04-3.皇帝と過ごす夜
「宋 可馨が俺の運命の相手だ」
哉藍は断言した。
予知夢は覆らない。運命の相手は劉帆ではなく、可馨だ。
それを理解した上で劉帆を寵愛すると宣言し、貴妃として受け入れた。
「だが、一目見て理解をした。あれは予知夢の相手ではないと」
「……どういうことですか?」
「理解できないだろう。中身が違うんだ。俺やお前と同じでな」
哉藍の言葉に劉帆は目を見開いた。
(僕と同じように?)
転生者ではないかと疑っていた。
それが真実だとは思わなかった。
(陛下も転生者なのか?)
それならば、なぜ、運命の相手を選ばなかったのか。
理解ができなかった。
「この世界は俺が生きていた世界とは違う」
哉藍はため息を零した。
そして、劉帆の髪から手を離す。
「朱帝国なんて国は存在しなかった」
「陛下。誰が聞いているか、わかりません」
「知ったことじゃない。口を滑らせたところで首を斬って終わりだ」
哉藍は劉帆を信用しているのだろう。
当然のように世界のことを口にした。それを他人が聞き、口を滑らせたところでなにも問題は起きないという自信があるようだった。
「俺は聖人君主ではない」
哉藍は断言した。
それは小説の主人公としてふさわしくない言葉だった。
(違う)
劉帆には劉帆として歩んできた二十年の人生がある。その人生は苛烈なものではあったが、否定するつもりはない。自分自身の足で歩んできた人生だ。
(この人は陛下として生きなければいけないのに)
この世界が小説の世界であることは、どうでもよかった。
生き残ることができるのならば、それだけでいい。
「実際に悪行を行っても天罰の一つも与えられない。それならば、俺は俺らしく生きていける」
哉藍は笑った。悪戯が成功した子どものようだった。
(試したのか?)
劉帆と同じだ。
違うのは小説の理を反したとしても、それは当然のように受け入れられたことだ。劉帆はなにをしても悪役を脱することができなかったのにもかかわらず、哉藍は物語を根本的に変えても主人公のままだ。
主人公はなにをしても許される。
それを哉藍は知ってしまった。
主人公だけは物語を変えることができる。
「俺は初めて恋をした」
哉藍は劉帆の手を握る。
触れるだけでは満足できないというかのようだった。
「劉帆は俺だけのものだ。他人の手に渡るなど考えたくもなかった」
「それが僕を妃賓に召し上げた理由ですか」
「そうだ。なにが悪い。俺は好きな人を幸せにしたいと思っただけだ。そのためには、朱帝国の皇帝としての権力を使った。私情で使ったのはこれが初めてだった」
哉藍の手は震えていた。
聖人君主ではないと言い、残虐非道な行為に手を染めても怖かった。好きな相手にすべてを打ち明けるのは恐怖でしかなかった。
それを受け入れられるとは限らない。
それでも、黙っていることはできなかった。
「初恋なんだ、劉帆。運命を壊してしまいたいと思うほどに恋しいんだ」
哉藍はそこまで言い切ると俯いた。
(受け入れられないと思っているのだろうか)
滅茶苦茶な話だ。
好きな人を手に入れるために運命に逆らったのだ。それを世界は認めている。
(この世界が小説の世界だと考えるのはやめよう)
劉帆は覚悟を決めた。
今までは小説の世界だと割り切ることにより、悪役としての運命を認めたつもりでいた。それに抵抗するほどに悪役として名が広まっていく。そういうものだと決めつけていた。
(僕はこの人のために生きるんだ)
すべてを打ち明けた哉藍に対し、好感を抱く。
嫌われることも、理解されないことも、すべてを覚悟して打ち明けた度胸に感銘を受けた。
「僕は恋を知りません」
劉帆は恋を知らない。
しかし、劉帆に恋とはどのようなものかを教えた哉藍はすべてを打ち明けた。
(恋は空しいだけだ)
朱帝国のためには恋しい人を他の妃賓に差し出さなければいけない。それは胸が引き裂けるほどに苦しい思いをすることだろう。
(それでも、僕も恋をしてみたい)
劉帆は恋を知らない。
前世の名残は薄く、二十年の月日が前世の記憶を薄くした。はっきりと覚えているのは、この世界が前世の小説の世界と酷似しているということだけだ。
「陛下」
劉帆はゆっくりと頭を下げた。
(陛下は嘘を言っている)
予知夢を見るのは事実だろう。
知らないはずのことまで知っていた。
「陛下は嘘をつかれておいでです」
「なぜ、そう思う?」
「この世界がご自身の生きてきた世界と違うと仰せになられた時、目が動きました。あれは嘘をついている時の条件反射です」
劉帆の言葉を聞き、哉藍は笑った。
正解だったのだろう。
「よく見抜いたな」
哉藍は劉帆の頭を優しく撫でる。
(くすぐったい)
それが無性に嬉しかった。
犬だったのならば、大げさに尻尾を振っていることだろう。
「劉帆は賢いな」
「そうではありません。知識として、知っていただけです」
「朱帝国の医学ではそのようなことは証明されていないが」
哉藍の言葉を聞き、劉帆は目を見開いた。
(しまった)
前世の知識と混在しているところがある。
それを披露してしまった。
(陛下は転生者ではない)
予知夢として知っているだけだ。
本来の可馨と実際は違ったことに違和感を抱き、出会うはずのなかった劉帆と顔を合わせたことにより、恋に落ちてしまった。
それだけの話だ。
その単純な話を理解していたはずだった。




