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14 BBQ

 俺と石田は湖の畔までやって来た。

 俺たちがいた場所から見えた湖は遥か先に見えたにもかかわらず、チート能力の効果なのか歩き始めて数歩で湖畔に到着していた。その現象には、凄いというよりは、怖いといった感想しか出てこない。

 だってさ? 遠くを目指して数歩進みました、はい着きましたよ、だもん。ちょっとしたホラーだ。


「ケイちゃんが草で足を切ったり転んだりしたら一大事だもんね」と、石田が言うが、俺に対して気を使う所はそこじゃないと思う。そしてヤツはどこからか投網を取り出す。どっから出したんだよ、それ。


「肉より魚だよ。健康を考えたら、そっちのが良いよね!」と、言い訳を始める石田。哺乳類は無理でも、魚類なら捕まえられるってことか。



「その網どうしたんだ?」


「今チートで作ったの」


「……なんでもアリだな」



 溜息をついて湖を眺める。

 大きな湖だ。鹿がいたという森がある対岸が遠く彼方に見える。

 そばに寄って水面を覗こうかと思ったが、ここは異世界。パニック映画よろしく、急に怪物が出てきたらたまったもんじゃない。


 そうだな、この先なにが起こるかわからないんだ。あらゆる場面において、自らフラグを立てるようなマネは絶対に自重しようと心に誓う。うん、気をつけよう。


 そんなことを考えている俺をよそに、石田は網を宙に舞わせた。すると手から離れた網が生き物のように湖に向かって独りでに泳ぎ始める。キモッ! ムニュムニュと水の中を這いずり回る、あの網の動きがキモすぎる。


 どういう原理か知らないが、投げ込まれた網は引き上げられた時には超大漁の魚でパンパンになっていた。しかも投げた時も引き上げた時も石田は全くといっていいほど手を動かしてない。どんな技なんだよ。

 それにその魚の量さ、何か月分の魚? 腐っちまうだろ、そんなに捕っても。



「定番のアイテムボックスに入れておけば、腐らせないで保存出来るよ!」


「アイテムボックスって?」



 石田の朗らかな笑顔が眩しいが、定番と言われても俺にはいまいちピンとこない。



「貸した小説にもそういうの出てたでしょ」


「ああ、そういえば……」



 そういった描写があったのを思い出す。便利アイテムの一つだったっけ。大量の持ち物を無尽蔵に保管出来て、状態もそのままを保てることが可能な夢のようなアイテム。そんなマジックアイテムさえ当たり前のように使えるんだな、今の石田は。


 学校にいた時からここに来て、どれくらいの時間が過ぎたのかわからないけど、経っててもせいぜい数時間がいいとこだろう。なのに石田は数時間前の自分と今の自分の力の乖離に、なんの疑問も抱いていない。力を使うことに馴染みまくっている。


 ふうん、そっか。凄い能力が使えるのが当たり前、か……。



「ケイちゃん、お腹減ってない?」


「……」


「ケイちゃん?」


「あ、ああ、悪い、考え事してたわ。まあ、減ってないと言えば嘘になるかな」


「そ、良かった。じつは僕もお腹ペコペコで。ねえ、この魚を焼いて食べない?」


「……ま、いっか。そうだな、せっかくだしBBQと洒落こむか」


「ビービーキューって言い方がチャラくて、なんかイラつく。バーベキューって言えばいいじゃない!」


「えー? そんな細かいとこでイラつかれられてもさ……」


「ケイちゃんがウエィ系だったなんて!」


「ウェイて、お前」


「あ、今は女の子だから、年上のパリピの男に騙される予定のギャルとか?」


「ギャルじゃねえし、騙される予定もねえよ!」


「うう、ケイちゃんが魚を焼いてはしゃぐ絵面が、ウエィ系としか思えない……グス」



 コイツは俺をなんだと思っていたんだろうか。あと、なんで涙目?



「じゃあ俺とお前で今からすることもウエーイなのかよ」


「今からすること……すること……なに考えてんの!? イヤらしい!」



 石田は顔を真っ赤に染め上げて、怒ったような嬉しいような複雑な顔で俺を睨んでくる。

 なに考えてんだ、コイツ。俺まで釣られて赤くなっちゃったじゃん、もお!



「おい待て。なにがイヤらしいんだよ? 魚焼いて食うだけだよな!?」


「そんなの恥ずかしくて言えないもん」


「恥ずかしいってなんだよ! お前の脳内でなにが繰り広げられてるんだよ」


「と、とにかくね、僕は言葉遣いは人柄に直結すると思うの。ケイちゃんがヘンな言葉を使うと、気持ちがピリピリしてくるんだよ」


「直結なあ」


「またヤラシイこと言ってる!」


「お前の頭ん中がヤラシイんだよ!」



 ピリピリしてるって言われてもさあ……。なら、俺の言葉遣いをどうこう言う前に、ヤンキー女神に今の言葉を伝えてくれ。言葉遣いと人柄の関連性云々なら、あれなんかそのまんまじゃん。


 それにしても以前からコイツは神経質な所がありそうだとは思っていたけど、結構短気なとこもありそうだ。それも俺からすればツボがよくわからない所で、イラついたりムカついたりしそう。


 チート能力を持った石田が癇癪を起す……。



「今度からそんな言い方絶対やめてね? チャラい軍勢にケイちゃんが与すコトになっちゃったら、僕……僕!」


「わかったわかった、悪かったよ。そんなことよりさ、話してても腹減りは収まんねえぞ。なら、さっそく焼くことにしようぜ?」


「あ、うん。そだね」


「……」


「……」


「焼くか?」


「そだね?」


「……」


「……」


「……焼くか」


「……そだね」



 なんだ、このやり取り。



「焼かないのか?」


「僕が?」



 お前以外に誰がいるんだよ。



「チート能力で料理なんかも出来るんじゃないのか?」


「あ、そうだ、言ってなかったね」


「なにをだ?」


「神様から貰ったこの能力も出来ないことがいくつかあってね。そのひとつは料理全般に関することなの」


「マジか」


「うん、特に食材は絶対に生み出せない。「命を生み出すってのは甘かねーんだよ、お手軽に考えんじゃねーぞ。オマエもお袋さんと親父に感謝しとけよ」って、神様に言われたの」


「あのヤンキー、なにそれらしいこと語ってんだよ。絶対そんなこと言うキャラじゃねえよな? でも、食材はご尤もな言い分かもだけど、調理関係は命関係なくね?」


「料理ひとつ出来ないヤツは、日本以外でお嫁さんになったら困る時もあるから、チートでするのは絶対ナシだって。ちなみに僕はカップ麺くらいしか作れません!」


「俺らに嫁云々は関係ないじゃん」


「頑張ってね、ケイちゃん」


「なにをだよ!? って料理か」


「ううん、花嫁修業」


「おい待て、誰の嫁にいけってんだ」


「そんなの恥ずかしくて言えないもん」


 またかよ。

 なにが恥ずかしいんだよ。俺に誰の嫁になれってんだ。

 それと、あのヤンキー、なにが嫁だ。婿ならまだわかるが、嫁ってなんだよ!



「ケイちゃん。僕、君を待ってるね?」


「今の会話の流れで待ってるって言っちゃうの? どういう意味!?」



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