不遇職と騎士
照りつける太陽、雲ひとつ無い満点の青空。風にざわめく少しばかり背の高い草原。何も無ければ大の字に寝転んで日向ぼっこを…そんな事を誰もが考えるであろう場所。
だが、そんなのどかな草原も今日は少々騒がしい。
甲高い剣戟の音、地面を抉り草原を燃やす魔法の音。この世界では最早当たり前となっているものが辺りに鳴り響いている。
しかし普通なら聞こえるはずの音がここには無かった。なにか…相対する魔物の音である。スライムにしろ虫やゴブリンにしろ、そこには必ず彼らの雄叫びなどが存在するはずである。
それが無い。つまりはどういう事か。簡単である。
相対する者は、人間同士なのだから。
「でぇぇいっ!」
一人の男が右手に持った剣を振り下ろす。愚直に正面から振り下ろしたそれは、当然ながら防がれてしまう…が、それでいい。
男は直ぐに右に避ける。そこにすかさず後方からの魔法による援護射撃が飛んでくる。
剣による攻撃を防いだ事により、次の動作に移るには必ず隙が生じる。
どのゲームでもそうだった。そして例え現実の様に動けるこの世界であっても、それは変わらなかった。
仲間達もそれを理解してくれている。だからこそいつもと同じ様に動いてくれた。
動きやすい。
男はこの仲間達と組めている事に感謝する。剣士である自分が敵を引きつけ隙を作り、そこに魔法使いと狩人による射撃。
そして、
「……しっ!」
射撃に気を引かせた所に横からシーフによるナイフの一撃。魔法すらも気を引かせる為のカモフラージュ、真の本命はこっちである。
素早いシーフが安全に火力を出せる様に組んだ戦術だ。最初に提案した時は余りにも定石なものだから反対されるかと思っていたが、皆快く受け入れてくれた。
結果として役割が明確になったが故に未経験なVRゲームでありながらここまで動ける様になった訳である。
(これは入ったな)
剣士の男は確信する。正面からの魔法を防ぐか、横からのナイフを防ぐか…それとも体勢を崩して両方を避けるか。…仮にそうなったら自分が攻撃してやるつもりだ。
さあどうする、男は剣を構え何時でも動き出せる様にしながら結果を待つ。
だが…彼が確信し、望んだ光景はやってこなかった。
「な!?そんな馬鹿なっ!」
男は目を見開いて叫んだ。信じられない、理解出来ないと。
正面の魔法を叩き落とし、横からのシーフを見えていないはずなのに正確に手首を掴んで無造作に投げたのだ。
やつの武器はこちらの剣を防ぐために使ったはずなのに、それで魔法を消し飛ばした。つまりそれだけ速く正確に動けるという事。
そして気配だけで視界に入っていない存在を把握し対処出来るのだ。
「んなの、おかしいだろ…。」
動こうとしていた剣士の男は思わずその足を止めた。
自信があった。どうせあいつも同じレベルだろうと思っていた。定番だからこそ対処出来ない戦法だとも思っていた。
だが違った。明らかにレベルが違い過ぎる。
「…次だ。」
野太く突き刺さるようなその声に皆が顔を上げる。短い言葉ながら、それだけで自分達とは何か違うと感じられる。それ程のものであった。
馬鹿を言え。そう思った剣士の男は何とか向き直る。何があろうと、自分が前に立たねばならないとわかっているから…。
「よい覚悟だ。…それでこそ闘争の価値がある。」
「そりゃ……どうもっ!」
返事と共に剣士の男は再び斬りかかる。勝ち目は薄くても、引くという選択肢は無かった。
殆ど一方的な戦い。相手する男の名はガラン。ゲームが始まって以来、最強のソロPKと言われている存在であった。
───
オスロンから出て南東へおよそ一時間。私は指定されていた場所へと到着した。
平原地帯であったオスロン東と背が高い木が生い茂っている森林であるオスロン南。その中間とも言えるこの場所は、正にその特徴の中間であった。
私のお腹付近まである明らかに東一帯よりも背が高い草。そして奥や後方に確認できる西よりは背が高い気がする小さな森。
地上から見るとわかりにくいけれど、草原と森が乱雑と存在している感じ…って言えばいいのかな。なんて表せばいいのか言葉がわからないけれど、そんな感じとしか私には言えない。自然の名称なんて学んで無いのです。許してね。
まぁそんな草原の一角、そこだけあからさまな感じで草が円形に刈り取られており、私はそこへ降りたって事です。
そして案の定そこが目的地であったのであります。
「お待ちしておりました。随分とお早いご到着でしたね。」
私が到着するやいなや、工房からの使いと思われし騎士風の男性が話しかけてきた。
「あー…えーっと、ほら…イニシエスタさんから聞いてるとは思いますけれど、飛んできたので…ね。」
自分で言うのもあれだけど、私へなちょこすぎないかね。初めて話す人との会話が弱々である。
…そんな私の様子を見て、男性はキラキラとしたエフェクトが発生していそうな笑顔を浮かべる。眩しい。
「そうですね。お話は伺ってますよ。なのでそんな固くならなくても大丈夫です。どうぞ気楽にして下さい。」
うおおおおおオーラがキツイ。これが陽の光の元生きてきた人間のパワーか。私には厳しいぞこれは。
加えて目の前の騎士っぽい男があまりにも典型的なイッケメーンなのである。
年が二十代、アイドル顔負けの爽やか顔と声。短めの金髪も輝いておられる。
青と金の装飾がされたいかにも正統派な騎士という鎧。その中身がどうなっているかなど最早想像するに容易い事であろう。
まぁ、詰まる所…大体の女の子にはささるんだろう。そんな人である。もしかしたら同性にも割とウケそう。普通にカッコいいし。
でもこうして正面に立たれると眩しすぎる。嫌いな訳じゃないよ?次元が一つ違うだけでここまでとはねって感じですよ。私場違いではってのが半端じゃない。
うむ、頑張るしかないであろうなこれは。気合い入れていきましょう。
「名乗り遅れました。私はヨハンと申します。本日はよろしくお願い致します。」
深々と一礼…美しい。
「カンナです。こちらこそよろしくお願いします。」
私も一礼…なんかぎこちない。美しくないね。
「さて、では早速ではありますが、先日は工房をご利用頂きありがとうございます。そして合わせて、充分なご説明が出来なかった事をお詫び致します。」
「そんなそんな…私は気にしてないですし、むしろこんなにいい腕と槍を作ってもらったので感謝しかないですよ!」
なので頭を上げてほしい。なんか凄く申し訳無くなってくるから。く、くそう…イケメンなら何をやっても強い。実感させられるなぁ。
「ありがとうございます。そう言って下さいますと、きっと工房主も喜ばれると思います。」
それでは、と言ってヨハンさんは本題へと入っていった。
まずどうして工房では無く、この様な人気の無い割と離れた場所を指定したのかだ。
説明だけなら工房で、武器を試しに使うにしても近場で良いはずである。なのに何でここなのか。
答えは単純であった。そして正直一番驚いた。
「イニシエスタ・アンルエリ武具工房、別名は『夢幻の工房』。その名の通り、あの場所は夢であり幻なのです。人というのは同じ夢を二度見る事は出来ません。そして幻とは意図的に見れる物では無い。おわかりいただけますでしょうか?」
「なんと…なく?」
「つまり、あの工房には一度しか入れないのです。先日入った入口から入ろうとしても、そこには何もありません。面倒な場所だと思うでしょう?これについては私も常々そう思ってます。」
ヨハンさんは何か思い当たるのか苦笑い。まぁ、あるんだろうなと思える説明だしね。むしろ何も無かったら凄いや。
ま、面倒な場所と言うのには激しく同感する。何だそれって言ってやりたくなる程度には変だと思うよ。
工房なのに一度しか入れないっていうのは致命的過ぎると素人の私にもわかる。もし壊れたりした時に修理とか出来ないもんね。他の工房とかでお願いするのかな?どうなんだろう。
…ていうか、
「じゃあどうしてウィルチェは入れるの?」
おかしいのだ。ヨハンさんは一度しか入れないと言った。
だがウィルチェは最低でも二回は入っている。本当はもっとだろうけれど、そこは本人じゃないから正確な回数はわからない。
ただ一度しか入れない場所に複数回入れているというのは確かである。
「その件ですが…正直に申しますと私にもわからないんですよ。これまで彼女の様な例は無かったのです。」
ヨハンさんは私の問いにそう答えた。それも本当に不思議そうな表情で。
恐らく彼は嘘をついていないのだろう。これで嘘ですなんて言われたら相当な演技派だよ。騎士より俳優とかの演者が向いていると思う。
うん、それくらい私の目には本当の事を言っているように見えた。
私がそう勝手に分析していると、ヨハンさんは「ただ…」と言って続けた。
「ウィルチェさんが特別な存在だったり、何かをした…というのでは無いかと。恐らくですが、仮に何かをするならば間違い無くイニシエスタでしょうね。あの空間に最もいる訳です…何か抜け道を知っているのだと思いますよ。」
「はぁ、なるほど…。」
「ご期待に添える回答ではなかったと思いますが、私も所詮は雇われという身ですからね。実はあまり詳しくは知らないのですよ。」
そう言うと「ハハハ」とヨハンさんは自嘲気味に笑う。
ヨハンさん…雇われだったんだ。正直今はそっちに驚いたよ。なんて言葉を口を出せばいいのかわからなくて、黙って苦笑いしてしまったよ。
微妙な空気が漂う。どうしよう。お互い気不味いぞ。
「さ、さて!前置きはこれくらいにして、本題に入りましょうか!」
「そ、そーですね!お願いします!」
うむ、あたふたし過ぎである。もしやヨハンさん案外こういう空気が苦手と見た。
私?当たり前の事を聞かないでおくれ。目がフリーダイビング並に泳ぎまくるよ。天気いいね。
そんな訳で、私への武器&腕講座は始まったのであったとさ。
…もっと綺麗に始めたかったなというのは後のお気持ちである。コミュニケーション能力を向上させるスキルなんて無いですかね?
今回の小出しはこの説明パートを終わらせるところまでを予定しています。




