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9. 実家の手紙は、遅効性

 迎えの馬車には、乗らなかった。


 代わりに、王宮の面会室で使者と会う。


 現れたのは、あの夜と同じ、顔なじみの執事である。銀盆の上には、父の手紙と、リボンのかかった菓子箱。執事は今日も、あまり目を合わせてくれない。


「旦那様よりのお言葉にございます。……『殿下の御信任を得たとの由、大儀である。過日の件は水に流し、家に戻ることを許す』……とのことで」


「許す、ですか」


「……左様で」


 面会室は、南向きなのに妙に寒々しい部屋である。飾り棚に飾る物がなく、壁に掛ける紋章もない。毒見役への客は身元を選ばないので、部屋のほうが先に、何も語らない構えでいるらしい。銀盆の上の菓子箱のリボンだけが、場違いに赤い。


 執事の声が、だんだん小さくなる。読み上げる本人が、いちばん恥ずかしそうだった。婚約破棄の夜には塩を撒くように追い出して、娘が王太子の側で名を売ったと聞けば、掌を返して「許す」。分かりやすいにも、ほどがある。


 「悪食」が家の恥だったあいだは捨て置いて、「毒見の腕」が家の得になった途端に呼び戻す。つまり実家にとって私は、最初から品物なのだ。傷物か売り物かの、棚が変わっただけで。


 ……不思議と、腹は立たなかった。品物は品物でも、今の私は「三食昼寝つき・雇い主の署名入り」の契約品である。条件の悪い棚に、戻る理由が見当たらない。


「お返事の前に――この菓子箱、開けても?」


「は、はい。王都で評判の店の品と伺っております。……お、お嬢様のお好きだった、蜂蜜の」


 箱の中には、艶やかな飴色の焼き菓子が、行儀よく二列に並んでいた。私は職務の癖で、一つを口に運ぶ。蜂蜜、バター、香ばしい粉の匂い。そして、その奥に――底のほうで、じわりと曲がっていく、覚えのある系統の甘さ。


 まぶたが、上がった。


「……白鈴(しろすず)の実。遅効毒です」


「……え?」


「それと――乾燥に、癖があります。日向で干さず、風の通る日陰で、時間をかけて。丁寧で、少し変わった陰干しです」


 どこの誰とも知れない干し手の癖まで、舌は律儀に読み上げてくる。手帳の隅に、書き留めた。『独特ノ陰干シ。初見』。


「一粒では、何も起きません。十日、二十日と食べ続けて、ゆっくり肝の臓をやられる類です。この箱を食べ切る頃に、ちょうど寝付く量ですね」


 執事の顔が、紙のように白くなった。芝居ではない。この人も、知らなかったのだ。


 毒は、生地の中まで練り込まれていた。店で仕込まれたか、道中で箱ごとすり替えられたか。……いずれにせよ、はっきりしたことが一つある。この王宮に入ってくる「甘いもの」は、どこかで必ず一度、誰かの悪意の前を通ってくるらしい。贈り主が善意でも、である。手帳の隅に、書き留めておく。生誕祭でも来ようものなら、この経路は太くなる一方だ。


 私はすかさずオルデン様を呼んだ。絶縁と嘘をついて採用してもらった経緯にはチクリと胸が痛むが、いまさらである。


「オルデン様。検分の記録をお願いします。品名、経路、それから――『アッシェンフェルト家持参ノ菓子ヨリ毒物検出』と」


「むぅ……よろしいのかな? ご実家の名に、傷がつきますぞ」


「事実ですので」


 柔和な垂れ目が私と執事を見比べて、それから、静かに帳面へ筆を走らせた。実家がこの記録を知れば、青くなるだろう。「王宮への手土産で毒を出した家」という札は、社交界では安くない。掌返しの落ちとしては、上々である。


「……お嬢様。お戻りには」


「なりません。条件面で、今の職場が上回っておりますので」


 執事は深々と頭を下げ、それから、初めてまっすぐに私を見た。


「……お達者で。旦那様には、菓子の件も含め、ありのままに」


「はい。ありのままに」


「――お嬢様が毒百合の水をおかわりなさった時から、私めは、お嬢様は大物になられると存じておりました」


「それは、初耳です」


 あの日、青ざめる庭師の後ろで、この人も居合わせていたらしい。十一年越しの告白である。


 銀盆を抱えて帰っていく背中は、来た時より、少しだけ軽そうに見えた。


       ◇


 晩餐の席で、殿下がぽつりと聞いてきた。


「実家に、戻りたいか」


「いいえ。今夜の毒見皿は、七品もありますので」


「……そうか」


 それだけの、やり取りである。それだけなのに、湯気の向こうの無愛想が、心なしか薄い。皿は七品、隠し味は一品、天井に花は咲いていない。おおむね平和な夜である。



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