不遇職と小鬼
「ぐべらのぼげらッ」
と、まぁそんな意味の分からぬ声をあげて、私は盛大に地面とこんにちはした。とても痛い…泣きそう。
幸い…というかHPが残っているからなんだろうけれど、体は動かせそうなので私はノソノソと立ち上がる。だって戦闘中だもの。あんな恥ずかしい思いをしても状況を忘れない。
私、とても偉い。自画自賛。
…人目があったら忘れて全力で恥ずかしがってたと思うけどね。イヤーソロデヨカッタワー。
はい。集中します。
まずはちらりとHPを確認。残量は六割と言った所…最初のは二発で半分くらいだったのに、それと比べたら随分一撃が重い。ヘッドショット&不意討ちだったから…なのかね。まぁそれでも四割しか減らないのかって前向きに考えた方がいいか。移動がクソ程面倒くさいこのゲームで頭は即死ですなんて困るどころの騒ぎじゃないからね。
とりあえずこれは早めに回復しておきたい。だが今すぐには無理と判断する。なんでかって、当たり前なんだけどゴブリンも行動を再開したからである。
え?再開、というのに引っ掛かる?
うん、その…あのですね、奴らね?
めっちゃくちゃ笑ってたの。もう爆笑よ。言葉はわかんなかったからギャッギャとしか聞こえなかったけど、あれは馬鹿にしてたね絶対。雰囲気がそうだったもの。
…仮に私が見る側だったら同じ感じに笑ってたであろうから、あまり言わないでおこう。明日は我が身である。
やられた側は恥ずかしい。とても…とてもとてもとっても、恥ずかしい。私はさっきそれを学んだのだ。
人を笑う奴は笑われる覚悟のある者だけ…。なので今から私が貴様らを血祭りにあげて笑ってやる。同じように地べたに転がるがよいわ!恥ずかしさのもたらす行動力は恐ろしいんだぞって事を思い知らせてやる。
さてさて、位置関係は正面にナイフ持ちゴブリン、方向不明で遠くに弓ゴブリン。この弓ゴブリンが本当に厄介で仕方無い。放っておけばさっきみたいにチャンスを潰されてしまうし、そうでなくても一発で二割くらいのダメージがある矢を射り続けられるのはキツイ。
なので出来れば先に弓ゴブリンを倒したいところである。その為にはまず弓ゴブリンが何処にいるのかを把握しなければならない。
どうやって?そりゃ矢が飛んできた方向に行くだけですよ。言うだけなら簡単ってね。
なので一先ず目の前のナイフ持ちゴブリンと戦う。矢が飛んできたらすぐに全速力でそちらに移動、そして叩く。うーむ、完璧…。実行出来ればの話しだけどね。
てなわけで今回は私の方から動かせてもらおう。先に行動と言っても普通に走って槍を振るうだけである。
「ふんっ!」
テコテコと走って私はゴブリンに槍を振るう…が、そんな見え見えの攻撃当然避けられる。そして今回も大振りの横一閃みたいな感じだったので、ゴブリンはまたも反撃を狙ってくる。
まぁ想定内だ。なので今回は上に飛ぶのではなく、後ろに少しだけ動く事にする。
……流石に二回連続で同じ行動はしないよ。矢を誘発と考えればいいだろうけど、露骨過ぎても警戒されちゃいそうだからね。
魔力推進で一歩程の後退…元々ゴブリンは小柄だし、ナイフも小さい物なので回避としては充分である。だけど近過ぎて今度は長槍による攻撃は難しい。おいおいミスってんじゃねえかと言いたい気持ちはとてもわかる。
いやね、ちょっと試したい事があったんですよ。ちゃんとわざとですよ、本当ですよ?えぇ。
ゴブリンは攻撃をスカして僅かな隙となっている。だけど槍は振るえない。じゃあどうするかって?こうするのだよ。
私は一歩下がっただけ。そしてゴブリンは元々私がいた位置に…つまりだ。
拳が届く位置にいるって事だよねぇ!
「うおりゃあ!」
私は槍を握ったまま、鋼鉄の右手をゴブリンの頭にぶち込んだ。まぁ体勢はあんま良くなかった。槍を振るってそのままの位置にある右手をそのまま降ろす感じだ。伝わりにくくて申し訳ないが、それくらい雑な体勢からの殴りって訳だ。
故に威力と対した事は無い。ゲージで言えば一割ちょっと削れたくらい。……むしろ本気の殴りではなくてこれなら結構な威力だったのかな?これも頭に入ったから…なのかね?まま、今はいいか。
なにせ目的はダメージでは無いのだ。いやダメージも出来れば多く入ってほしいけどね。大事なのは相手を怯ませる事…普通のゲームなら専用のスキルとかが必要になったり、一定以上のダメージが条件だったりするが、このゲームじゃ違うだろうと踏んだ訳。
そしてこの予想は当たってくれた。頭を金属の腕で殴られたゴブリンは思わずなのだろうが、ナイフを持っていない左手で顔を覆い少しフラついている。そのまま蹲るとかして欲しかったけど、残念ながらそこまではいかなかった。むぅ。
うん、でもそれで充分。数秒の隙だろうが、槍で貫くだけならお釣りが返ってくる程のものだ。倒しきれるかはわからないけれど、致命傷レベルのダメージにはなるんじゃないかな。
私はすぐに体勢を戻し、槍を構え穂先でゴブリンの胸辺りを狙う。首とか頭を狙う自信は無かった…。あとはこのまま思いっきり突き刺すだけ…。
なーんて、こんなのさっきもやったよね。
(……来た!)
意識を向ければ僅かに聞こえる音。仲間を救う為か、それとも確実に当てる為か……ここまで一切動きが無かった者からの攻撃。それの音が聞こえた。
わかってさえいれば防御も回避も出来る。今回は少しだけ右に飛ぶ、それだけ。
たったそれだけで、私の横を一本の矢が虚しく通り過ぎた。
いやー…ゲームだから当然とはいえ、ステータスがもたらす影響って凄いねぇ。現実なら絶対聞こえなかっだろうし、どっちに避けるかの判断も出来てなかったはずだからね。ありがたいこった。
ま、なにはともあれだ。私の本当の目的は弓ゴブリンの位置を特定して倒す事なのだ。そして今それがわかった。後は接近して倒すだけ。
奴の居場所は右後方…おおよそ四時か五時の方向と言えば良いだろうか。私はその方向へ全速力で飛んだ。
恐らくだけど、毎回射撃に間が開くのは位置を悟られないために移動しているからだと思う。常に敵の横、もしくは背後からの不意討ち狙い。
んで更にその移動を悟らせない為の近接役ゴブリンなのだろう。妙に睨み合いの時間を作ったり、カウンターばかり狙うのもそれの為。とにかくヘイトを稼いで遠距離役の攻撃を確実に当てさせる。勿論近接攻撃で敵を削れればそれで良し。
私達はゴブリンというのに弱いというイメージがある。うん、あった…だ。最低でも私は今回の戦闘で変わった。このゲームのゴブリン、普通に小賢い。数がいたら厄介に違いない。
…わかってるよ。まだ終わってない。
地面に沿って突っ込むだけじゃ見つけにくい。なので私は斜め上に移動している。そうすれば動きがあればすぐにわかると思ったのだ。弓を構えればその動きが……もし移動すれば草が不自然に動いてしまう。そしてジッとしていても見つかるのは時間の問題。いける…これはいける。
視線を地面へと向け、見逃さぬようにゆっくり(気持ちだけね)と視線を動かす。心配はいらない…向こうは動けばバレるし、近接役のゴブリンはようやく怯みから回復した所だ。こちらへ来るまでは充分に時間がある。
(……いた!)
それは探し始めてすぐだった。元の位置からおおよそ30メートルといった辺り、まぁ今は私の目の前だけど…そこにやつはいた。
左手に弓を、右手に矢を。そして……
「そりゃ見つからない訳だ…。」
なんとまぁびっくりな事で、目の前のゴブリンは全身を土や草で擬態していたのだ。所謂迷彩…ギリースーツだっけ?あれみたいな感じ。
正直、今回は矢の鏃が太陽光に反射した事で気がつけた。それが無かったら多分見つけられなかったと思う。それくらい綺麗に擬態出来てるよ。どうなってんだゴブリン共は。
だが見つけてしまったからには、それも無意味である。距離は既に数メートル…今から狙いを定めて矢を放つのは難しいだろう。
ま、ガムシャラの一撃が来るだろうけど、一撃ならやられる事は無いので…無いよね…?うん、ちょーーっと怖いけど、今回は無視してでも突き刺してやる所存でありますよ。
私とゴブリン。見下ろす者と見下される者。お互いの視線はピタリと交差している。
そしてゴブリンも察しているのだろう……あと数秒後に己は槍で貫かれているのだと。だからだろうか、ゴブリンは迷う様子も無く、冷静に弓を構えたではないか。
それを見た瞬間、なんという意志の強さだと私は少しばかりの感動を覚えた。……いや、少しでは無いね。とても感動したに言い換えよう。
私はてっきり、急に差し迫った死への恐怖に怯えながら、狙いも何も無い雑な矢を放つものだと思っていた。
だが目の前のゴブリンはどうだろうか。全くそんな様子は無い。己に死が近付こうが、変わらず冷静に敵である私を討とうとしている。
……悪く言えばゲームのキャラっぽいと思われるのかもしれない。だけど目の前のゴブリンは違うと思うんだ。あいつは明確な自分の意思で私に矢を放とうとしている。擬態用の草で覆われた頭部、そこから覗く二つの瞳が私にそう言っている気がした。
あぁ、なんだろうな。凄く嬉しい。理由は上手く説明出来ないんだけど、何故か嬉しい。とても…とてもとてもとっっても嬉しい。
戦いというものの高揚感なのかな。誰かに今すぐ教えてもらいたいくらいだ。戦闘前の悲しみや、途中バカをやっての羞恥心なんて一瞬で上書きされた。
ついでだけど恐らく今私は口角が凄い高さだと思う。歯も見えてるかもしれない。客観的に見たら相当やばそう。我ながらドン引きしそうだ。
ふぅ、よし行こう……。何回目だ…許ちて。
私はあなたに敬意を払おう。勇敢な戦士であるあなたに敬意を払い、その上で堂々と槍で貫き、殺してあげよう。自己満足なものではあるが、弔いはしてあげるよ。なにせ私はこの世界だと聖職者の端くれらしいからね。
少しばかり…と言っても数秒程度、止まってしまったが問題は無い。私は空中で槍を構え、突撃体制に入る。そしてゴブリンもこの数秒で狙いを定められたみたいだ。…いやこっちは本来悪い事なんだけどね。今回は見逃しておくれ。
私の後方からは、もう一体のゴブリンが何やら叫んでいる。多分「逃げろ」とか「やめろ」の類だと思うが、どうであれもう手遅れである。なにせ完全にその叫び声がお互いの動く合図になってしまったのだから。
…まぁ彼(?)からしたら悲しい光景だっただろうね。
私は空中から弓ゴブリンへ一直線の突撃。対するゴブリンは構えた弓から矢を放つ。
それが当たるまでは正に一瞬だ。高速で放たれた矢を、こちらも高速で移動中の私が避けれる訳も無い。
「がふぅっっ」
まぁ、当然直撃しますわな…。それも、眉間にブスリである。本日二度目の頭から矢が生えている現象だ。後で引っこ抜こう…。
そして…渾身の矢で私を倒し切れなかったゴブリンは、直後に突撃してきた私の槍で胴体を貫かれ地面と縫い合わされた。
「ふぅー…ふぅーっ」
発見してからこうなるまでは僅かな時間だった。だけど体感的にはとても長く感じられた…。補正で物理的に長く感じる様にはなっていたのだろうが、それを差し置いてもだ。
「………」
痛みや死へと恐怖に対し悲鳴の一つも挙げず、僅かに残る命の灯火で未だに私を真っ直ぐ見やるゴブリン。
何が出来ると言うのだろうか。それとも…自分が敗北した相手を最期まで瞳に焼き付ける為だろうか。
わからない。私にはこのゴブリンが何を想いそうしているのかがわからない。ただ少しだけわかるとすれば、このゴブリンは間違いなく勇敢な戦士であったという事だったと言うこと……それだけだ。だけど多分…それだけで今はいいんだと思う。
きっと、その内わかる時がくるはずだ。その時に、また今回の事を思い出すよ。
そうこう考えている内に、いつの間にか槍で貫かれていたゴブリンは力尽きていた。本当に残り僅かな命だったのだろう。頭はカクンと傾き、瞳に光は無い。そして最期の最期まで手放さなかった弓も、カランと乾いた音を鳴らし地面に落ちた。
結局、最期まで声は少したりとも出さなかった。怖くなかったのか、助けてほしくなかったのか…本当に、このゴブリンは考えさせられる。
私は槍をそっと引き抜きぬいた。穂先は赤く染まっていたが、直ぐに消滅し何事も無かったかのように元通りになる。
ゴブリンも同様だ。命の尽きた肉体はみるみる光の粒子となって消えていく。四肢が消え、胴体が消え、最後に頭が消えた。不思議な事に、身に纏っていた衣服…迷彩まで消えていた。
一分も経たぬ内に、私が見ていたゴブリンは文字通り全て消え去った。
……否、一つだけ残っていた。最期まで手に握っていた、ゴブリンの得物。人が持つには少し小さい木製の弓。
「持っていこ…。」
使うかどうかと言われれば、多分使わないと思う。というか使えない。まぁ、自己満足の戦利品である。
私は地面に転がっている弓を手に取り、インベントリへと入れる。これで本当の本当にゴブリンの跡は全て無くなった。
「なんか…寂しいね…。」
残った死体を見ていたいのかと言われれば違うんだけど、こんな感じで何も残らないとそれはそれで寂しい。本当に戦っていたのかなって…。この世界に来てから戦闘というのはそんなして無かったけど、こんな感情になるのは初めてだ。
何でだろうね…。うーん…わからない事だらけだ。途中まであんなにワチャワチャしていた感じがあったのに、どうしてこんな風に思っちゃうんだろうね。
───
「ぐおおおおおおおお!!」
ビックゥン!
「へぇいやぁはぁっ!?」
しんみりとした雰囲気だった私は、突然の雄叫びに盛大にびっくりした。
そうだよ。終わったみたいな空気出してたけどもう一体居たんだよ。むしろ良く今まで何もしてこなかったなお前。
ヘイト稼ぎ役の近接ゴブリン、最後に認識していたのは私と弓ゴブリンが動く直前だった。そこから一切存在を感じさせなかったが…。
「一先ず位置を確認…」
襲ってこなかった理由を考えるのは後だ。戦闘は終わっていない。ならばまずはゴブリンの位置を把握しようと私は再び上へと飛んだ。
……それが間違いだった。
「……へぁ?」
上に飛ぶ事おおよそ五メートル。空中の私が視認したものは、ありとあらゆる所に見える無数の小さな反射光……。
あー、うん…えっとね。さっき似たようなのを見たよ私…。あれはねぇ……
「矢だねぇぇぇ!!」
引き攣りながら苦笑いの私。直後に構えられた矢達は一斉に放たれる。狙いなんて必要無い。これだけの数があるのだから、ある程度の位置に放つだけで何本かは当たる。
点では無く、面での攻撃とはそういうものである。
そして今の私はその何本かでやられるくらいHPが無いのだった。ヒール…しとけば良かった…。
「はは……やだなぁ…ほんとっ…。」
あの弓ゴブリンとは全く違い、訪れる死に対して薄っすら涙目になりながら…私は静かに目を閉じる。
覚悟なんて無い。痛みは嫌いだ。
でも、どうしようもない。だから少しでも楽になりたかった。
さぁ目を閉じて。身体を小さく丸めて。すぐ訪れる痛みにビクビク震えよう。
いずれ……慣れるときがくるかもね。




