガママガールだよね?」
「今のお前の発言の全てにツッコんでやりたい!」
「え、ツッコんでやりたい……? でも、それってどっちかっていうと、性別的に言うならケイちゃんじゃなくて男の僕のセリフだよね?」
「食いつくトコはそこじゃねえ!」
「車体の下のネオン管は残しておく? 色はピンクらしいんだけど」
「いらない。外しといて」
「六連ホーンは? マフィア映画のテーマが流れるらしいよ?」
「いいから全部直して!」
△▼△▼
「はあ、ったく。ようやく普通になった」
「あれはあれで良かったのに」
石田は渋々と馬車を普通っぽく直してくれた。普通の馬車の定義はわからないが、ヤンキー要素が無くなればなんでもいい。
馬は「マジかよ、ダセーな。普通ちゃんかよ」と言ってたらしいが知るか、そんなん。イキがってないで馬は馬らしくしといてくれ。デカくておっかないから、馬自身には直接言えないけど。
「ワガママレイデイのケイちゃんも満足したようだし、気を取り直して出発しよっか」
「誰がワガママだ。レイディには敢えて触れたくないが、そこにも警告を出してやるから」
「あはは」
石田は汗を拭うと手綱を握る。
汗を拭う……。たしかに日差しはキツく気温も高い。けれど石田は俺が立ち眩みをおこしてパワーを分けてくれた時と同じく、汗でしどどに濡れている。
これって明らかにヘンだろ。なんでこんな汗ばっかかくんだ?
「なあ、石田」
「なあに?」
「その汗なに?」
「あ、ゴメン。臭うかな」
「臭いやしねえよ。それにお前って良い匂いするし」
「え、良い匂いなんかする?」
「あー、まあそれはいいんだよ。そういう話じゃなくてさ、なんでそんな汗ばっかかくの?」
「…………まだチート能力の使い方に慣れてないから疲れちゃうんだよ」
「そっか……」
俺たちはしばらく見つめあう。
フイと石田は俺から目を逸らすと、手綱に集中するように前方を向く。
ったく、わかりやすいって言えばわかりやすいヤツだ。
コイツは自分で負けん気が強いと言っていた。
妙な所で頑固そうだし、無理に聞けば意固地になるだろうな。
もお、メンドくさいヤツだよ、ホントに。
「なあ、石田。ちょっと自分語りしてもいい?」
「……うん、いいけど唐突だね。どうしたの? 急に」
石田の問いを無視すると、俺は独り言を言うように喋りだした。
「俺さ、幼稚園の頃から好きな女の子がいてさ」
「うん……」
「幼稚園でその子に言われたんだよ。中三までに自分を惚れさせたら付き合ってやるって」
「幼稚園児の発言なの? なんか凄い子だね」
「まあ実際凄い女だよ。容姿超端麗、頭脳超優秀。どこ探してもあんな女は絶対いないだろうな。結果は見事駄目だったけど、好きになったことは後悔してないよ」
「ベタ褒めだね。キミの彼女よりも可愛いの?」
「……ハッキリ言えばイエス。琴も相当可愛いがアイツの綺麗さは別格だから」
「琴って?」
「ああ、俺の彼女の名前……一応の彼女」
「一応?」
前置きが長くなった。言うべきことは他にある。
◇◇◇
俺さ、高校に入っても、その女のコトが忘れらんなくて。っても、連絡取ったりはしなかったけどさ。なんかストーカーっぽいし。
ある時さ。その女の幼馴染、俺の友達でもあるんだけど、ソイツが俺のバイト先に客としてやって来たんだよ。一人の後輩の子を連れて。
話を聞くと、その後輩の子はあの女の家に居候をしてるらしくてさ、ホームステイみたいなもんだって言ってた。
名前は日本人なんだけど、顔立ちなんかは西洋人みたいな子で、どこかの外国から来日してるらしくて。
その時は軽く近況報告をして、あとは店員と客のやり取りだ。後輩の子とも挨拶して終わっただけ。
何日かして、その子が一人で店に来たんだ。ちなみに店はクレープ屋な。で、その子は美味しかったから、また買いに来たって言ってさ。拒む理由はないし、美味しいとか言われれば俺もちょっと嬉しいしな。その子は常連さんみたいな感じで、しょっちゅう店に来るようになったんだ。
で、何週間か経ったある日、彼女が言うんだよ、「自分と付き合ってください」って。なにが気に入ったのかわからないけど、俺のことを良いなって思ってくれたらしいんだ。
俺は返事が出来なかった。正直、例の子に未練タラタラだったしさ。そんなハンパな気持ちで女の子と付き合えないじゃん? 失礼すぎるだろ、いくらなんでもさ。
……でも心の中で声がするんだ。「この子と付き合えば、あの女の子とも縁がまた出来る」って。
俺は彼女と付き合うことにした。まだ付き合って間もないけどさ。
ここまで聞けばわかるだろ?
ああ、そうだ。俺はあの子が好きで付き合ってるんじゃないんだ。
女々しい気持ちを引きずって、好意を寄せてくれた子を騙しているようなどうしようもないヤツ。それが俺なんだ。
◇◇◇
「お前も色々話してくれたしさ。俺も隠し事はよくないって思ってね」
「…………」
「まあ、俺の実態なんかこんなモンだ。お前は優しいって言ってくれたけどさ。実際は結構なクズなんだよ」
「ケイちゃん……」
「えーと、まあその……だからなんて言うか、お前には隠し事はしたくないってか……お互い、本音とかモロモロをキチンと言い合える仲になりたいって言うかさ?」
「…………」
「石田?」
石田は俺を無表情に見る。
もしかしたら俺の内面に幻滅したのかも。
実際やってることは女の子からしたら、いや、男から見たってロクデナシだ。
一番の友達だと思っていたヤツがクズだった。石田のショックは酷い物かもしれない。
「ケイちゃん」
「うん……」
石田は溜めるように俺の名を呼ぶ。
そして満面の笑みと共にこんな言葉を掛けてくれた。
「わかったよ! 僕もケイちゃんには隠し事はしないように心がけるね。だからこれからもずっと仲良くしてね、サイテーのクズ子ちゃん!」
「また言い方ァ! いや、うん、いいんだけど……俺はイヤなヤツだって自覚あるし……でも、もうちょっと控えめに言ってくれてもさ……?」
「いつまでも一緒だよ、ストーカーゲス子ちゃん!」
グスン、もおいい。
ここまでお読みくださり本当にありがとうございます。
次話が最終回になります。
10/28 誤字脱字修正。




