不遇職と幻想と
進むと思ったか。残念。更に後書きも長い。
「あれ…なにこの空気…。えっえっ…どうしちゃったんですか。」
急に殺伐とした空気になってしまわれた工房内。そのあまりの変わりっぷりに、訳もわからず顔を引き攣らせるウィルチェ…。
うむ、だが安心して欲しい。私も訳わかってないから。え、何も安心できないって?ごもっともでございます。
「もう一度聞こう。そいつが何かを…どれだけの価値を持っているのかを理解しているのか。」
動く事すら許さないと…いや、動く事すら恐ろしい程に殺気を放ちつつ問うイニシエスタさん。
とてもじゃないが、一般人が持つであろうものとはかけ離れている。確実に前職はバリバリの戦闘系か、裏の危ないお仕事にでも就いてましたって感じだよこれ。
「し、知らないよ!私にはただの黒い石にしか見えないし、本当に渡されただけだよ。」
まあそうなんだろうなぁ。何か凄い価値がある物だって事は今の状況から容易に想像できる。だけどそれ程の物を、この世界に来たばかりの私達が手に入れるというのは出来るはずが無い。
誰かと戦える強さがある訳でも無く、厳重な警備を抜けられる技能がある訳でも無く、莫大な資産で購入する事が出来る訳も無いウィルチェがだ。勿論それは私もだけどさ。
だがそれを貰ったという場面を私は見ていない。ウィルチェが言うには今日私が寝てしまった後らしいが、それのせいでどうこう言う事も出来なくなっている。己の熟睡っぷりを責めたい。
「そうか…言えんってか…。ならいい…久しく行っていないが力ずくでいくぞ。」
同じ問答を数度行った後、ウィルチェの答えは変わらないと判断したのか、イニシエスタさんは静かにそう言った。
「っ!がぁ…あっ…!」
そしてその直後、ウィルチェの体が数メートル後ろの壁まで吹き飛んだ。
違うな…吹き飛んだんじゃない。掴まれて押し付けられた、が正しいのか。あまりに速すぎて吹き飛んだ様に見えたよ。
「ウィル…チェ…!」
音と衝撃で少し我に返った私が、やっとの思いで出せたのはこれだけだった。助けないと、やりすぎだ、止めないと…動かなくてはいけないのに、私の体は今回も動かない。
動こうとは思ったさ。最速でウィルチェの元へと行きたかったよ。
でも、ウィルチェを壁へ押さえつけているモノを見て、私の未熟な体は動きを止めてしまった。何だそれはと目を見開いて、目が離せなくなっていた。
端的に言うと、それは腕だ。別にこれだけならおかしい所など全く無い。腕で相手を壁に押し付ける…何の変哲もない事だ。
だが、それが二本では無かったらどうだろう。不気味なまでに色白く、細いものから太いものまで、無数の腕が一人の人間から生えていたらどうだろうか。
人間の背中が割れ、我こそはと隙間無く蠢く腕の群れが、ウィルチェを壁へと押さえつけている。
「な…なに…それ…?」
唐突に現れたショッキング過ぎる光景に、震えながら私は声を捻り出す。
あまりに幼稚な率直な私の問いに、先程までとは違って普通の声音でイニシエスタさんは答えた。
「すまんな嬢ちゃん。驚かせちまったな。なに、見ての通りあたしの腕だよこりゃ。後でどうせ見せるつもりではあったから、ちょっと早まっただけさ。」
「ぎっ…あああああああっ!」
「まぁちと待っててくれ。こいつが素直に吐くまでだからよ。」
そう、何も問題は無いと言わんばかりに彼女は続ける。
「知り合いがこんなんなってるとこ見たくないっていうなら、後ろ向いて耳塞いでな…あー、片方塞げなかったか。ま、長引かせはしないから辛抱してくれ。」
「でも…これじゃ…死んじゃう…。」
私の事は今どうでもいい。それよりも、このままだとウィルチェが死んでしまう。死んでも戻るだけ…そうだ。確かにそうだよ。でも私は彼女に死んでほしく無い。痛み…苦しみを得て欲しくない。そんな姿を…私は見たくない。
我儘だろうか。なに…そんなのいつもじゃないか。私は我儘なんだよ。
「んな顔すんなよ。心配しなくたって殺しはしないさ。死ぬ寸前まではいくが、死にはしない。だから待ってろ。」
「だって…だってぇ…。」
何とかしてあげたい。助けたい。心の中でどれだけ願おうが、無力な私には叶えられないこと。
それでもやれる事はやらなければ。敵わない、それがどうした。それが動かない理由になるのか。
「…ったくよぉ。仲が良いのは悪い事じゃねえよ。でもよ、大罪犯したかも知れねぇ仲間を盲目的に助けるのは愚者の行いだ。」
こちらを見てもいないのに、見えてるかの如くイニシエスタさんは私に言い放つ。
「助けてやるのは後でいい。わからなければそれでいい。……これ以上嬢ちゃんに見せるのは酷か。」
「え…!?」
いつの間にか、私の目の前にはあの腕が一つ。
「目は塞いでやる。耳は自分でやれ。一分で終わらせてやるからよ。」
言葉と同時に、大きなその腕は私の頭を目が見えぬようにがっしりと掴む。
「待って!お願いだからっ!」
真っ暗になった視界。頭を掴まれ動けない私。塞いでない耳に入ってくるは足音と苦しむウィルチェの悲鳴。
「待たないさ。こいつの答えは変わらないみたいだしな。さ、始めようか。時間が惜しい。」
やがて止まる足音。ギチギチと鳴り響く謎の音。それも止まると、さっきまでとは比べ物にならない悲鳴が聞こえ始める。
「うああああああああっ!ぎぃっふぎぎぁっがぎぎぎ」
聞いたこともない苦痛に満ちた声。声なのだろうか。それすらもあやふやになる。そして、それが鳴り止まないのだ。
何が行われているのか。音しか聞こえぬ私には何もわからない。
「やめてよ…もう…お願い…やめて…。」
最早嘆願しか出来ない私。涙が出るのは何度目だろうか。耳を塞げば楽になれる。今存在している確かな事実。でも、それはしてはいけない気がした。今起きている事から逃げてはいけない、理由も根拠も無い、そんな曖昧な気持ち。
だけど、そのくだらない稚拙な気持ちだけが、今私が縋れる唯一の希望なのだ。
───
「……その目だ。お前はいつもその目を私に向ける。」
長い長い地獄の様な時間の後、静寂に包まれた空間で、彼女はそう口にした。
「己のためで無く、他者のために全てを投げ出す大馬鹿者の目だ。全ては大切な者のため、献身的に尽くす愚か者。そして最後に救われぬ、どうしようもない人間。あたしの知ってる奴と同じだよ、お前。」
「……それ…は…どうも…。」
微かに聞こえる、掻き消えそうなウィルチェの声。それを聞いたイニシエスタさんは、けっ!と悪態ついてから、
「お前の意志は確かだった。お前がそれでいいのなら、後悔しないのなら、あたしも力を貸してやろう。」
だから
「今はもっかい寝てろ。騎士様よ。」
言葉の直後、ドサッという倒れる音と共に、私を掴んでいた腕が離された。明るくなった視界には、何も変わらぬ工房と、床に倒れたウィルチェの姿が…
「ウィルチェ!」
落ち着いてる暇なんて無い。今は直ぐに彼女の元へと行きたい。さっきはまともに動けず、叶わなかったから…今度はちゃんと。
「お熱いねぇ…。おうおう抱きつくのもいいがよ嬢ちゃん。とりあえず治療してやれよ。死にかけだからな。」
「えっ…」
何も考えずに駆け寄り抱きつき生きてるぅ…なんて思っていた私はその言葉でハッとした。
うん、ミリだ。見事なまでにギリギリ。俗に言う根性や食いしばりとかそんなレベルのミリ残りのHPゲージしてる。
「アバババババ」
焦りに焦る私。別にもう危険は無い…はず…だからゆっくりでいいんだけどね。もう私にそんな心の余裕はございません。
「『ヒール』『ヒール』『ヒール』。」
どれだけ回復するかとか消費とかそんなのどうでもいいと回復魔法を連発。ちゃんと発動してくれたそれらは空っぽに近かったHPゲージをすぐに満タンにした。…一回分多かったみたい。
「…それで、なにしたんですかウィルチェに。」
「あん?」
聞きたい事は沢山ある。だがまずはこれを聞かねばならない。
「あたしは覗いただけさ。」
「覗く…?」
誤魔化すとか隠すとか、そんな感じの返答を予想していたけれど、イニシエスタさんは何食わぬ顔でサラッと答えた。
「そう、対象の記憶を覗く。それだけ。」
……待って下さいな。軽く言っているけどさ。それめちゃくちゃスゴーイやつだよね。しかも元々この世界にいた人だけじゃなくて、私達みたいな存在でも見れちゃうのね。
「どれだけ嘘をつこうが、頭ん中の記憶はどうしようもできない。便利ではあるんだが…ちと喧しくなるのが難点なんだよな。」
「喧しくって…やられた方はどうなるの?」
「全身…特に頭に半端じゃねえ激痛を感じる。数秒経つと、体が自ら苦しみから逃れようと死を選ぶようになり崩壊を始める。んでそのまま一分くらい続けてると完全に死ぬ。これだけだ。」
これだけっていうものじゃないよそれ。なにその怖いの。偽りじゃないならそんな事をウィルチェは死のギリギリまで耐えたって事?流石ウィルチェとしか言いようが無い。というかそんな酷い事しないで。
「ま、結果的にそいつの言ってた事は嘘でも無く事実だった訳さ。悪いもん見せちまったな。」
「始めから信じてあげてよ…。ウィルチェはそんな外れた事はしないからさ。」
「そうかもな。だが物が物だ。何もせずにと言う訳にゃいかないんだよ。」
うん、それだ。さっきから気になってはいた。なんだっけあの石…『幻想水晶』だっけ?それが何なのかがわからないんだよ。
ここまでする程の物なのか。危ないやつだったりするのかね。
「嬢ちゃんにわかるように言うと、『世界一貴重な石ころ』…かねぇ。」
うわ雑。そもそも石ころに拘らなくていいんじゃないかって感じが凄い。
「わかりやすくっつったんだからいいだろこれで。贅沢言うなよ。」
心を読まないで下さい。……また顔に出てた?
「はぁ…貴重なのはわかったよ…。それで、それだけでここまでした訳じゃないよね。」
「当然。ただ金になるだけの石ころならあたしは何もしない。『幻想水晶』ってのはな、最高峰の魔鉱石なんだよ。」
……魔鉱石。文字面からするに魔力含んだ鉱石でいいんだよね。
「魔力吸収、精製、蓄積、放出。全てが他の追随を許さない。武具に使えば、当然やべぇのが出来るぞ。」
「ど、どれくらいの…?」
「ただの杖が城壁を消し飛ばせる魔道具に。鎧なら古代魔法にすら余裕で耐える。まあ有り体に言えば、御伽噺の英雄達が身につけてるような奴って思えばいい。」
はぇー、なんかすごいんですねー。絶対身の丈に合ってないよねそれ。新米のぺーぺーの私には宝の持ち腐れっていうやつだよねそれ。というかそんなすっごーいって事はさ……
「もしかしなくても超高値だったりする?」
「勿論。」
あ、はい。そっすよねー。当然ですよねー。
「ど、どれくらい?」
「ふむ、そうだなぁ……だいぶでけぇんだよなこれ……」
手に持った幻想水晶を眺めて考える事約十秒。うむ、と頷きイニシエスタさんは答えを出したようだ。
「土地が買えるな。」
「土地。」
一軒家が建てられます的なあれですか。
「あー…土地っつうか領地?まぁオスロンと周辺の平原辺りまでなら買えるだろうな。」
「んんん???」
なんかスケールが違ったぞぉ?お家どころでは無かったぞぉ?街買えちゃったよ。富豪なんてもんじゃ無かったよ。何それ逆にわかんないんだけど。怖いよもう。
「普通はこれくらいなんだけどな?」
困惑する私の事は放っておいて、イニシエスタさんはそう言って親指と人差し指で丸を作る。
「これでもでけぇ屋敷が建つ。」
「もう桁が違ってわけわかんないよ!」
カンナさん、心からの叫び。
「だろうなぁ。だが事実それくらいの価値がある。だからあたしは厳しくやっただけさ。わかったかい?」
ハイワカリマシタ。
でもやっぱりウィルチェをこうしたのは許しませんよ。もっとこう無かったのかね。痛みも苦しみも無いやつとかさ。知らないからわかんないけどさ。
「ま、嬢ちゃんが気にする事じゃねえよ。ウィルチェはそんな幻想水晶を、全て嬢ちゃんの腕に使ってくれだとよ。」
「え゛っ」
「なんだその間抜け声は。喜べよ。正しく最高峰の腕が出来るんだからよ。」
いやね、とは言われてもね。なんか価値を知ってしまうと萎縮しちゃうよ。イエス庶民金銭感覚。
「ウィルチェに渡したっつうやつも酔狂過ぎる奴だがよ。ウィルチェも大概だよなぁ…あたしの反応見てから、これは使う価値があるなんて決めやがった。己の身より嬢ちゃんの方にしか考えがいってねえんだよこいつは。」
それも、見たからわかったのだろう。イニシエスタさんは「チッ」と舌打ちしつつ、
「自己犠牲を前提とした奉仕。そんなのを続けてみろ。先に待つのは幸せでは無く、絶望だ。しかもそういう輩は止められないときた。」
面倒で、哀れで、救いようが無い。
「最期に気が付くんだよ。無駄だったんだと。己がどれだけ尽くそうが、どれだけ命を賭けようが、待つべく運命は変わりはしないのだと。」
「……あなたが知っている人が、そうだったから?」
さっき、そんな事を少しだけ言っていたよね。知っている奴と同じだと。
「…そうだな。奴がそうだった。主君に尽くし、主君を救おうと…結局無駄に終わり、絶望と憎悪に溺れて奴は消えた。信仰に近い奉仕は強い負の感情に変わる。嬢ちゃんも気を付けろよ。」
「……そうは、ならないよ。」
「あぁん?」
「ウィルチェはそうはならない……そう言った。あなたの知っている人とウィルチェは違うの。勝手に結末を決めつけないで。私達は、別の終わりを迎えてやるから。」
真っ直ぐと、彼女を見て私は言い放つ。
なんか無性にイラッとしちゃった。ウィルチェが哀れだと言いたそうに聞こえちゃった…ウィルチェはこんな私の為に頑張ってくれてるんだよ。それは褒められはしても、馬鹿にするものでは無いと思うんだ。
「くひひひひ…くっくっ…ギャーッハッハッハッ!!」
「あ、あれ…?」
私は至極真面目に言ったつもりだったのだが、イニシエスタさんは急に大爆笑し始めてしまった。なにごとじゃい。
「ひぃっひひひ……!なぁに面白え事言ってくれるんだよクソガキ。あぁそうだな!あたし達とあんたらは違うよな!いいぜいいぜ、なら見せてくれよ!あんたらの結末を…幸せな結末ってのをあたしに見せてくれよ!」
「お、おーう見せてあげるよ!二人で立派にやり遂げてみせるよ!」
「言ったな?言ったな!?よしわかった、ならばあたしは力を貸してやる。貴様を理不尽に仕立て上げてやる。キィッヒッヒヒヒ楽しくなるなこりゃあ!久々に腕が鳴らぁ!」
……………もしかして、私は勢い任せでとんでもない事を宣言してしまったのだろうか。
いや、正直よくわかってないんだ。私はただその人とウィルチェを一緒にして欲しくなかっただけなんだよ。でもなんかめっちゃテンション高いイニシエスタさんの勢いに乗ったらこうなっただけなんだよ。
幸せな結末ってどうすればいいんだよ。理不尽にしてやるってどうするつもりなの。
腕が鳴るってどの腕だっ……て……全部鳴ってるぅ!?文字通りボキボキ鳴っておられるぅ!?怖い、普通に怖い!普通にホラー!
…私はただ装備を作って貰おうと来ただけだったのにね。なんでこんな事になってるんだろう…。助けてウィルチェ。おきて。
書いてるとつい盛りたくなる、それが私です。毎回予定の倍近くの長さになってます。成長しないですね。
度々言ってます通り、『ゲーム的要素が少ない』というのは重々承知です。が、私としては本作は
世界>ゲーム
のつもりです。普通にやるとハイファンタジーの異世界物になりそうなものを、作者がそれは嫌だからと、絶対に無いであろうゲームの世界として書きましたというか書いてます。
なので読者の皆様方には申し訳無いですが、作者方針に変更は無いです。これまでもこれからもゲーム的要素はあるけど薄めに感じてしまうかと思われます。ご容赦下さい。
とはいえ、私自身もVRMMOジャンルの作品は好みですので出来れば沢山入れたいなーと願望持ったりしてます。ただやっぱ難しいんです…数値とか名称とかバランスとか。他作者様方は本当に凄いです。
長くなりましたが、次回は今週中にもう一回更新…したいと思ってます。今度こそ…今度こそ製作してもらう…!
ps:古戦場は勲章485個貰えて感動しました。次回も頑張ります。




