04-1.皇帝と過ごす夜
晨曦の手により、煌びやかな服に身を包み、流行りよりも薄い化粧を施された劉帆は一人で部屋に残されていた。
部屋の扉が無言で開けられる。
貴妃である劉帆に対して、そのような無礼な行為が許されるのは朱帝国の皇帝である哉藍だけだ。
「お待ちしておりました、陛下」
劉帆は最敬礼の姿勢をとる。
それに対し、哉藍はなにも言わなかった。
無言のまま、寝具に座る。
「跪け」
哉藍はいきなりDomとして命令の言葉を口にした。
体が痺れるような感覚に陥る。
その言葉に無意識に従ってしまいそうになる。
「やはり、一発では従わないか」
哉藍はわかっていたようだった。
(しまった)
劉帆は慌てて跪く。
それはSubとしてDomの命令に従ったわけではない。
そのことを哉藍は見抜いていた。
「無理をさせたな、劉帆。隣に来い」
哉藍は静かに謝罪をした。
その言葉に胸に引っかかるような感情が消えていくのを感じた。そのような感覚に陥るのは初めてだった。
(陛下の命令に逆らったからか?)
Domの命令に逆らったことによる反動だ。
それをすぐに理解をした。
今度は命令ではなく、指示だった。そのため、劉帆は跪くのをやめて、寝具に座った。
「強いSubだと聞いて試してみたくなったのだ。悪かったな」
「いいえ。命令に従うことができず、申し訳ありませんでした」
「謝ることはない。それよりも他のSubや女性とは違う姿を見せてくれたことの方が、嬉しく思う。さすがは俺の劉帆だ」
哉藍は笑った。
嬉しそうに笑う。その笑顔を見ると胸が締め付けられるように痛い。
(恋をすれば空しくなるだけだ)
自分自身に言い聞かせる。それ以外の方法を知らなかった。
残酷非道だと言われている皇帝が、自分の前だけでは無邪気な子供のような笑顔を見せている。その姿に心を射止められてしまった。
「俺に反抗してみせろ、劉帆。お前だけは俺に屈するな」
哉藍の言葉は無理があった。
Domとして今後も命令の言葉を口にするだろう。体が痺れ、無意識のうちに従ってしまいたくなる衝動を抑え続けるのは、不可能だった。
「お言葉ですが、陛下。僕は陛下のものです。反抗など二度といたしません」
劉帆は誓うような言葉を口にした。
それに対し、哉藍は大声で笑った。
愉快でしかたがないと言わんばかりの笑い声だった。
「そうか、俺のものである自覚はあったか」
哉藍は笑い止むと同時に嬉しそうに言った。
そして、髪を優しく撫でる。
(恥ずかしい)
髪を撫でられたのは十五年以上も昔の話だ。母親が妹を腹に宿し、出産の時期が近くになるまでの間だけ頭を撫でられたことがある。
それ以外には髪に触れようともしなかった。
赤い目を隠すように伸ばされた前髪に手が向けられる。
歯向かうことも許されず、前髪をあげられてしまう。
「美しい目をしている」
哉藍は本心で言っているのだろう。
(美しい?)
それは哉藍の容姿のことを指す言葉だと思った。
(僕は醜い化け物だ)
劉帆は心の中で否定した。
言われ続けてきた言葉は簡単には消えてくれない。呪われた子と呼ばれ、化け物扱いを受けて来た二十年もの日々は消えることはないだろう。
「隠さなくても良い。お前を差別する者は全員処刑台に送ってやる」
哉藍の愛は重い。
それを理解した時には逃げ場がなかった。
「陛下」
劉帆は初めて他人を頼ることにした。
その行為が許されるのか、わからない。しかし、甘えてみたいと思ってしまった。
「僕は恋とはなにかを知りません。愛も母親の愛しか知りません。陛下が僕に教えてくれませんか?」
劉帆の言葉に対し、哉藍は目を見開いた。
想定外の言葉だったのだろう。
(ダメだろうか)
劉帆は甘えてみたかった。
しかし、それを認められないのだろうか。
常に反抗しろという命令には従えなかった。それでも、まだ劉帆に興味を抱いている。
「恋も愛も俺が教えてやろう」
哉藍は劉帆の髪から手を離す。
「恋をするというのは好きな相手といると心拍数が上がり、どうしようもなく、惨めなほどに自分自身を曝け出してしまうということだ」
哉藍は劉帆を優しく抱きしめた。
二十歳になったのにもかかわらず、一度も恋をせずに生きてきた貴重な存在だ。それを自分の思い通りの色に染められるのだから、男として喜びでしかない。
そんなことを考えているなどと、劉帆は思いもしなかった。
(心拍数が上がる)
劉帆は教えられた言葉を心の中で繰り返す。
それが正しい恋なのか、わからない。
しかし、抱きしめられて心拍数が上がったのは事実だ。
「では、僕は陛下に恋をしているのかもしれません」
劉帆は淡々と告げた。
(恋?)
心の中で笑う。
(そんなわけがない)
言葉とは正反対のことを思う。
心拍数が上がったのは事実だ。それは慣れていないことに対する緊張だろう。
(僕は恋なんかしない)
Subとして恋をすれば、寵愛を失った時に苦しい思いをすることになる。
寵愛は永遠ではない。
子孫繁栄のため、他の妃賓の元に通うように説得をしなければいけない日も来ることだろう。そうしなくても、他の妃賓の元に通うかもしれない。
それを耐えるのには恋は不要だった。
「そうか。それは良い兆候だ」
哉藍は笑う。
嘘だと見抜いていながらも、それを事実のように受け入れた。
「愛している。劉帆」
哉藍のその言葉は本心だった。
それが伝わる日は来るのだろうか。




