01-2.貴妃としての役目
「……お目通しをお許しいただき、感謝申し上げます」
案内された小鈴は小さな声で感謝の言葉を口にした。
その背にはまとわりつく黒い霧がある。黒い霧は人の形になったり、獣の形になったりと姿を変えながらも小鈴の背にまとわりついていた。
呪われている。
そのせいだろうか。縮こまり、怯えた様子を見せていた。
「かまわない。要件を申せ」
劉帆は威圧的に言葉を口にする。
貴妃として対応しているのだと態度で示す為だ。
(言いにくいだろう)
悪人顔だという自覚はある。
絶世の美貌を誇っているものの、目つきの悪さから悪人顔にも見える。呪われた赤い目は妖しく見えることだろう。
「……わたしの呪いを解いていただきたいのです」
小鈴は言いにくそうに言葉を口にした。
呪いは不浄のものだ。寵妃の前に姿を見せるなど気が触れたと思われてもしかたがない。もしくは、呪うための刺客だと言っているようなものだ。
「公主の。わたしの第三公主の呪いではないのだと。証明していただきたくて、徳妃様の命を破り、貴妃宮を訪ねました」
小鈴は言葉を詰まらせながら訴える。
(第三公主を亡くしたばかりだったか)
第三公主は流行り病で命を落とした。
母親である小鈴を呪うはずがない。
それをわかっている小鈴だけだった。しかし、無情にも小鈴には呪いが降りかかった。
「わたしが呪われたのは第三公主が病に倒れる前の話です。第三公主は、わたしの公主は、わたしが呪われたことにより、病に倒れたのかもしれません」
小鈴は震えていた。
呪いは実在している。それは朱帝国の民ならば誰もが知っていることだ。
しかし、自ら呪われているなどと訴える者は少ない。
「呪いが見えるのか」
劉帆の言葉に小鈴は首を横に振った。
「いいえ」
小鈴は否定をする。
「ただ、感じるのです。なにかがいることを」
小鈴は第六感が鋭いのだろう。姿を見ることはできなくとも、存在には気づいていた。
(嘘ではないな)
実際に呪われている。
劉帆を騙そうとしているわけではないだろう。
徳妃の命令に背いてまで貴妃宮を訪れたのだ。よほど苦しい思いをしているのだろう。
「貴妃様は道士様だとお聞きしました」
「一体、誰がそのようなことを」
「徳妃様でございます。あの方はなんでもお見通しなのです。わたしはそれが恐ろしくてたまりません。呪いのこともあの方は言い当ててしまいました」
小鈴は徳妃を敬愛しているわけではない。
徳妃が恐ろしいのだ。
逆らうことができないのだろう。
(なぜ、徳妃は放置をしている?)
呪われているのだと見抜く力があるのならば、祓えばいいだけの話だ。
(徳妃も呪われているというのに)
徳妃に関与することは難しいだろう。
しかし、いずれは呪いから解放しなければ命が危ない。
(もしや、徳妃は呪術師か?)
可能性が高いことを想定しておかなければいけない。
呪いを広め、他人を呪う力を持った呪術師は道士にとって天敵でしかなかった。呪術師ならば呪いを糧に変えることができる。
「貴妃様は陛下の運命のお方」
小鈴は縋るように言った。
「寵愛を受けるのにふさわしいお方だと、徳妃様は言っておられました」
小鈴の言葉に疑念を抱く。
徳妃は男の貴妃を認めないと反発した一人だ。それなのに寵愛を受けるのにふさわしいと思っているなどとおかしい話だった。
「それは作り話だろう」
劉帆は嘘だと判断した。
それに対し、小鈴は俯いた。
「……呪いの話は信じてくださったではないですか」
小鈴は貴妃である劉帆に媚びを売ろうとしたのだろう。
誰だって運命だと言われればいい気分になる。
それを知っていたから、嘘をついた。
「そなたは呪われている。それは見てわかる話だ」
しかし、劉帆には通じなかった。
運命の相手ではないと知っていたからだ。
「徳妃の代理人ではなく、黄昭容としての言葉が聞きたい」
劉帆の言葉に対し、小鈴は目を見開いた。
(徳妃は気づいていないのではない)
自身の派閥の人間に対し、貴妃と接しないように命令をした。それに背いている小鈴を呪われているからと見逃したわけではない。
最初からわかっていたのだ。
小鈴が呪いに耐え切れなくなることも、貴妃として劉帆を頼るということも、分かった上で気づかないふりをしている。
「そなたが呪われたのはいつ頃だ?」
劉帆の言葉を聞き、小鈴は耐えきれないというかのように涙を零した。
「春でございます」
「半年も前か。呪いが成長するわけだな」
「やはり、第三公主が病に倒れたのは、わたしの責任でしょうか」
小鈴はずっと後悔をしていた。
夏に命を落とした第三公主は流行り病だ。しかし、看病をしていた女官以外には誰も感染しなかった。まるで幼い第三公主を狙ったかのようだった。
「違う」
劉帆は否定した。
「第三公主は病だろう。大勢の者が流行り病に倒れ、幼き者や年老いた者は命を落とした。その流行り病に感染をしたのだろう」
劉帆は呪いの相手は得意だ。
しかし、病となると手を出せなかった。病が移らないように、観戦している者とは距離をとることしかできなかった。
朱帝国の流行り病は秋になった今月になり、落ち着いた。
一時的なものだったのだろう。
「そなたの呪いは古いものだ。なにか、心当たりはないか? 昭容宮にある古いものに触れてしまったのではないか?」
劉帆の言葉を聞き、小鈴は心当たりがあったのだろう。
身を震わせた。
言い当てられると思っていなかったかのような表情を浮かべる。その目には涙が溜まっており、それを自身の指で拭う。
「……古い井戸がございます」
小鈴は声を震わせた。
(井戸か)
身を投げ出した者がいたのか。それとも、井戸に捨てられた者がいたのか。そのどちらかだろう。何度も経験をしている類の呪いだった。




