表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バレたら処刑される偽物の妃ですが、冷酷と噂の陛下が私だけを離してくれません  作者: ヲワ・おわり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/30

第十七話 探る言葉は、探られる言葉

第十七話 探る言葉は、探られる言葉


 貴婦人らの茶会は、香草の茶と、砂糖菓子の甘い匂いで満ちていた。

 庭に面した広間に、色とりどりのドレスが集い、扇の陰で噂話が交わされている。ミラは、その中央近くに座らされていた。妃候補として招かれた以上、逃げることはできない。茶器を持つ指を、いつものように隠しながら、ミラは、周囲の会話に、そっと耳を澄ませていた。

 その席へ、淡い薔薇色のドレスが、近づいてきた。

「アデルさま。ご機嫌よう」イレーネ・オルグレンが、甘い微笑を浮かべて、隣に腰かける。「最近、お部屋で、夜更かしをなさっているとか?」

 ミラの、茶器を持つ指が、止まりかけた。止めなかった。止めれば、動揺が伝わる。ゆっくりと茶を運び、口をつけ、卓へ戻す。その一連の間に、ミラは、イレーネの目の奥を、読んでいた。

(日記だ。……この人は、日記の件を、探りに来た)

 舞踏会の記憶の罠とは、狙いが違う。あのときのイレーネは、嫉妬に任せて牙を剝いていた。けれど今日は、目の奥に、嫉妬とは別の、冷えた光がある。叔父の宰相と、同じ光だ。姪は、私怨ではなく、宰相の意を受けて、日記の在処を探りに来たのだ。ならば、この会話の一言ずつが、宰相の耳へ、そのまま運ばれる。ミラは、砂糖菓子の甘い匂いの中で、静かに気を張った。


「夜更かし、ですか」ミラは、微笑を返した。「秋の夜は長うございますもの。眠れぬ夜には、古い書物などを、繰っておりますわ」

 嘘ではない。日記を読んだのは、確かに夜だった。真実の位置を、少しだけ換える。核心の「日記」は伏せ、「古い書物」という、当たり障りのない場所へ、そっと置き換える。

「まぁ、書物を」イレーネの睫毛が、持ち上がった。「どのような? わたくし、アデルさまの読まれるものには、昔から興味がございましたの」

 畳みかけてくる。ミラは、この会話の流れを、逆に利用することにした。守るだけでは、いつか押し切られる。ならば、相手の探りの言葉から、こちらが情報を引き出す。

「イレーネさまは」ミラは、茶器を置いた。「ずいぶんと、わたくしの夜のことを、気にかけてくださいますのね。どなたかに、頼まれでも?」

 イレーネの微笑が、一瞬、固まった。

「そ、そのようなこと」

「叔父君の宰相さまは」ミラは、静かに続けた。相手の動揺を、見逃さない。「近ごろ、わたくしの何を、お知りになりたいのかしら。書物のことなら、いくらでもお話しいたしますのに」

 イレーネの頬が、朱に染まる。図星を突かれた者の、あの赤らみだった。

「叔父さまは、ただ、あなたが、妙なものを、隠し持っていないかと」イレーネは、慢心と苛立ちで、つい口を滑らせた。「本物の証を。あなたが、本物のアデルさまだと、証すものを持っていないなら――」

 そこで、イレーネは、はっと口を閉じた。けれど、遅かった。

 ミラは、胸の内で、その一言を、素早く読み解いた。探る者は、探る言葉の中に、自分の狙いを、必ず漏らす。何を知りたいかは、何を問うかに、映るからだ。イレーネは「本物の証を持っていないなら」と言った。つまり宰相が姪に確かめさせたかったのは、ミラが「本物である証」を、持っているか否か。日記を「偽物を暴く切り札」として欲しているのではなかった。逆だ。ミラが本物だと証すものを何も持たぬこと。その一点を、宰相は、確かめたがっている。

 なぜか。答えは、一つしかない。持っていないなら、認証の儀の場で、それを突いて暴くつもりなのだ。証のない偽物として、神前で、断罪する。守りの配置換えで核心を伏せながら、ミラは、相手の探りの言葉から、敵の作戦を、まるごと一つ、奪い取っていた。


 茶会が緩み、貴婦人らが庭へ散っていく。ミラは、東屋の陰で、イレーネと二人になった。

「あなた、変わったわね」イレーネが、扇を閉じて言った。甘い声から、棘だけが残っていた。「以前のあなたなら、わたくしの言葉に、いちいち動じて、泣きべそをかいていた。今のあなたは、気味が悪いくらい、落ち着いていらっしゃる」

「人は、変わりますもの」

「わたくしは」イレーネの声が、震えた。嫉妬と、それだけではない、何かで。「わたくしのほうが、ずっと、王妃にふさわしいのよ。家柄も、教養も、美しさも。それなのに、なぜ、あなたなの。なぜ、陛下は、あなたばかりを」

 その言葉に、ミラは、憐れみを覚えた。この令嬢は、自分が叔父の駒に過ぎないことに、気づいていない。王妃の座を餌にぶら下げられ、都合よく使われているだけだと。本気で、ミラを恋敵だと思い込み、傷ついている。

 イレーネの震える声を、ミラは、聞き分けていた。この嫉妬は、本物だ。作り事ではない。この令嬢は、幼いころから「王妃にふさわしい」と育てられ、それだけを信じて生きてきた。その拠りどころを、得体の知れない北の令嬢に奪われかけて、必死に爪を立てている。哀れだった。けれど、哀れむだけでは、済まされない。この令嬢の口は、今、叔父の企みを漏らしたばかりだ。感情に任せて我を忘れるとき、人は、いちばん隠すべきことを、こぼす。

(この人は、いつか、叔父に切り捨てられる)

 ミラは、それを口にはしなかった。ただ、慢心と嫉妬で我を忘れるこの令嬢が、いつか、宰相の企みの綻びになるかもしれないと、胸に留めた。駒は、盤の上で、時に、主の思わぬ動きをする。


 夕刻、居室へ戻り、ミラはクラーラに、茶会で掴んだことを伝えた。

「宰相の狙いは、はっきりしました」ミラは、指を組んだ。「あの方は、わたしが『本物の証』を持たないことを、儀の場で突くつもり。ならば、こちらの勝ち筋は、一つ」

 クラーラが、顔を上げる。

「宰相を、崩すこと。あの方が、本物のアデルさまを陥れた――その工作の物証を、こちらが先に、掴むこと」ミラは、窓の外の、暮れゆく空を見た。「破られた、日記の頁。あれこそが、宰相の犯した罪の、動かぬ証。あれを取り戻せれば、盤は、ひっくり返る」

 反撃の目標が、定まった。守るだけの日々は、終わった。震えながら綻びを繕うだけだった娘の目に、初めて、獲物を狙う者の光が、静かに宿っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ