16 チート石田
さっきまでいた草原や湖畔とは打って変わり、俺たちが今いる場所は屋内、いわゆるログハウスの中だ。
「靴は脱いで入ってね。やっぱり室内で土足って違和感あるもんね」
「だな」
「さ、入って入って。狭すぎず広すぎずのつもりで作ったの。家具とかは追々考えるとして、とりあえずそこのソファーに座ってね」
「ああ」
そこそこ広い室内は、石田の言うように家具はなく、簡易なソファーが二つ対面して置いてあるだけだった。俺と石田は向かい合うと膝を突き合わせるように、それぞれソファーへと腰かける。
するとヤツは俺の顔を覗き込むように訊ねてきた。
「どしたの? ケイちゃん、なんか顔が硬いね。まだ力が入らない? また僕の生命力をわけようか」
「いや、そんなことはねえから気にすんな」
「そお? なら良かった」
石田はニコニコと上機嫌だが、そりゃ顔が硬くもなるわ。あんなもんを次から次へと見せられたらさ。
「広々しすぎてるのも落ち着かなくて、ゆっくり話も出来ないよね」と、石田が言うと一瞬で草原に建物が現れた。
それは本当に一瞬の出来事だった。
石田がなにかの動作をしたわけでもないし、なにか呪文みたいなものを唱えたわけでもない。
気づいた時には俺たちの五十メートルほど先に、このログハウスが現れていた。
その現象を見せつけられた俺は、血が上りまくった頭を瞬時に冷やされる。
身も凍る思いってこういうことなのかね。
――やっぱ、チート能力こええ。
石田に借りたライトノベルの主人公は、チート能力を持っていた。
戦いで敵のステータスとやらを調べられたと思えば、指先ひとつの感覚で、苦もなく相手を倒すほど強かった。幹部クラスの敵が出てくる物語中盤までは、文字どおり無敵の存在だ。
そしてあまり文明の発展していないその世界の旅では、身に宿った能力を使って超快適に観光気分で道中を満喫していた。
例えば旅の途中で野宿をする場面がある。その時の主人公は、今、石田がしたように寝泊まりできる建物をチート能力で建築して仲間から感謝されるといった具合にだ。その晩、風呂覗きイベントがあって、主人公が女性陣に袋叩きにされた後、一晩外で過ごすオチだったけどな。
その他にも主人公は、チート能力を使って最初から最後まで、とにかくやりたい放題だった。
敵も味方も、恋人も、通りすがりの爺さんも、登場人物の多くが主人公の身勝手さに振り回される。
だけど、ガサツでスケベな振る舞いをしながらも、本当は照れ屋で正義感が強く、なにより『悪を憎んで人を憎まず』というスタンスの彼の暴れっぷりが、その物語の面白さの一つだったと思う。読んでてスカっとしたし、読後感もとても良かった。
「ごめんね。お茶もないから、ただ座ってお話するだけになっちゃうけど」
「今んとこ喉も渇いてないからいいよ。それよかお前も言ってたけどさ、この先どうするかは考えなきゃなんねえよな」
「あ……大事な話ってそのこと、なの?」
「それもある。行き当たりばったりで、いつまでも行動出来ないじゃん?」
「そ、そうだよね。うん。そうだったね。これからの大冒険に備えて、色々と考えないとね! あはははは」
なにかを誤魔化すように棒読みな笑いを披露する石田。なんの話だと思ってたんだよ?
「でもその前にさ」
「うん?」
石田の顔を眺める。女顔の可愛らしい容姿だが、冷たい雰囲気を纏ってクラスの中でも周囲とは距離を取っていたヤツ。俺が異世界に来ることになった張本人。この世界に来てからは人が変わったように明るくなり、しかも俺に懐いている。フィクションの中でしか存在しないようなチート能力を自在に操る少年。
「ど、どうしたの? ケイちゃん。そんなにじっと見られると恥ずかしいよ……それに」
「それに?」
「なんで僕のほっぺたを触ってんの?」
「あ、悪い」
今目の前にいる石田が、数時間前のアイツと本当に同一人物なのかと疑ってしまうほどの変貌ぶりに、思わず顔を挟んで観察しちまった。思えばこんなに石田の顔を眺めたのは初めてのことかもしれない。……ホント、こうして見てると、女の子そのものだ。うん、実際女の子になったのは、この俺なんだけどさ。
「ううん、いいの。急だったからちょっと驚いただけ。言ってくれればいつでも……」
「安心しろ。今のは思わずだ。もう、しねえからさ。それよかもっと大事なことがあるよな」
「だ、大事なこと……」
石田の顔に触れていた手を離す。ほの温かいヤツの体温が手のひらに残る。
けど、そんな余韻に浸っている時じゃない。そもそもの話を切り出さなきゃな。
「まずは聞かせてもらわなきゃなんないことがあるよな」
そして俺は思う。
フィクションの主人公ではない実在の人物の、この石田という男は実際どういうヤツなのだろう、と。
そして、なぜ俺は女になったのか。
10/11 誤字修正。




