03.貴妃
後宮入りをするための準備が整い、馬車の中に放り込まれる。
その姿を悔しそうな顔で見ていた妹と目があった気がした。
(変われるものなら、変わってくれよ)
劉帆は好きで嫁ぐわけではない。
後宮の決まりを独裁的な判断で変えてしまった哉藍の言動は、やはり、反発を、招いた。しかし、反発した者を次々に処刑台へと送り込み、最後には黙らせてしまった。反発をすれば死が待っていると印象付けたのだ。
哉藍は独裁者だった。
朱帝国の歴史に独裁者として名を遺すことだろう。
* * *
「貴妃様」
貴妃宮に入ると大勢の女官や下女、宦官が出迎えをしてくれた。宋家ではありえない待遇だった。
「私は女官長を任されました王 晨曦と申します。これより、貴妃様の世話係を務めさせていただきますので、よろしくお願いいたします」
真っ先に名乗り上げたのは女官長を務める四十代くらいの女性、王 晨曦だった。晨曦は挨拶をすると真っすぐな目で劉帆を見た。
劉帆の服装は宋家のものだ。
道士の服装といってもおかしくはない。
白を基本とした服装はおかしいものではないが、貴妃としてはふさわしくない。
「宋 劉帆だ。世話になる」
劉帆は簡単に挨拶をした。
独裁者である哉藍による後宮入りだ。気分が変われば外に出されるかもしれない。文官や武官に下げ渡される可能性もある。
その可能性が高いと考えていた。
「貴妃様。まずはお着替えをしていただきます。その次に化粧を施させていただきます」
「化粧はいらないだろ。僕は男だ」
「男であっても後宮の習わしには従っていただきます」
晨曦は一歩も引かなかった。
ここには宋家の人間はいない。誰一人連れて来てはいけないと命じられたのだ。
宋家に情報が流れることを防ぐためだろう。
貴妃宮は豪華絢爛だ。宮の中にはいくつもの建物があり、庭には様々な花が咲いている。しかし、そこは劉帆を閉じ込めるための檻のようでもあった。
哉藍が用意した女官たちはすべて優秀な人材だ。
だからこそ、後宮の習わしを強調してくるのだろう。
「貴方様は貴妃なのです。皇后陛下がいらっしゃらないのですから、女性の身分において、皇太后陛下の次の権力者は貴妃様になります」
晨曦は深々と頭を下げた。
それに合わせるように周囲を取り囲んでいた女官や下女、宦官たちも頭を下げる。
「貴妃様は陛下のご寵愛を受けている方。それにふさわしい言動をしていただけなければなりません」
「僕に女性のように振る舞えというのか」
「いいえ。振る舞いを変えていただく必要はございません。ありのままの姿でいるように陛下から命じられております」
晨曦は淡々と答えていく。
(僕になにを求めているんだ)
劉帆にはわからないことだらけだった。
(後宮の悪霊を祓えと言われた方が納得できる)
理由が愛ではなく、能力を使わせるためならば納得できた。
しかし、劉帆は寵愛を受けている。
利用するだけならば宋家の女性でもよかったはずだ。妹ではなく、姉ならば法術を使う道士としての才能がある者がいる。
「上に立つ者の風格が足りません。ふさわしい服装に着替えましょう」
「……そうだな。僕の服装は道士としての正装だ」
「はい。ご事情は伺っております。どうぞ、貴妃様。ここでは遠慮せずに自由にお過ごしくださいませ」
晨曦は母親のように優しく微笑んだ。
(母上のようだ)
赤い目の呪われた子であっても、母は愛してくれた。しかし、妹を産んだ時に命を落としてしまった。母と過ごしたのは僅か五年だった。
「王 晨曦」
劉帆は名を口にした。
(どうせ、後宮からは逃げられない)
今宵、哉藍は姿を見せるだろう。その時に真実を聞けばいい。
それまでの間は後宮の習わしに従うしかなかった。
「すべての采配を任せる。僕は貴妃としての仕事しかしない」
「それでよろしいのです。貴妃様。貴方様は貴妃様としての役目に励んでくださいませ」
「男の僕にできる範囲でな」
劉帆は苦笑した。妃賓の役目は子を産むことだ。同性では不可能である。それ故に貴妃として妃賓の統率をとらなくてはいけない。
それがSubにできることだろうか。
高位のSubであるとはいえ、Subであることには変わりはない。女性の多くはNormalと呼ばれるDomでもSubでもない存在だ。劉帆の知っている限り、女性のSubは妹しかいなかった。
「案内をしてくれ」
「かしこまりました。貴妃様」
晨曦は歩き始める。
その後ろを劉帆は着いて行く。背後を守るように多くの女官や下女が後ろに続く。貴妃宮ではそれが当然となるのだろう。
劉帆は大勢の女官や下女に囲まれた生活になれなければいけない。
それが貴妃としての生活の始まりだった。
* * *
「……僕がSubだということは知っているのか?」
劉帆は衣装選びをしている晨曦に問いかける。
部屋には二人だけだ。
他の女官には体を見せるわけにはいかないという理由で晨曦が追い出してしまった。その配慮に内心では安堵していた。
劉帆の体には数えきれないほどの古傷や青痣がある。そのほとんどは劉帆を憎む兄たちや宋家で働いている道士たちによって付けられたものだ。稽古とは呼べない一方的な暴力だった。
それに歯向かうことはできた。しかし、劉帆はしなかった。
道士としての実力は隠せない。しかし、従順であるかのように見せることはできた。それさえも反抗的にとらえられてしまっていた。
「存じ上げています」
「なぜ、見下さない?」
「貴妃様は尊いお方でございます。主人を見下す無礼者は貴妃宮にはおりません」
晨曦は見繕った衣類を手に近寄った。
それは美しい服装だった。女性のものではなく、男性のものだ。しかし、煌びやかなそれは宋家では見たことがない生地のものだった。
「貴妃様」
晨曦は微笑む。
かわいい我が子を見るかのような優しい笑みだった。
「貴方様の待遇は陛下より伺っております。その美しい赤い目を隠すことも、高位のSubであることを隠すことも必要ないのです。ここは貴方様のための宮なのですから」
晨曦の言葉を聞き、劉帆は黙ってしまった。なにも言い返せなかった。しかし、居場所を与えられたという事実を素直に喜ぶこともできない。




