01.物語の悪役
この世界がDom/Subユニバースを基にした小説の世界だと唯一知っているのは、彼、宋 劉帆だけだろう。
劉帆は物語に欠かせない悪役の一人だ。SubでありながらもDomに屈しない強い心を持った人物であり、物語の主人公である朱 哉藍と敵対する宿命にある。
劉帆は哉藍に負ける運命にあった。
そして処刑される。
その運命の上に立たされているからこそ、良い人であろうとしたこともあったが、元々の性格の悪さが災いしたのか、良い人になろうとすればするほどに悪い結末に終わる。そのため、良い人になることを諦めてしまった。
それを自覚しているからこそ、物語のヒロインである「宗家のお荷物」の妹に優しくしてきた。すべては断罪される際に命だけは助けてもらうためである。
宗家特有の黒髪と隔世遺伝と思われる血のような赤い目をした劉帆は、呪われた子と呼ばれていた。赤い目は悪魔の目だと言われていたものの、宗家の中ではもっとも優れた武術の才能と法術の才能を持っており、呪われた子と避けられているのにもかかわらず、次期当主候補の筆頭に選ばれていた。
(父上の用事とはろくなことがない)
そもそも、劉帆を呪われた子と言い始めたのは父親だ。
それが才能の塊だったからこそ、次期当主筆頭の座に座らせ、度々呼び出しを行う。父親の呼び出しの大半は、呪われた人々を呪いから解放することだった。
朱帝国には呪いが存在する。
その呪いの正体は恨みであることが大半だ。生霊が憑りついていたということも珍しくはない。
「父上。宋 劉帆です」
扉に向かって声をかければ、すぐに扉が開けられた。
中には父親と見知らぬ男性がいた。
(朱 哉藍!?)
男性、朱哉藍は朱帝国の皇帝だ。
後ろ姿だけで正体を見抜いたのには理由がある。哉藍は異国出身の母親譲りの銀髪をしているからだ。李帝国で銀髪をしているのは哉藍とその母親である皇太后だけだ。
(まだヒロインと会うのには時間があったはず)
物語のシナリオをできるだけ壊さないように過ごしてきた。断罪を避けるために妹には優しくしてきたが、それ以外はやりたい放題だった。
妹が後宮入りをすれば、出家をして道士としての道を極めるつもりだった。
その予定が壊されていくのを感じる。
嫌な予感がした。
(そもそも、なんで生霊を背負っているんだよ)
哉藍の背中には縋りつくような姿の生霊が複数いた。
それだけ生霊が憑いていれば体調も崩すだろう。
反射的に目線を哉藍の背中に向けたことを父親は見逃さなかった。
「目を細めたな。劉帆。陛下、陛下のお背中にはやはり悪霊が憑いているようです」
「悪霊か。心当たりはないのだが……」
「どこかで拾ってきたのでしょう。ですが、ご安心ください。宗家で一番の道士である我が息子が祓ってみせましょう」
父親の言葉に対し、振り返った哉藍に劉帆は頭を深々と下げる。
(悪霊と生霊の区別もつかないのか)
明確に違う。
悪霊は法術で祓ってしまえばいいだけだ。しかし、未練を晴らさせてやれば悪霊は勝手に成仏をする。劉帆は常に後者を優先した。どうしようもないほどに人の形を保っていない悪霊の場合は、話が通じないため、強引な手段に出るものの、極力対話をするようにしている。
生霊は違う。生きている人間の怨念によるものだ。速やかに対処にしなければ、怨念を飛ばしている人間の命が危ない。なにより、怨念の理由を解決しなければ、再び生霊を飛ばすことになる。
その区別が父親にはつかない。
一目見るだけで明らかに違うというのは、劉帆にしかわからなかった。
「名を申せ」
「宋 劉帆と申します」
「劉帆。俺に憑いているのは悪霊か?」
哉藍は試すような言葉を口にした。
(この人の目には視えている)
それは小説の知識として得たものである。前世の小説好きだった自分自身に感謝をする。
(それにしても、強いDomだ)
哉藍の異国の雰囲気を漂わせる銀髪が揺れる。母親譲りの銀髪と父親譲りの青目が神秘的な雰囲気を醸し出していた。
「いいえ」
劉帆はすぐに否定した。
それに対し、驚いているのは父親だけだ。
「生霊でございます、陛下」
劉帆の答えを聞き、哉藍は納得したような顔をした。
(自覚があるんだろう)
哉藍ならば自力で対処することもできるはずだ。
前世で読んだ小説の内容を思い出し、これが茶番であることを理解する。
(宗家に来る時期が早すぎる)
小説のヒロインはお荷物と呼ばれている妹だ。妹が虐待されているところを哉藍が救い出し、物語が始まっていく。それ以前に宗家に来ることはなかったはずだ。
「そうか」
哉藍はにやりと笑った。
それから、劉帆の目の前まで歩いていく。
顔を合わせるのが恐れ多いというかのように頭を深々と下げて敬礼をした劉帆に対し、哉藍は強引に頬を掴み、顔をあげさせる。
(痛い)
哉藍と目が合った。
美しい海のような青い目と、正反対な血のような自身の赤い目が重なり合う。
「美しい目をしているな」
「……呪われた目でございます、陛下」
「そうか? 俺には美しいとしか思えないが」
哉藍は笑った。
それから、ゆっくりと手を離し、背を向ける。
「宋 睿、呪われているとはどういうことだ?」
哉藍は劉帆の父親である宋 睿に問いかける。
それに対し、睿は目を逸らした。
「赤い目でございます」
「異国では赤い目は普通だが」
「この国では普通ではございません。宋家には赤い目をした者は一人もいませんでした」
睿は説明をするが、それに対し、哉藍は納得していないようだった。
「彼は呪われた子ではない」
哉藍の言葉に対し、劉帆は感動をしていた。
(初めて言われた)
呪われた子と言われ続けていた。
可愛がっているお荷物と呼ばれている妹も、陰では呪われた子と呼んでいるのを知っている。




