02.後宮入りが決まる
自分よりも酷い扱いを受けるべきなのにもかかわらず、才能があるから良い待遇を与えられていることが不満だったのだろう。
小説のヒロインの性格とは違っていた。
それでも、劉帆は妹に対して優しく接した。将来の自分の断罪を回避するためだ。悪く言われていることを知らないふりをしてきた。
(否定されるのがこんなにも嬉しいとは)
気にしていないふりをしていた。
それがいかに辛かったのかを思い知った。
それだけで満足だった。誰かに認められている事実だけで生きていける気がした。
「黒髪に赤い目は素敵だと思った」
哉藍は感想を述べる。
それに対し、睿はありえないと言いたげな顔をした。
「宋 劉帆を後宮に迎え入れたい」
哉藍の言葉に雰囲気が凍り付いた。
(後宮だと?)
小説の展開と同じだ。しかし、大きく違う部分がある。それを告げられるのは妹であり、劉帆ではないということだ。そもそも、後宮は男性が立ち入ることが許されない女の花園である。そこに入れるのは、必要な処置を施した宦官だけである。
Dom/Subユニバースの世界観をもってしても、そこは変わることはなかった。
(僕に宦官なれとでもいうつもりか?)
宦官は犯罪者に対する罰だ。
死罪にするほどの重い罰でも、ある程度の日数で解放されるほどの軽い罰でもない場合、男性に限り、行われる懲罰の一種である。
中には自主的に宦官になる道を選ぶ者もいる。
宦官になれば後宮で働くことが許されるからだ。優秀な者は宦官であっても、皇帝の傍で働くこと許されることもある。
出世するための道の一つとして、男の誇りを捨てる者もいる。
しかし、劉帆は違った。
「貴妃として迎え入れようと思う。反論はないな?」
哉藍の言葉は絶対だ。
歯向かうことなど許されない。
(なんだと?)
理解ができない。
貴妃は妃賓の中でも最上位の存在だ。皇后の次に権力が与えられる女性の地位である。その地位を与えると言い出したのだ。
「陛下。それは宦官には与えられない地位でございます」
「誰が宦官にすると言った。俺は劉帆が気に入ったのだ。宦官ではなく、妃として受け入れようと思っている」
「男性の妃など前例のないことでございます。陛下、どうか、お考え直しをしてくださいませ」
睿の言葉は正しい。
朱帝国において男性が妃であった前例はない。
それは異例のことだった。様々なところから反発を招くだろう。
「前例がなければ作ってしまえばいいだけの話だ」
哉藍は引かなかった。
どうしても、劉帆を手に入れたかったのだ。
(貴妃?)
劉帆は小説の展開が次々に変わっていくことに対して恐怖を覚えた。小説の展開ではヒロインである妹は修媛として迎え入れられたはずである。
(ありえない)
事実として、現在の後宮では貴妃はいない。しかし、その地位をいきなり与えるほどに宋家は権力を持っているわけではなかった。
「宋家には嫁いでいない娘がいます。それではいけませんか?」
「俺は宋 劉帆が欲しいんだ」
「……陛下の意思はお堅いようですね」
睿は諦めた。
そして、視線を劉帆に向ける。
諦めろと言いたげな視線だった。
(待て待て。僕が後宮妃?)
これでは小説の展開は崩れ去ったのも同然だ。
しかし、そればかりを頼っていられないこともわかっていた。ところどころ、違う点があった。今までも本当に小説の世界なのか、疑ったことがある。しかし、登場人物だけは同じだった。
だからこそ、油断していた。
(それじゃあBLじゃないか!)
思わず叫びたくなってしまう。
ヒロインが後宮入りをした後は出家をして、道士として活躍をする予定が崩れ去った。
「しかし、驚きましたな。陛下が同性に興味を示すとは……」
「同性が好きなわけではない。俺は劉帆に一目惚れをしただけだ」
「一目惚れですか。確かに我が息子たちの中ではもっとも顔立ちが優れておりますが」
睿の言葉を聞き、劉帆は寒気がする。
(このバカ親。僕を男に売り飛ばすつもりだったな)
劉帆は睿の言葉の真意を見抜く。
大勢いる兄の中には同性愛を好む男性に金と引き換えで売り飛ばされた者が、何人もいた。しかし、呪われた子と言われながらも次期当主候補筆頭であった劉帆は安全だと考えていた。それが簡単に覆った。
朱帝国では同性愛が認められている。
しかし、子孫繁栄のため、愛人として迎え入れられることが多かった。
宋家は子を金持ちの家に売ることで栄えてきた家だ。
「わかりました。陛下のお望みのままにいたしましょう」
睿は簡単に受け入れた。
そもそも、提案を断る必要性がないのだ。呪われた子を引き取ってもらえるのならば、それ以上に幸運なことはない。しかも、相手は皇帝である。
「支度が済み次第、後宮に向かわせます」
「数日以内で済ませろ。俺は劉帆と離れていたくはない」
「かしこまりました」
睿は深々と頭を下げる。
それに満足をしたのか、哉藍は背を向けて歩き出した。
「劉帆」
「はい、陛下」
「お前に逃げ道はない。大人しく俺の妃になることだな」
哉藍は劉帆に対し、笑いかけた。
その笑みは新しいおもちゃを与えられた子どものようだった。
(最悪だ)
劉帆は逃げようとしていた。
恋敵として劉帆を恨むである妃賓たちの中に放り込まれるなど、考えたくもなかったからだ。それならば、準備をしている隙をついて出家してしまおうと考えた。
その考えは甘かったらしい。
「俺の寵愛をくれてやる。ありがたく思え」
哉藍は劉帆の長い髪を一房掴み、触れるだけの口付けをする。
それは数秒のことだった。
(最悪だ)
逃げ道はない。
それどころか、哉藍の演技でもなさそうだった。
「感謝を申し上げます。陛下」
劉帆はそういうしかなかった。
心の底では恐怖を覚えていた。
(同性を愛せるのか? 僕は)
他人を愛したことはない。
恋を経験したこともない。
(いや、愛する必要はない)
寵愛を与えられる期間はきっと短いだろう。
珍しい容姿に惹かれただけかもしれない。
(恋をすれば空しいだけだ)
劉帆は自分自身に言い聞かせる。
そして、ゆっくりと頭を下げた。
その姿を見た哉藍はなにも言うことなく、部屋を立ち去って行った。
「……Subに生まれてよかったな」
睿は皮肉を口にした。
Subの中でも高位なのだろう。Domの命令がなくとも、発作を起こすことなく生きて来れた。それどころか、Domとして生まれた兄の嫌がらせによる命令を弾くことさえもできた。
赤い目の呪われた子はSubである。
宋家の中で嫌われるのは当たり前のことだった。
「陛下はDomだ。大人しく従うように」
睿の言葉に対し、劉帆は頷いた。
逆らうつもりなどない。
反乱を起こす宿命は変わりつつあることを理解した。哉藍の気まぐれにより、劉帆は後宮に嫁ぐことになったのだ。
(僕は反乱を起こさない)
劉帆は心の中で自分自身に言い聞かせた。
(後宮に閉じ込められるだけだ)
死刑の運命は遠ざかった。しかし、油断はできない。
「Subとして振る舞いますよ」
劉帆は不服そうに答えた。
Subであることは屈辱だった。DomやNormalよりも格下の扱いを受け、Subというだけで嫌われる。扱いはDomの都合のいい玩具だった。
それ嫌で反抗をし続けた。
「陛下が望まれるのならば。それが一番でしょう」
劉帆はそういうと背を向けた。
部屋から逃げるように足早に立ち去っていく。その後ろ姿をなんとも言えない表情で睿が見ていたことを知ることはなかった。




