01-1.貴妃としての役目
翌朝、劉帆は哉藍を見送った。
その後、部屋に戻ると一息をつく。
(まさか、Domの命令に従うとは……)
屈辱だった。
Subとしての誇りがあった。それを簡単に覆され、SubはDomに従うものだということを身をもって知ることになった。今まで誰にも屈せず生きてきたのにもかかわらず、二回会っただけの男に屈してしまった。
油断していたのだろう。
哉藍があまりにも優しいから、心を許してしまったのかもしれない。
(僕は呪われた子だ)
二十年間、言われ続けた言葉を自身に言い聞かせる。
そうでもしなければ、忘れてしまいそうだった。
(愛されるわけがない)
劉帆を唯一愛してくれた母が死んだのは、可馨を産んだからだ。珍しい女性のSubであるのにもかかわらず、内功を扱うことのできないお荷物として虐げられることになった可馨に対し、小説の中の悪役である劉帆は憎しみをもって接する。
それが破滅に繋がると知っていた。
だから、劉帆は憎まなかった。
愛おしい母を奪われても、憎しみの感情の心の中で圧し潰した。
その結果、可馨から疎まれることになったのである。
「貴妃様」
晨曦は声をかける。
その声に俯いていた劉帆は顔をあげる。
「なにかあったのか?」
劉帆は外が騒がしいことに気づいた。
穏やかな顔をしている時が多い晨曦が複雑そうな顔をしているのも、違和感の一つだった。なにか起きたのだろう。
「黄昭容様が貴妃様にお目通し願いたいと騒いでいるのです」
「暇だからかまわないが」
「簡単にお決めになられては困ります」
晨曦はため息を零した。
(なにか事情がありそうだな)
貴妃として認めないと判断した者が多い。
その中の一人だったはずだ。
寵愛を受けていると認めることはできないと遠回しに言っていたはずだ。
「黄昭容様は呪われております。そのような不浄な方を貴妃宮に招くわけにはいきません」
晨曦の言葉に心当たりがあった。
妃賓たちの挨拶の際、何名か、呪われている妃賓を見かけている。まだ体に害を及ぼす段階ではなかったため、声をかけなかった。
黄 小鈴はその一人だ。
貴妃として認めはしないが、助けては欲しい。都合のいい話を女官や宦官は拒否を示したのだろう。
(拒否を示すのは当然のことだ)
今まで女性だけに与えられる地位だった。
それなのに男性である劉帆が貴妃の座を与えられ、後宮に入ることになった。不平不満は上がるのが当然だった。
(それならば、道士として助けるのが務めだ)
貴妃として妃賓を統率することにも役立つだろう。
「なにより、貴妃様を認めないなどと戯言を口にした者です。貴妃宮に招かなくとも、自滅をすればよいのです」
晨曦は鼻息荒く言い切った。
よほど頭に来ているのだろう。
「自滅とは?」
「……噂話です。なんでも、亡くなった第三公主様の霊が彷徨っているだとか。そういう類の噂は後宮では溢れかえっています」
晨曦は困ったことだと言いたげなは顔をした。
ころころと表情の変わるのは見ていて飽きない。自分の母親くらいの年齢の女性ということもあり、劉帆は気に入っていた。
(あれは子どもの霊ではなかった)
小鈴に憑いているのは黒く色が変わった霊だ。大きさは成人女性と同じくらいだった。
「……良くない風潮だな」
劉帆は窓の外を見ながら呟いた。
「悪霊は悪霊を引き寄せる性質を持っている。昭容、婉儀、婉容、なにより、徳妃に憑りついている悪霊を祓わなければ、大変なことが起きる」
「徳妃様ですか」
「そうだ。四夫人の中で唯一反発をされた方だな」
劉帆は言い切った。
名をあげた四人の内、二人が反発をしていた。他の二人は受け入れていた。
全員が反発をしたわけではない。哉藍の決めたことだからと受け入れた者もいれば、劉帆の美貌に認めるしかなかった者もいる。
劉帆は赤い目を気にしている。
しかし、宋家の中では最上位の美貌を誇っていた。
その美しい顔立ちに惹かれる妃賓も少なくはないだろう。今日もお近づきになろうといった手紙が何通も届いていた。
「黄昭容も反発をした一人だ」
劉帆は言い切った。
小鈴は徳妃側の人間なのだろう。徳妃派と呼ばれている派閥の人々は、皆、貴妃が男であることに対し反発をしていた。
中心人物である徳妃の機嫌を損ねないためだろう。
それなのにもかかわらず、小鈴は貴妃宮を訪ねた。最小限の女官しか連れていないのは人目につかないためだろう。特に徳妃の耳に入れたくないのだ。
「それを知っていながらも、かまわないと仰せになられたのですか?」
晨曦は信じられないというかのような声をあげた。
反発している人間など放っておけばいい。そうすれば、自らの行いを悔やむことになるだろう。しかし、劉帆は違った。
「そうだ」
「なぜですか、貴妃様」
「道士としての誇りがある。皇帝陛下に嫁いだ身ではあるものの、僕は道士だ。呪いに困っている者がいるのならば、救わねばならない」
劉帆は視線を晨曦に向ける。
長かった前髪は、今朝、晨曦に整えてもらった。哉藍が好きだと言った赤い目を隠すことを辞めた。
視界が広がって見える。
隠されていたものまで見える気がした。
「黄昭容を僕の前に連れてきてくれ」
劉帆の言葉を聞き、晨曦はすぐには頷けなかった。
「それは貴妃様としての命令でしょうか?」
「そうだ。僕は貴妃として妃賓を導かなければいけないからな」
「それでしたら、お連れいたしましょう」
晨曦はゆっくりと礼をする。
そして、控えていた女官に素早く指示を出す。
(貴妃として、か)
自身の口にした言葉に苦笑する。
この場にいるのは道士ではない。貴妃なのだと自覚した。




