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28 君の涙

前回からの続きで鬱展開が途中まで続きます。

 母はギャンブルが好きで、いろんな賭け事に手を出してたの。

 それは僕が生まれる前からずっと続いてて、父も手を焼いてたみたい。父がどんなに働いて稼いできても、稼ぎ以上にお金がガンガン減っていくんだもん。だから母にお金の管理をさせないようになっていった。当然だよね。


 お金がないのにどうやって博打をしてたか?

 ……うん、そう。負けこむと僕の『そういった物』を売って軍資金に充ててたみたい。借金も相当抱えてたらしいけど。

 ホント最低のクズ野郎だよね。そんなヤツの血が自分にも流れてるんだって思うと今でも嫌になるよ。ああ、僕もアイツと同類な所があるのかもって。


 そうそう、どうやら付き合った彼は、最初から僕をそういうふうにするのが目的だったみたいでね。付き合ってから知ったんじゃなくて、以前から知ってたみたいなの。僕のそういう物がネットで売られているってコトを。

 言いふらさなかったのはチャンスを待ってたらしくて。だから僕が告白してきたのは彼には都合が良かった。


 性的欲望じゃなくて、ただ僕を壊して屈服させるためだけに、滅茶苦茶に虐めて遊んでやろうって思ってたんだって、あの時笑いながら説明してくれたよ。女の子みたいってチヤホヤされて調子に乗ってた僕のことが昔から気に入らなかったって言われたんだ。


 そんなふうに思われてたなんて……なにも知らない僕は、ずっとずっと彼が好きで……はは、馬鹿すぎだよね、僕。


 ああ、ゴメンね、話の続きを言うね。

 僕を襲った彼らは転校して、父とは母は離婚。終わってみれば簡単な結末だったよ。とくにドラマティックな展開もなく、あっけないものだった。

 彼らと母が今はどこでなにをしてるかは知らない。興味もないしね。


 ただ全部が終わった時に父が言ったの。「お前がそんな格好をしてるのも悪いんだ」って。

 なんかそれを聞いたら馬鹿馬鹿しくなっちゃって。僕も父に慰めてもらいたいわけじゃなかったんだけど、それにしてもそんなコト言う必要もなくない? 幼い頃から女装を仕向けられて母に売られてた事実だって最悪なのに、集団の男に襲われそうになった原因までも僕のせいだと詰る父。

 この男はなんなんだろうって思ったら、急になにもかもがどうでも良くなっちゃった。


 でもそんな連中のせいで自分を台無しにしたくはなかった。だから髪の毛も短くして女の子の服も全部捨てた。切っ掛けはともかく女の子の格好をするのは好きだから断腸の思いだったけど、色々とウンザリだったから。

 あ、でも中学にはちゃんと通ったよ? 噂は学校中に知れ渡っていたけど気にもならなかったから出席はしたんだ。あんなやつ等に絶対負けないって一心で。


 自分以外の人間に身勝手に振り回されて人生を棒に振りたくはないけど、高校はさすがに別な所に通いたかったの。

 心機一転ていうか……わかってくれるよ、ね? あはは、まあ、要するに僕のコトを誰も知らない場所に逃げたかっただけなんだ。


 父とも気まずくなった僕を見かねた父方の祖父母が僕を引き取ると言ってくれてね。生まれ育った場所を離れて遠い町に引っ越した。

 高校はその近辺の公立校に通うことにしたの。うん、今僕が住んでいる所は祖父母の家なんだ。僕の親は祖父母だけ、父と母は他人だと思ってる。でも、今の家も高校を卒業したら出て行くつもり。


 で、高校に入ってからは大人しく過ごしてた。

 淡々と授業を受けて雰囲気も地味にして、あまり人ともかかわらないようにして。せっかく新天地で新しい生活を始めたんだしね。

 それに誰かが僕のあの写真のコトとか知っているかもって思ったら怖かったし、前と同じようなコトになっても嫌だったから。


 うん、もう誰とも仲良くする気にもなれなかった。ラノベ好きなクラスメイトとは、面白かった本の品評の真似事みたいな会話はしたけど、あまり立ち入った話はしなかった。


 え? あ、別に人間嫌いにはなってないよ。あんなクズ共のせいで人格形成にまで悪影響があるのも悔しいでしょ?

 はは、強くなんかないよ。ただ、負けん気だけは強いんだ、僕。あんなやつ等に負けて人生後悔したくない。うん、それだけだよ。


 そして男の人とは距離を置いて生きていこうって思ったの。同じ過ちは繰り返したくないし、もう二度と恋愛をする気にもなれなかったもの。


 女の子? さっきも聞かれたね。僕、ずっと男子校だったから女の子と触れ合う機会がなかったんだよね。だから女の子の存在自体がよくわからなかったの。


 ただ、共学のあの高校に入ってからわかったのは、僕は女装は好きだけど女そのものは苦手だってコト。うん、母親のせいもあるかもね。けど女性を憎んでなんかないよ、ただ苦手ってだけで。

 露骨な態度を女性相手に晒すつもりもないし、相手に不快感を与えなければ別にいいかなってね。


 そんなふうに高一を過ごして高二に進級した。

 またなにも変わらず一年が過ぎていくんだと思ってた、なにかを変えたいなんて思わなかったしね。むしろ普通の生活を変えたくなんかなかった。


 ある日、ヘンな噂が立ってね。聞いたことない? どこかに超美少女にしか見えない男の子がいる。しかも、その子は本当の女の子になったって都市伝説みたいな話。

 それを聞いた時、本当にビックリした。とうとうバレたのかって、僕の過去が知られてしまったって。


 どうやらそれは僕とは違う、別人の話だってわかったんだけれど、ある時一人の男子が言い出したんだ。「石田も美少女みたいだよな」って。

 ああ、ついに来たって思った。ここでの生活も終わるかもって。いずれはその話題から僕の画像や動画を誰かが見つけ出して、過去も色々バラされていくんだって。


 僕の所に来る男子は徹底的に無視してたんだけどね、アイツらしつこいんだもん。話もしてないのに段々馴れ馴れしくなっていくし。

 正直、僕も精神的に追い詰められてね。こんなふうに思ったりもしたの。「もしコイツらに過去を知られてバラされたら、ヤツらを殺して自分も死のうかな」なんて馬鹿なコトをね。


 そんな時だった。俯いて本を読んでソイツらをやり過ごそうとしてた僕にキミが声をかけてくれたのは。

「なあなあ、いっつもなんの本読んでんの? ちょっと興味あるんだけどさ」って。


 僕にとって異世界への扉は、その時から開かれたんじゃないかなって思うんだ。今まで知らなかった世界への扉がね。

 今の自分の世界とは違う場所、なら、そこはどんな所でも異世界だって思わない?



 ◇◇◇



 石田はそこまで話すと俯いていた顔を上げる。

 その目には涙が溢れて頬を伝っている。……話の途中で俯いた顔からボタボタ垂れていたし、涙声だからわかってはいた。



「ホントはラノベに興味なんかなかったんでしょ?」


「いや……そんなことないけど」


「ふふふ、いいの、わかってる。だってケイちゃんは最初の本を貸した後に、別な本を貸してなんて言ったことないもの。わかるよ、読書やラノベに興味がないことくらい」


「…………」


「アイツらに僕が困ってるのに気づいたんでしょ? だから助け船のつもりで声を掛けてくれた」


「……さあな、切っ掛けなんか忘れちゃったよ」


「そうだね、切っ掛けなんかどうでもいいコトなのかも。……じつはね、ケイちゃんのことも最初は警戒したの。コイツも僕の容姿に興味があるのかなって」


「だろうな。お前、露骨に探るような目をしてたもんな。それこそ俺もわかるよ、だ」


「はは、そうだね。でも、キミは違った。アイツらとは違ってた」


「…………」


「あまり興味がない本もキチンと読み終えて感想まで教えてくれて。その後もアイツらへの防波堤のつもりだったの? 連中がいる時はいつも話を振ってくれてたよね」


「まあ、お前は読書が好きみたいだしさ。その時読んでる本の内容が気になっただけだ。えーと、あれだ、あらすじを知って内容をわかった気になるみたいなかんじ?」


「ふふふ……僕以外の他の人とも話したかったハズだよね。キミって顔が広いし慕われてるからね。無駄な時間を使わせてゴメンね」


「俺はその時話したいヤツと話してる。ただ、それだけだ」


「…………ありがと。でもキミのおかげだよね。あちこちに顔が利くキミが怖かったのかもね? キミと仲良く話してる僕を見て、アイツらも僕に近づくのをやめちゃったもの」



 さりげなく連中に『警告』したのは石田には黙っとこう。

 あ、脅してなんかないよ? あくまで「俺と石田って結構仲良くなったから。俺、アイツに話したいコトが山ほどあってさ? そこんとこわかってくれたら嬉しいかな」って言っただけだし?



「でも仲良くなんか話してたっけ? お前相槌打ってるだけだったじゃん。本の内容は解説したりもしてくれたけどさ」


「そうだねえ。けど、もう他人と必要以上に接触しないと誓った僕にとっては……あんなにいっつも誰かと話すことになるなんて考えられなくて」


「……そっか」


「本音を言えば、最初は余計なお世話をするヤツだって思ってたの。ちょっと熱い迷惑なヤツだって」


「ひでえなあ。そんなんじゃ俺、助け損じゃんか」


「……やっぱり、僕を助けてくれたんだね」


「あ……」



 うわあ、バッカだ、俺。なに誘導尋問に引っ掛かってんだよ。ダサっ!



「キミが僕と話してくれるのが嬉しくて。なんの損得もない無駄話だけをしてくれているのが、ただ嬉しくてね」


「…………」


「でも嬉しい気持ちを見せたくなかった。もしまた前と同じようなコトになったらって」


「石田……」


「母に売られて、好きな人に裏切られて。最後は父にまで見捨てられた僕は、誰かに縋りたいなんて思っちゃダメなんだって……」



 石田は顔を歪めると声を嗄らして悲痛に叫んだ。



「もうイヤだった! 信頼してまた裏切られたら僕はもう絶対に立ち直れない! 僕は強いヤツなんかじゃない!」


 もうコイツを喋らせたらダメだ。考えさせたら駄目だ。

 俺は石田を抱きしめた。頭を抱えて顔を自分の体に押し付ける。


「キミと異世界に来ればなにかがあるんじゃないかなって思って……。身勝手なのはわかってたけど、でも、どうしても気持ちを抑えきれなくて……薄汚れた僕の言うことなんか信じられないかもしれないけど……」


「大丈夫だ。お前は汚くなんかない」


「でも信じて……僕は汚れてないの……汚い生き方を強いられてきたけど……体は綺麗なまま……なんだって……」


「もういい、もういいから!」


「ううう……わああああああああんっ」



 もうなにも言うな。今はなにも考えるな。


 石田は声をあげて泣いた。俺に押し付けた口から声にならない声をあげて泣き続けた。

 女が嫌いだと言っていたし、今の女の俺に抱かれたって安心なんかしないだろう。でも他にはなにも思いつかない。


 暗い過去ばかり背負った石田。

 俺がこいつにしてやれるコトなんか一つもない。


 見知らぬ異世界で魔王退治なんてするハメになった石田。

 ヤンキー女神は石田の境遇を知っていたんだろうか? 知ってて俺をコイツのパートナーに決めたんだろうか。俺が石田にしてやれることなんかあるんだろうか。


 ああ、そうだ。コイツは俺を一番の友達だと言っていた。なら友達の俺はコイツにしてやれるコトが、なにかあるんじゃないか。


 俺がコイツにしてやれることは……そうだ、ずっとコイツと一緒にいることにしよう。

 裏切ったり逃げたりしないでずっと一緒に。それだけでいいんじゃないかな。


 俺、なんの能力もない一高校生だしね。

 二人で無事に元の世界に帰るまでは、協力し合って寄り添って生きていこうじゃないか。

 そうすれば石田もなにかが変わる。変われるんじゃないだろうか。



 ――俺自身もなにかを変えられるかもしれない。大事な所で本音を隠したり騙したりすることもなく生きていけるかもしれない。



 どのくらいの時間が経ったのか。

 やがて石田は落ち着きを取り戻した。くっ付いていた俺から離れようとする。



「……ゴメンね。ドレスが汚れちゃったね」


「お前の涙と鼻水と涎でグチョグチョだな」


「今綺麗にするから。…………あの、ケイちゃん」


「なんだよ」


「なんで離れてくれないの?」


「そうだな……こうしてたいから、かな」



 離れようとする石田にしがみ付く。コイツを今は離しちゃいけない気がするから。うん、ただ、それだけなんだからな。



「ヘンなケイちゃん……でも凄く温かい。なんか幸せな気持ちになってきちゃう……」


「そっか。俺もこうしてると不思議と安心するよ」


「ふふ……そうだ、うん、ずっとケイちゃんに言いたいコトがあったの」


「なにを?」


「初めて話しかけてくれたあの時から……異世界に付いてきてくれて、今こうして抱きしめてくれるケイちゃん」


「ここには付いてきたっていうか、気づいたらいたんだぞ。あと抱きしめるとか恥ずかしいコト言うな」



 石田はおでこを俺の肩にグリグリ押し付けながら恥ずかしそうにする。



「あのね、ケイちゃんは僕にとっては……」


「……うん」


「今までも……そしてこれからもね」


「ああ」



 石田は抱きついていた俺を引き離すと、目が腫れ涙で濡れた顔を輝かせて照れくさそうに、そして朗らかにこう言った。



「もの凄く使い勝手が良くて都合が良い人間なんだ!」


「おいいいいいい! 言い方!」



 石田がそっと俺を抱えて微かにささやく。



「ふふ……ウソだよ……本当にありがとう……」





次話は、やっと普通のお話です。

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