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バレたら処刑される偽物の妃ですが、冷酷と噂の陛下が私だけを離してくれません  作者: ヲワ・おわり


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第二十五話 本当のお前を、聞かせろ

第二十五話 本当のお前を、聞かせろ


 宰相の面前に呼ばれたのは、建国祭を間近に控えた、晩秋の昼下がりだった。

 人払いをした一室で、宰相オルグレンは、卓の向こうから、一枚の紙を、ゆっくりと滑らせてきた。ミラは、それに目を落とした。宮廷の書式で記された、調査書だった。

「北のローゼンフェルト領で」宰相の声は、蜜のように滑らかだった。「一人の下働きの娘が、二月ほど前から、行方知れずになっておるそうで。名を――ミラ、と」

 ミラの、心臓が、凍りついた。

 ミラ。本当の名。この宮廷で、誰にも呼ばれることのなかった、灰まみれの娘の名。宰相の調査の手が、ついに、そこまで、届いていた。

「面白い話でしてな。その娘、亡きアデルハイト様と、瓜二つの顔をしていたとか」宰相は、ゆったりと、指を組んだ。「妙な符合でございましょう。行方知れずの下働きと、北から戻られた令嬢。まるで、入れ替わったかのように」


 ミラは、動揺を、腹の底に、押し込めた。

 ここで、顔色を変えれば、それが答えになる。宰相は、まだ、確証を持っていない。「行方知れずの娘」と「アデル」を、線で結びつけてはいるが、証はない。あるのは、状況と、憶測だけ。ならば、その線を、あえて、揺さぶってやればいい。

「まぁ、こわいお話」ミラは、微笑んだ。真実の隣へ、嘘を寄せる。知っている事実の位置を、少しだけ、換える。「その娘は、見つかったのですか。もし、わたくしと似た顔なら、一度、会うてみとうございます。北には、似た顔が三人いると、申しますでしょう」

 宰相の目が、細くなった。

「行方は、まだ」

「では、生きているとも、限りませんのね」ミラは、静かに続けた。「二月も行方知れずなら、野盗にでも遭うたか。かわいそうに。宰相さまは、その娘が、まだ生きて、この宮廷のどこかにいると、お考えですの?」

 あえて、自分から「その娘」を、話に乗せた。ミラという娘の存在を、隠すのではなく、逆に、こちらから、話題にしてみせる。やましい者なら、決して、自分から近づかない話へ。宰相の確信が、わずかに、揺らぐのが、見えた。この女は、本当に、アデルなのか。それとも――。

「妙な、妃殿下だ」宰相は、呟いた。その声に、初めて、焦りの色が、にじんだ。

 ミラは、その一言を、聞き逃さなかった。焦り。この平らな老臣が、初めて見せた、感情の揺れ。宰相は、儀の日までに、確証を掴まねばならない。憶測だけで神前に持ち込めば、逆に、公爵派に足をすくわれる。証が要る。けれど、ミラが自分から「その娘」を話に乗せたことで、宰相の描いた「入れ替わり」の絵は、わずかに、ぼやけた。やましい者は、自分の正体に、自分から触れたりしない。その一点が、老獪な男の確信に、小さな罅を、入れたのだ。

 喉元に突きつけられた刃を、ミラは、逆に、相手の焦りへと、変えてみせた。震えながらも、この情報の綱引きだけは、互角に、持ち込んだ。けれど、と、ミラは思う。宰相の調べは、確実に、本当の名にまで、届いていた。次の一手で、確証を掴まれれば、終わりだ。綱引きの糸は、いつ切れても、おかしくなかった。


 その夜、ミラは、王の私室へ、呼ばれた。

 王は、いつものように、政の書を片づけた卓の前で、待っていた。けれど、その顔は、いつになく、思い詰めていた。ミラが座ると、王は、しばらく、黙っていた。それから、静かに、口を開いた。

「聞かせてくれ」王の声は、低かった。「本当の、お前を」

 ミラの、息が、止まった。

「妃としてではない。アデルハイトとしてでもない。……お前自身の、言葉で。お前が、どこで生まれ、どう生きてきたのか。何を、恐れ、何のために、この宮廷で、たった一人で、戦っているのか。私は、それを、知りたい」

 問い詰めでは、なかった。命令でも、なかった。ただ、まっすぐな、まなざしだった。この人は、偽物の仮面の、その下にいる、ミラという娘を、見たいと言っている。名も、素性も、すべてを引き受ける覚悟で。

 ミラの喉まで、本当の名が、こみ上げた。わたしは、ミラです。灰にまみれて育った、名もない、下働きの娘です。もう、隠したくなかった。この人にだけは、本当のわたしを、知ってほしかった。偽物の名の下で愛されるほど、その罪が、胸を、締めつけていた。

 けれど、唇が、開きかけて、止まった。

 もし今、告げてしまえば。王は、この秘密を、知る者になる。嘘を数えることを生き方としてきたこの人が、偽物を庇い続けた、その罪を、自ら背負うことになる。もし儀で、ミラが暴かれれば、王は「知っていて偽物を妃に据えた王」として、宰相に、足をすくわれる。ミラの告白は、この人を、危うくする。

 それに、と、ミラは思った。あの前夜、公爵が語ろうとしている、出自の何か。それを聞くまでは、ミラは、自分が本当に「何者」なのかを、まだ、知らない。灰にまみれた孤児。それだけだと、思ってきた。けれど、公爵のあの眼差しは、それだけではない何かを、告げようとしている。すべてを知ってから。この人に、本当のわたしを告げるのは、それから。

「申し上げます」ミラは、震える声で、言った。「けれど、今は、まだ。あの神前で、すべてが終わったとき。そのとき、わたくしは、あなたに、本当のわたくしのすべてを、お話しいたします。だから、それまで、どうか、待っていてくださいまし」

 王は、しばらく、ミラを見つめた。それから、静かに、頷いた。急かさなかった。この人は、待つと言った、その約束を、その目で、確かに、受け取った。


 その夜半、居室に戻ったミラを、クラーラが、硬い顔で、待っていた。

「妃殿下。公爵さまから、重ねてのご伝言です」クラーラの声は、低かった。「儀の、前夜。何があっても、必ず、お会いすると。お伝えせねばならぬことが、ある、と」

 ミラは、窓の外を見た。晩秋の空に、また一つ、祭りの支度の花火が、遠く上がった。祭りの日は、もう、目の前だった。王が求める、本当の自分。公爵が語ろうとする、隠された何か。そして、神前で待つ、血の詰みと、黒幕の罪。すべての糸が、あの建国祭の朝へ向かって、音もなく、手繰り寄せられていた。糸の先で、ミラを待つのが、破滅か、それとも救いか。それは、まだ、誰にも、分からなかった。


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