不遇職とエンカウント
終始ドタバタしていたというか、まぁ何事も無かったとか無事にだとか…そうは言えなかったであろう時間を終えた私は、気分転換も兼ねて先程出来なかった試し振り(実戦)をしようと、草原を適当にぶらぶら歩いていた。
別に飛んで移動しても良かったんだけど、あれだと早くて逆に見つけにくいんだよね。さっきは草が刈り取られていたから全然気にして無かったのだけれど、今いる場所は当然ながらそんな事されていない訳でして…正直何も見えない。
えぇ、それはもう見事に。私の腰くらいまで草共が生い茂っておりますので足元は勿論周りの状況さえサッパリですよ。
だったら尚更飛んだほうが良いのでは?まぁそう思っていたんだよ、私もね。
でもね、いざ飛んでも潜んでいるのかなーんにもいなかったの…。多分飛行している生物はここらの魔物にとって獲物とかじゃないんだろうね。むしろされる側なのかもしれない。
まぁそんな連中を車が走るくらいの速度で飛びながら見つけられるかって無理無理という所だよ。
だけど、もしかしたら私が現実で猟師とかだったら発見出来たのかもしれない。もしもの話過ぎて鼻で笑える?それについても同感だよ。ッハってね。
…うん、とても困った。私はただ槍の試し振りがしたいだけなんだ。他の場所だったらちょっと歩けば直ぐに何かしらが現れてくれたから、こうなると困る訳ですよ。
警戒心が強いのかなぁ。それともこの辺りは本当に平和主義のノンアクティブ生物しかいないとか?流石にそれはないか。
だけどー…こうも見つけられない、出てこないってなると、素直に別の狩場に移動するのが良さそうだよね。ガッツリレベル上げたいとか、特定のドロップ品とかを求めている訳でもないしね。試し振りするだけだし、正直どこでもいいのだ。
呆れるほどに晴れている空。ザワーッ、て風が吹くたびに周りの草が音を鳴らす。そんな静かな草原にポツンと一人いる私。現実っぽいけど、現実じゃないから見れる光景と言えよう。…スクリーンショットでも撮っておこうかな。写真撮った事なんて殆ど無いから適当にパシャパシャっとね。
あ~それと日向ぼっこでもしてみたいねぇ。ほぼ引きこもりな私だけど、こんな場所に居たらそう思っちゃうよ。
そんな呑気な事を考えていたら伸びしたくなってきちゃった。欠伸も出そう…うむうむ、まったりだぁ。実に良いね。
「んんぅ〜…」
何かねぇ、仮想の体の癖して疲れっていうのが妙にリアルなんですよ。まぁリアルだなーっていうのは今に始まった事じゃ無いけどさ。
…筋肉痛とかもあるのかな?今までは無かったんだけど、今後近接も増えるだろうからどうなんだろうね。あったら、嫌だな…うん…。
はぁ…日差しが丁度良い感じ。午後の授業中とかだったら絶対寝てるやつだよ。
懐かしいなぁ…授業だって…学生だよ。ちょっと前まで私もそうだった筈なのにね…。何でか随分と前に感じるよ。今思うと…楽しかったんだろうなぁ…あの時は。
あーあ、どうして普通と言われる人生を歩めなかったんだろうなぁ。歩めなかったからこそ、今この世界に立てていると思えばそれは確かなんだけど…家族にはよく思われていないっていうのも事実なのだろう。
一人娘がこんなんでどう思っているんだろうね。私が大学に合格した時と、私が大学に行かなくなった時の両親がしていた顔は、比べるのが辛くなる程の落差であった。あれ以来親はどこか気遣うような感じになり、それに対しても私は申し訳無いと思ったよ。
…私は、突き放してほしかったのかな。私の事なんて気にかける必要は無いって。そう思ってるのかな。どうなんだい、上月栞菜。
馬鹿だなぁ。碌でもないなぁ。どこまでもクズなダメ人間だ。
…どうしてこんな事を思う流れになったんだっけね。我ながら…思考があっちこっちに行き過ぎである。そんなんだからこうなったんだろうね。
あぁ駄目だ駄目だ。一度マイナスな思考が入ってしまうと、もうそれしか頭に浮かばない。この世界は楽しいはずなのに、私はいつも自滅してるよね。治さないとね…。そうそう、楽しまないと。悲しくなりにきてるんじゃないよ。うん…。
それに、今ここにいるのは私一人なのである。当然だけど、ここには私をドン底から助けてくれる人はいない。ここに、ウィルチェは居ない。私一人だ。
それなのに、優しくそっと…誰かに撫でられた気がした。
「え…?」
風では無い、明らかに何者かが与えてくれた感覚。いつの間にか下を向いていた私は、不意のそれに頭をあげた。
だけど…
「誰も…いない…?」
視界に映るはさっきまでと何ら変わりない静かな草原だけであった。咄嗟に隠れられるような場所も無い。
「気の所為…だったのかな。でも…」
気の所為だとは思えないくらいにはリアルな感覚だった。だって、まだ触られたという感覚が残っているから。
私はそれを確かめるように、右手をそこへと持っていく。
その時だ。
ガァンッ!という感じの金属同士がぶつかる甲高い音が静かだった草原へと響いた。勿論、その音は私の右腕が生んだものだ。
「…んぇ?」
あまりに突然だったので今度こそ変な声が出た。さっきまでのノンビリ凹みムードから一転と言った所だ。そのせいで思考が現実に追いついていない感じがする。
私は一先ず何が右腕に当たったのかを確認しようとした。まだ切り替わっていないけれど、強引にでも体を動かさないといけない気がしたからだ。
正直滑稽だったであろう。何も考えられていないようなフラフラとした動きで地面を見ようとしていたのだから。何を馬鹿な事をしているのだ、そんな風に怒られそうな状態だった。
まぁ当たり前っちゃ当たり前なんだけど、そんな隙を見逃してくれるやつはいない訳だ。
何かが風を切るヒュンッという音が聞こえた。その一瞬後に左肩と右腿辺りに衝撃が走る。そしてフラフラしていた為に、その衝撃で私は尻もちをついてしまった。
「いっった!ヒィ…フゥ…ハァ…」
うん、痛い。現実で同じ事を体感した時よりはマシなんだろうけれど、やっぱり痛い。凄く痛い。だって涙が出てきたもん。
とまぁそんな感じで痛みに涙しながら私は自分の体に目をやる。
「…矢ですか。」
もうひと目で原因がわかった。そこには見事なまでにぶっ刺さった矢が二つ。素人目に見ても雑な造りには見えない感じのやつだ。うん、それが綺麗にぶすりとね。
一応言っておくと出血はしてないよ。赤いエフェクトが一瞬出るだけ。プレイヤーの出血表現は設定でオフにしてるからね。血が苦手でも安心です。
…腕は吹き飛んだけどね。グロ判定が緩すぎる気がする…。どうなってんだ。
いかんいかん。今はそれどころじゃない。戦闘だよ。切り替えていけ私。頑張れ私。
先手を取られてボコボコにされた私だけど、痛みのおかげかやっとこさ気持ちの切り替えが出来た。
よし、やろう。散々願っていた戦闘なのだ。思う存分この槍を振るおうではないか。
…その前に回復しようね。なんせHPが既に半分を切っているのだ。流石にこの状態で突っ込むのは怖い。
幸い、さっきついてしまった尻もちのおかげで敵からも私の姿は見えていないらしい。いやー草が生い茂っててよかった。今だけは感謝したい。育ってくれていてありがとう。
そんな訳で私は矢を引っこ抜くのと回復を済ませ、姿勢を尻もちから戻し、槍を右手に持つ。
悲しい事にバフとかは無いのでこれで私の戦闘準備はお終いである。くそうくそう、回復魔法しか無いのだ。早くバフスキルが欲しいなぁ!
まぁ無いものは無いのである。諦めましょう。それよりも周りが再び静かになってしまった。これはまずい。
矢が飛んできたであろう方向へ一気に突っ込むのが私に出来るベストな行動だと思うんだけど、流石に敵さんも位置くらい変えているはず。
再び立ち上がったとしても、警戒している私に対して同じように矢を放ってくるかと言われれば微妙である。少なくとも私ならやらないけれど、そこまでの知能が無い事を祈る?
「やってみないとわからない…か。」
一応、闇雲にマジックショットを撃ってみるという手もあるけど、多分立って敵の出方を伺った方が早そうなのでそうする。
「ふぅ……よしっ!」
息を整え、気合いも入れて私は立ち上がる。視界は先程と変わらず草原一色。だけど確実に何かが潜んでいる。
そう思うと、さっきまでとはどこか違うように見えなくもない。少しの変化も見逃さないようにしないと…。
恐らく相手も私の出方を警戒しているのだろう。逃げるつもりが無いというのはありがたいけれど、両方警戒しているだけじゃ何も進展しない。
嫌だねぇ…今まで出会ってきた魔物とは明らかに知能レベルが違う気がする。目に入ったから襲うね!みたいな連中の方が今は嬉しかったなー。
そうして多分お互い睨み合い?の状況が数十秒。天が見兼ねたかのように草原に少し大きめの風が吹いた。草が靡き、それに伴ってザーッという大きな音が鳴る。
当然、動くなら今だろう。草を動かしても、音を立ててもわかりにくい絶好の瞬間。私にとっても、勿論敵にとってもだ。
だからまず、私は背後へ振り向くように槍を振るった。
「…!?」
私の行動に驚く襲撃者。響く金属音。気持ちの問題か、少し遅れてビリッという衝撃。
こういう戦闘が初めて…しかも私にしてはよく動けたと思う。でも、なんでかはわからない。ただなんとなく…こうした方がいい気がした。なんか不思議だった。ま、結果としては良かったからね。
そしてなりより、敵の姿もようやく拝めた。
背丈は私の腰よりも下。痩せた体型に尖った鼻と耳、というか頭自体が尖り気味。見える肌は薄茶色…これは私にも何かわかる。ゴブリンだ。
ゲームにおける超スタンダードキャラ。雑魚からボスまで…何時でも何処でも幅広く対応する便利な存在。そんなゴブリンが今は目の前にいる。
なんかこう、思ってた通りの見た目をした存在が現れると驚きよりもちょっと感動しちゃう。今の私がそうだもの。心の中では「うおースゴイ本物だ!」って感じ。
勿論、この間とても僅かである。数秒にも満たない時間だ。我ながらめちゃくちゃ頭回った。正直気持ち悪いレベル。
ま、多分ステータスのSPDによる補正だと思うけどね。私にだって少しとはいえ一応あるからね。
と、まぁ相手がゴブリンだというのを認識したところで戦闘再開だ。
現在の私とゴブリンとの距離は僅か数歩程度。この場で槍を振り回してギリギリ届くかなという範囲。突きならば届きそう。
万全の体勢なら振りより突きが速いはずだけど、背後へ振り向いた直後の体勢故に突きの動作は厳しいので、ここは先程振るった槍の勢いを活かして一回転する事にした。一度止まろうとしたからちょっと不格好なのは見逃して欲しい…。
とはいえ槍自体の重さもあるからか、割りかし綺麗に回れた…気がする。が、残念ながら手応えというのは感じられなかった。
そりゃそうだ。さっきの話しは相手が棒立ちでいるのを前提としたものである。現実はそんな訳ない。何せ向こうだって生き残る為に全力だもの。避けるくらいはするよね。
むしろ不安なのは私が一回転を終えた時…つまり今だ。大振りの動作直後は必ず隙になる。私にだってわかる。
「ギャッ!」
文字にすると悲鳴みたいだけど実際はそうじゃないゴブリンの声。いやだって本当にこうとしか聞こえないんだもん。故に仕方無し。うむ。
ってちがぁーう!今はそれどころじゃない。案の定来たよ。
低い背丈を活かした足狙い。しかも身を屈めて更に低く…元は腰ちょい下だったのが膝下くらいまでに…。目の前じゃなかったら絶対見えて無かった。
ていうか見えていてもキツイ。だって槍じゃすぐに対応出来ない高さだし…そもそも既に近過ぎて振れたとしても対した柄が軽く当たるくらいだろう。
「くぅぅぅっ!!」
ならば取るべき行動はただ一つ。回避である。
どっちへ?勿論上にだ。
『魔力推進』…本当に便利なスキルだよ、これ。無詠唱でも即発動、短距離ならMP消費ほぼ無し。しかもリキャスト無し。強い。強過ぎる。使い手がもっと強ければどれだけ良かったことか。うるさい。
…まぁ、そういう事で私は1メートル程ジャンプした形になる。ちゃんとゴブリンの攻撃は避けられた。
んでゴブリンは攻撃を外し、私に真上を取られたって訳だ。それに身を屈めていたから広い…あぁ、ゴブリン基準では広い背中を晒してしまっていると。
(これはやれる…!)
このまま重力に従って槍先を貴様の背中に突き立ててやらぁ!!
いや待てよここで更に魔力推進で加速してしまうのも良いのではないだろうか。というかそれが普通では?フッフーこれはもうやるっきゃないねぇ!
先程までの危ないヤバーイみたいな思考は一瞬で消え去った。私の脳内は既に眼下の哀れなゴブリンを槍で突き刺す事で一杯だった。
うん、だからだ。大切な事を忘れていた。
どうして私はゴブリンが1体だけだと思っていたんだろうね。目の前のゴブリンは弓矢なんて持っていないのに…。
ジャンプしていた…つまりは視線や射線を遮る物は一切無し。そして当の私は真下を向いていた。醜い思考と共に…。
ヒュンッという風切り音。聞こえた時にはもう遅い。
「へぶぅッ!」
それはもうとても綺麗な、お見事という拍手をあげたいほどに綺麗なヘッドショットであった。
私はアホみたいな声を出し、アホみたいな格好をして宙を舞い、アホみたいな姿勢で頭から地面に落下した。
ギャグ漫画みたいに頭に矢を生やしながら…ね。




