13 鹿の目
石田は右手を前に突き出し、前方を睨むように見つめると拳を軽く握る。そのまま親指を人差し指の内側に掛け、ふうっと息を吐きつつググッと力を籠めている。
う、なんだか俺のほうが緊張してきた。……うまくいくのかな。
いよいよ石田が弾を打ち出そうとした、まさにその時。
「ど、どうしよう? ケイちゃん」
「なにがだ? なんかあったのか」
石田は涙目になるとガタガタ震え出す。
と、そのまま俺に駆け寄ってしがみ付いてきた。
「うわあああああんん!」
「なんだなんだ!?」
うおおおおい!? またかよ? なんで俺に抱きつくんだよ!
俺は男と抱き合う習慣はねえんですけど!?
「い、今ね、鹿と目が合ったの!」
「目が合う? 俺から見えないくらい遠くにいる鹿と目なんか合うかな。いくら野生動物が勘が鋭いっても、こんだけ離れてりゃ気づかないんじゃね?」
「ケイちゃんは野生動物を甘く見すぎだよ! 彼らはフィールドの端っこにいても視界の有効範囲内だったら、こっちの存在に気付くんだから」
「なんの話してんだよ?」
「ファンタジー・マタギ」
「だからそれゲームじゃねえか!」
「だってだってだってえええええええ!」
「わかった、わーかった! 泣くな? な、ほら、泣くなよ」
「うぅ……グスン」
「しょうがねえなあ……よしよし、泣くな泣くな」
「グスン、うっく…………えへへ」
「ったく、もう……」
背中をさすってやると、ガチ泣きしてた石田は泣き止んだ。コイツ、ホントに高二男子かよ? 信じらんねえ。でも、情けなくグズる石田をあやしていると、なぜか心が温かくなってくるようなヘンな気持ちになってくる。
異世界へ来て最初にしたことは自分が大泣きすることだった。次にしたことはクラスメイトの男子が泣くのを宥めて、あやすことだった。なにやってんの、俺? ……いや、俺がさっき号泣したのはノーカンにしてもいいと思うんだよね。あれは事故みたいなもんだ。
石田ってこんなヤツだったんだな。全然イメージと違ってた。とっつき難い印象だったけど、やたら俺に懐いてる。
それに俺もこんなヤツだったっけ? この世界で目覚めてから自分が変わったような気がしてならない。
なんで石田を当然の様にあやしてるんだろ。で、なんでそのことに、まんざらでもない気持ちになってんの?
いつもの俺だったら、そんな気持ちになっていたんだろうか? 体が違うのは明らかすぎだからそこは抜きにしても、今までの自分ってどんなヤツだったんだろうと、女の身の自分を肯定するようなことを考えてしまう。って、待て待て待て!
男の自分を思い返さなきゃ忘れそうになるなんて、このままだとヤバすぎる。状況に流されないように、いつも自分を意識しないと。忘れるなよ、俺は男だ、うん、オレ男。女の子じゃないよ?
「やっぱり女の子の体って、柔らかくて男とは違うね? ケイちゃん」
「ジャストタイミングで、俺がしたばかりの再認識を即効へし折るのはやめろ!」
結局、石田は鹿は仕留められなかった。
「あんなにつぶらな瞳の生き物を殺すとか絶対無理だもん」が、ヤツの言い分だ。俺のためになんでも出来るって話はどこにいきやがった。このウソつきのヘタレ野郎め。頭が急速に冷めた思いだけど、絶対気のせいじゃないわ、これ。
まあ、アイツが動物相手とはいえ、殺生に一切躊躇しないようなヤツじゃなくて、ちょっとホッとした。
ホッとしたのはいいけど、この先食いモンはどうすればいいんだろ? 金出して買うのか? その金はどこにあるんだよ。この先って、いつまでどこまで続くんだ? 俺は元に戻れんの?
生きて帰れる保障もないこの世界で、俺たちはいつまで過ごさなければならないのか。時間的なことはヤンキーがなんとでもしてやると言っていたけど、あんなヤツの言うことなんかアテになりはしない。考えたら不安だらけだ。呑気すぎる石田は大物すぎる。
さっき感じた視線をまた感じるが、どうやらこれは鹿の視線で確定だろう。
けど、石田の言うように野生動物って、こんな遠い距離まで見通せるもんなのか? だとしたら異世界動物って、相当六感が凄いんだな。やっぱ、ここは地球とは違うんだと改めて実感する。




