第九章 不思議な年の瀬、その先に⑤
第九章第五話です。
年の瀬も迫る、12月29日。
完成したばかりのログハウスの拡張ユニット
温水プールを舞台に、
新たな実験の準備が始まります。
そして、いよいよ「ヴァルゴmk2」も登場です。
どうぞお楽しみください。
■第九章 第五話
本日は、年の瀬も迫る12月29日。
青星家・地下2階にて。
テツロウは、宇宙のもと――
その前に静かに佇んでいた。
そして傍らには、
桐箱に収められた赤い鉢巻きが置かれている。
「一昨日は……確か
この赤い鉢巻きを巻いて、
格闘ゲームの技みたいなの真似をして……
妹たちと遊んでたんだっけかな……」
ぼんやりと情景は浮かぶ。
だが、その先を思い出そうとすると、
霧がかかったように記憶が途切れてしまう。
「……まあ、楽しかった気はするけど」
テツロウが苦笑した、その時だった。
「お兄様、準備できましたわ」
落ち着いた声とともに、リオが姿を現した。
彼女もまた桐箱の赤い鉢巻きに気づき、
わずかに目を細める。
「一昨日、赤い鉢巻き姿のお兄様が
披露してくださった技は、
妹たちやエアリさん、タリアさんも、
とても喜ばれていましたね。
もちろん、わたくしも……。」
そしてほどなくして
エアリとタリアもやってきた。
「ヴァルゴmk2は完成しましたぞ。
あとはテツロウ氏による調整のみですぞ!」
と、タリアが胸を張って報告する。
続けてエアリも穏やかに口を開いた。
「ログハウスへ接続する
温水プールユニットも、
準備は整っていますよ。」
すると間もなく、
「こんにちは~」
明るい声が聞こえると、
桃野リブラも宇宙のもとの前へ姿を現した。
「今日は、お誘いくださって
ありがとうございます。
テツロウ様やリオ様たちとの
温水プール、楽しみです~」
テツロウは周りを見渡した。
「エミとミニは、そうか。
今日はリウスちゃんのところへ
行くって言ってたな。」
リオは小さく頷く。
「ええ、お兄様。
エミちゃんは今日参加できないことを
残念がっていましたが、
『兄さんに美味しいおせち料理を
作るんです』と張り切って、
ミニちゃんと一緒にリウスちゃんの
お宅へ出かけましたわ。」
エアリは微笑みながら言った。
「では、テツロウさん。
玄関までお迎えに行きますので、
転送されたら玄関先で待っていてくださいね」
テツロウは軽く荷物を見回し、
「エアリちゃん、手ぶらでいいのかな?」
と尋ねる。
するとタリアが胸を張る。
「大丈夫ですぞ。
テツロウ氏が以前、南の島へ行かれていた時と
同じ仕様の水着も用意してありますゆえ。」
「何から何まで、準備いいな~、みんな。
それじゃあ、行くか。今日もよろしく!」
そう言うと、テツロウは転送装置へ歩み寄り、
起動スイッチを押した。
次の瞬間、淡い光がテツロウを包み込む。
テツロウはリオやエアリ、タリア、
そしてリブラを後に、
宇宙のもと内部へと転送された。
「では、お兄様を迎えにいきましょうね皆さん」
リオがそう言うと
エアリたちは頷いて
青星家 地下二階を後にした。
宇宙のもと内部
青星家・二階
テツロウは見慣れた
自分の部屋に転送されていた。
「今日はリオやエアリちゃんたちと
温水プールだったよな。
玄関前で待ち合わせって言ってたっけかな」
そう呟くと、テツロウは玄関へ向かった。
テツロウは玄関を出た先で、
しばらく待っていると――
「お兄様!」
「テツロウさん!」
「テツロウ氏!」
「テツロウ様!」
嬉しそうに声を弾ませながら、
リオ、エアリ、タリア、リブラが
巨大な姿でテツロウのもとへやって来た。
「テツロウさん、さっそく向かいましょう」
エアリはそう声をかけると、
その大きな体で膝を折り、
巨大な掌をテツロウの前へ差し出した。
テツロウは驚きながらも、
慣れた様子でエアリの掌へ乗る。
「何だろう。
毎回、同じようなことしてる
気がするけど……」
不思議そうにエアリを見上げるテツロウへ、
エアリは優しく微笑んだ。
「テツロウさん、今日もお願いしますね」
そう言うと、エアリはテツロウを
白衣の胸ポケットへそっと添えた。
「テツロウさん、ここなら安心しますでしょう」
「うん」
テツロウは照れながらも頷く。
温かなエアリのぬくもりに包まれると、
自然と心が落ち着いていく。
この胸ポケットは、いつしかテツロウにとっても
安心できる居場所になっていた。
リオはエアリの胸ポケットを覗き込むと、
「お兄様も嬉しそうですね。
今日もエアリさんに、
たくさん寄り添ってあげてくださいね」
ほどなくして一行は、
ログハウスの展開場所へと辿り着いた。
「では、このあたりに
ログハウスを展開しますぞ!」
タリアは端末を取り出し、
手際よく操作を始める。
次の瞬間、
地面が静かに震え、
巨大なログハウスがゆっくりと
せり上がってきた。
そのまま一同は、
ログハウスの大広間へと入った。
エアリは胸ポケットからテツロウを
優しく取り出すと、
丸いちゃぶ台の上へ
そっと下ろしてあげた。
エアリは続けて、
「温水プールユニットを接続しますね。
少し時間がかかりますので、
その間にここで着替えましょうか」
「ここで……?」
テツロウはエアリを見上げながら尋ねる。
「ええ、テツロウさんなら
大丈夫ですよ」
エアリはいつものように微笑みながら答えた。
リブラも笑顔で頷く。
「ええ、テツロウ様。
リブラも見てくださいね~」
リオも穏やかに微笑んだ。
「お兄様なら大丈夫ですよ。
皆さんの水着姿も楽しみに
していてくださいね」
「何を言ってるんだ……?」
テツロウは思わず苦笑する。
するとタリアも、
「テツロウ氏もですぞ!」
と言って、
小さな衣装箱をテツロウのそばへ
そっと置いた。
「こちらには、
テツロウ氏の水着も入ってますゆえ!」
巨大な女性たちはそう言うと、
テツロウが佇んでいるちゃぶ台の周りで、
思い思いに着替えを始めた。
ふわり。
大広間には、布が風に遊ぶような
柔らかな音が広がる。
まるで色とりどりの花びらが舞うように、
それぞれの装いが少しずつ年末のこの場所で
夏の装いへと移り変わっていく。
白衣が静かに畳まれ、
ローブが軽やかに揺れ、
普段の服装は手際よく整えられていく。
巨大な四人は慣れた様子で準備を進め、
その様子を見上げるテツロウは、
何となく視線の置き場に困りながら、
小さく頭をかいて苦笑するしかなかった。
やがて衣擦れの音も静まり、
大広間には再び穏やかな空気が流れ始める。
「お兄様もお着替えになられたようですね。
わたくしたちの着替えの様子も、
ご覧いただけましたか?」
リオは優美な水着姿で前にかがんで、
テツロウに問いかけた。
テツロウは、圧倒的な光景を前に、
ただ頷くことしかできなかった。
その頃。
温水プールユニットとの接続が完了し、
ログハウスの地下へ続く扉が静かに開いた。
「準備が整いましたよ」
エアリが微笑みながら告げる。
「では、地下の温水プールへ向かいますわ」
リオの言葉に、皆が頷いた。
その時だった。
「テツロウ様」
桃色の水着に身を包んだリブラが、
テツロウの前でそっと膝をつく。
「どうでしょうか~?
リブラの水着、似合っていますか?」
少し照れたように微笑みながら、
その場でくるりと一回転してみせる。
テツロウは思わず笑みを浮かべた。
「うん、とても似合ってるよ。
リブラちゃんらしい、優しい雰囲気だね」
「ありがとうございます~♪」
リブラは嬉しそうに目を細めると、
巨大な掌をテツロウの前へ差し出した。
「それでは、リブラがお連れしますね」
テツロウも慣れた様子で、
その柔らかな掌へ乗った。
リブラは大切な宝物を扱うように、
そっと両手で包み込む。
「それでは、出発です~♪」
嬉しそうな声とともに立ち上がると、
リオ、エアリ、タリアと並び、
地下の温水プールへと続く階段を
ゆっくりと下り始めた。
階段の先からは、
ほのかに湯気を帯びた暖かな空気が流れ込み、
澄んだ水面がきらきらと光を反射している。
こうして一行は、
完成したばかりの温水プールへと
足を踏み入れた。
テツロウは、リブラの両腕に抱えられながら、
ログハウスの地下へ接続された
温水プールユニットへ目を向ける。
そこには、想像していた以上に
立派な温水プールが広がっており、
あたたかな空気が心地よく流れている。
テツロウは思わず声を漏らした。
「すごいな……これ」
リブラも嬉しそうに微笑む。
「テツロウ様、すごいですよね~」
テツロウを大切そうに両腕で抱えながら、
リブラも温水プールを見渡した。
その時だった。
タリアは一足早く、
温水プールの壁際に置かれた大きな
収納ボックスの前まで駆け寄った。
「テツロウ氏! この中にヴァルゴmk2を
格納してありますぞ!」
するとエアリが、少し苦笑しながら声をかける。
「タリアさん。
急ぎたいお気持ちは分かりますが、
まずは皆さんで準備運動をしてから
プールに入りましょう」
リブラは頷くと、
「そうですね~。
準備運動をしてからの方が安心です♪」
と微笑みながら、
テツロウをプールサイドへ優しく下ろした。
エアリも穏やかに微笑む。
「テツロウさんも、準備運動をしましょうね。
何かあってからでは危ないですから」
テツロウは頷きながら顔を上げる。
気がつくと、巨大な水着姿の女性たちが、
テツロウを囲むように立っていた。
リオは優しく微笑み、
「お兄様。
焦らず、ゆっくり体をほぐしていきましょう」
タリアも元気よく拳を握る。
「安全第一ですぞ!
万全の状態で実験開始です!」
まずは手首をゆっくりと回す。
続いて肩を大きく動かし、腕を伸ばす。
そして最後は、ゆっくりと屈伸運動。
プールサイドでは、巨大な水着姿の女性たちが、
それぞれ準備運動を始めていた。
一つひとつの動作はゆったりとしているのに、
その大きさゆえ、
テツロウの目には迫力満点に映る。
巨大な腕が動くたびに風がふわりと流れ、
屈伸をするたびに足元へ伝わるわずかな振動が、
巨大さをより実感させていた。
テツロウも皆に合わせて体を動かそうとする。
しかし、頭上で繰り広げられる
圧倒的な光景に思わず見入ってしまい、
思うように体が動かせなかった。
「お兄様」
優しい声とともに、リオがそっと膝をつく。
「体が固くなったままでは危ないですわ。
まずはしっかり体をほぐしましょうね」
そう言うと、
リオはテツロウを両手で優しく持ち上げた。
小さな体を気遣いながら、
肩や腕をそっと支え、
一緒にゆっくりと腕を回していく。
「はい、お兄様。肩の力を抜いてくださいね」
「う、うん」
テツロウも力を抜きながら、
リオの動きに合わせて
少しずつ体をほぐしていく。
その様子を見守っていた
エアリも穏やかに微笑んだ。
「これなら安心ですね。無理をせず、
少しずつ慣らしていきましょう」
タリアも元気よく腕を回しながら頷く。
「テツロウ氏に何かあってはいけませんので!」
リブラもにこりと微笑み、
「皆さん一緒なら安心ですね~」
と、ゆっくりと屈伸運動を続ける。
こうして一行は、笑顔に包まれながら、
それぞれの体を十分にほぐしていった。
では、満を持して、
タリアは収納ボックスを開き、テツロウに
ヴァルゴmk2を披露した。
白と紺を基調とした丸みのある機体は、
以前のヴァルゴよりも洗練された印象だった。
胸部の大きな透明キャノピーが、
ひと目で新型機だと感じさせた。
「どうですか? テツロウ氏。
以前とは一新しましたぞ!」
テツロウはリオの腕に抱えられながら、
ヴァルゴmk2を見つめた。
「おお、水中用って感じだな」
感心したように、そうつぶやいた。
「陸上でも水中でも活躍できますぞ。
では、さっそく搭乗をお願いします!」
タリアは意気揚々とヴァルゴmk2の
キャノピーを開き、
テツロウへ搭乗を促した。
「タリアちゃん。この機体も、
どうやって搭乗するんだ?」
テツロウは素朴な疑問を口にする。
「……!?」
タリアはその場で固まり、少し考え込んだ。
「……リオさん、お願いしますぞ。」
リオは嬉しそうに微笑み、
腕の中のテツロウへ優しく語りかけた。
「お兄様の搭乗なら、
わたくしがしっかりお手伝いいたしますわ。
どうぞ、遠慮なさらないでくださいね」
リオはそう微笑むと、
腕の中のテツロウをキャノピーの
開いたコクピットへ、
そっと乗せてあげた。
テツロウはコクピットへ座ると、
静かにキャノピーを閉じる。
球状のキャノピー越しには、
膝をついたリオとタリアが見守り、
少し後ろではエアリとリブラも
優しくテツロウを見つめていた。
ヴァルゴmk2の実験が、
いよいよ始まろうとしていた。
■第九章 第六話へ続く
第九章第五話、お読みいただきありがとうございます。
新たに完成した温水プールと、
ついに姿を現したヴァルゴmk2。
準備も整い、いよいよ実験開始です。
不思議な年の瀬は、さらに続きます。
次回は10月16日(金)公開予定です。
次回もよろしくお願いいたします。




