04-2.皇帝と過ごす夜
哉藍はゆっくりと抱きしめるのをやめ、隣に座り直す。
「劉帆は道士だったな」
「はい」
「後宮の怪奇事件を解決してもらいたい」
哉藍はため息を零した。
(悪霊が多いとは思っていたが)
貴妃宮に案内をされている間にも、悪霊を目撃している。
微動だにしていない悪霊だったため、様子を見ることにしたのだが、後宮で悪さをしているのだろうか。
悪霊は生きている人を妬む。
その正体が未練や無念を抱えて死んでいた人だからだ。
だからこそ、生前に関わりのあった人に執着をする傾向がある。
「解決をするように努めます」
劉帆はその場で最敬礼の仕草をした。
貴妃として皇帝から命じられたことを引き受ける。それも妃賓の大切な役割だ。
「Domの命令ではなければ素直に受け入れるのだな」
哉藍は意外そうに言った。
道士としてきたのではないと反発されると思ったのだろうか。
「……申し訳ございません」
劉帆は俯いた。
Subの喜びを劉帆は知らない。
強すぎるSubとして生まれた劉帆はSubとして誰にも従ったことはない。Domの命令を与えられても従わず、反動も大したことはなかった。
本当にSubなんか何度も検査を受けてきた。その都度、Subであると診断されている。
「気にするな。お前の境遇を考えれば、従わずに生きていく道しかなかったのだろう」
哉藍は理解があった。
呪われた子として嫌がらせを受ける劉帆の境遇を理解し、後宮に迎えれたわけではない。後宮に入る準備をしている間に調べ尽くしたのだ。
「今はまだ警戒をしているだけの話だ」
「警戒ですか」
「そうだ。慣れない場所と慣れない環境を与えた俺に責任がある。だが、忘れるな。俺はこれからも劉帆を寵愛し続ける」
哉藍は断言した。
(寵愛……)
それは男である劉帆が受けてはいけないものだった。
なにより、劉帆には哉藍と敵対をする宿命がある。後宮入りをしたことにより、宿命は大きく変わり始めているものの、油断はできない。
どれほどに良い人を演じても、悪人と非難されてきた過去がある。
小説の物語は大きく変わってしまった。
だからといって、役割まで変わるわけではない。劉帆は物語を盛り上げるための悪役だ。
「陛下」
劉帆は話を逸らすことにした。
このまま、哉藍の独擅場で話を続けていれば、自分の立場を忘れてしまうかもしれない。それがなによりも恐ろしかった。
(僕は転生者だ)
小説の劉帆ではない。
劉帆として転生した異世界人だ。この世界が小説の世界に準じていると知っているだけの普通の人間だ。それでも、世界の役割には従わずにはいられないのか、気づけば呪われた子と嫌われ、悪人として避けられる日々を送っていた。
(陛下に愛される資格はない)
哉藍に愛されるほどに純粋ではなかった。
嫌がらせを受けながらも必死に生きてきたのは事実だ。しかし、その先に宋家の破滅が待っていると知っているからこそ、耐えられたようなものである。
宋家は破滅する。
他でもない劉帆が破滅を迎えることにより、お家取り潰しになるのだ。関係者は小説の中では妃賓であった妹を除き、全員、殺される。
それを知っているからこそ、出家しようと企んでいた。
「今日は生霊を憑けていないのですね」
「あの程度の生霊、自力で祓える」
「そうでしょうね。陛下は道士の才能がおありとのことですから」
劉帆は驚きもしなかった。
(では、なぜ、宋家に?)
生霊を祓ってほしかったのではなかったのだろうか。
(宋家出身の文官や武官はいなかったはず)
道士の家系だ。
道士として国を支えていくことを選んだ家系の一つである。
「なぜ、宋家にいたのか不思議か?」
哉藍の言葉を聞き、劉帆は顔をあげる。
その反応に対し、哉藍は待っていたとばかりの顔をした。まるでそういう反応を示すことを知っていたかのようだった。
(心が読まれているようだ)
劉帆はそのような呪術があることを知っている。
しかし、道士は法術を好み、呪術を好かない。
呪術は簡単に他人を呪えるものの、代償が大きいからだ。それに比べて法術は習得こそ難しいが、自分の内功を使うものであり、代償はない。
それを哉藍が利用しているとは思えなかった。
哉藍は小説の主人公だ。清く、強く、美しい。誰もが好感を抱く主人公である。しかし、劉帆を手に入れるために、大きく変わってしまった。
誰もが好感抱く皇帝ではなく、恐怖心で他人を支配する皇帝へと変わってしまった。
(陛下も、もしかしたら、転生者かもしれない)
哉藍は小説の登場人物のように清いだけの存在ではなかった。
そこに存在しているのだと主張してくる。人間らしさがある。
「俺は予知夢ができる」
哉藍は笑った。
なんてこのない話をしたかのようだった。
予知夢は珍しいことだ。しかし、道士の中にはそのような奇跡を与えられた者も僅かにいる。
「宋家に運命の相手がいると予知をしたんだ」
哉藍の言葉に胸が締め付けられた。
(可馨のことだ)
哉藍の運命の相手とは、妹、宋 可馨のことだろう。
そのはずが、なぜか、劉帆に変わってしまった。
「運命の相手に会ってみたかった」
「それは本当に僕ですか?」
「違う。劉帆の妹だ」
哉藍は否定した。
(知っていた……?)
混乱してしまう。
それならば、なぜ、可馨ではなく、劉帆を選んだのか。
不思議でしかたがなかった。
(運命を拒否したのか? わざわざ、運命の相手を見に来たのに?)
劉帆にはわからなかった。
赤い目を隠すように長い前髪を掴まれる。
その仕草は乱暴ではあったが、痛みが生じないものだった。
呪われた子の象徴が晒される。




