第九章 不思議な年の瀬、その先に②
第九章第二話です。
年末の風物詩、大掃除。
エミ、ミニ、リオ、タリアたちが
ログハウスの大掃除を始めます。
いつもの掃除も、
小さなテツロウの視点から眺めてみれば、
そこにはいつもと違う光景が広がります。
どうぞ、不思議な掃除のひとときをお楽しみください。
■第九章 第二話
テツロウは玄関先で、
改めて頭上を見上げた。
そこには、
巨大な妹たちとタリアの姿があった。
エミとミニは体操着姿。
年末の大掃除らしく、
動きやすい服装を選んだのだろう。
リオとタリアも、
掃除や点検をしやすそうな格好をしていた。
見上げるだけで、
首が少し疲れそうになる。
それほどまでに、
四人は大きかった。
「兄さん♪
では、ログハウスまでお運びしますね」
エミは、
巨大な掌をテツロウのそばへ差し出した。
テツロウは見上げる。
目の前には、
自分より遥かに大きな掌が広がっていた。
その巨大さに驚きながらも、
心のどこかでは、
何度も見てきた光景のような気もしていた。
「じゃあ、お願いするよ」
テツロウはそう言うと、
そっとエミの掌へ乗る。
エミは大切な宝物でも扱うかのように、
優しく持ち上げた。
そして、
柔らかな胸元へそっと寄せる。
「うふふ♪
兄さん、
少しの間だけですので……」
テツロウも少し照れながら、
小さくうなずいた。
その様子を見ていたミニが、
楽しそうに笑う。
「兄ちゃん♪
もっとエミ姉ちゃんに寄ってあげたら、
エミ姉ちゃん喜ぶよ♪」
「ミニ!」
エミが少し頬を赤くする。
ミニは相変わらず、
テツロウの反応を見るのが楽しいらしい。
やがて一行は歩き出した。
ほどなくして、
少し開けた空き地へ到着する。
タリアは端末を取り出した。
「では――」
「ログハウスを展開しますぞ」
そう言うと、
専用端末の操作を開始する。
次の瞬間。
地面が静かに震えた。
そして――
地下から巨大なログハウスが、
ゆっくりと姿を現した。
一行はログハウスの大広間へ入る。
リオは室内を見回すと、
小さくうなずいた。
「では」
「ここからは分担しましょうか♪」
そう言うと、
リオは窓の方へ視線を向ける。
「私は窓や高い場所を掃除しますわ」
「エミちゃんとタリアちゃんは、
畳のお掃除をお願いします」
エミとタリアはうなずく。
「はい♪」
「了解ですぞ」
そして、
リオは最後にミニへ視線を向けた。
「ミニちゃんは――」
ミニは首をかしげる。
「うん?」
リオは優しく微笑んだ。
「お兄様の安全を守ってくださいな♪」
一瞬。
ミニの表情が輝く。
「まかせて♪」
ミニは胸を張った。
「兄ちゃんは私が守るから!」
その言葉に、
エミは苦笑する。
「ちゃんと見ててあげてね?」
そう言うと、
エミは胸元へそっと添えていたテツロウを、
優しく持ち上げた。
「兄さん」
「少しの間、ミニにお願いしてもいいですか?」
「ああ」
テツロウがうなずく。
エミは大切な物を受け渡すように、
テツロウをそっとミニの掌へ乗せた。
ミニは慎重に両手を添える。
「もちろん♪」
ミニは元気よくうなずいた。
そして――
エミとタリアは、
大広間に置かれていたテーブルを折りたたみ、
畳掃除の準備へ入った。
リオも窓を半分ほど開けると、
窓拭きを始めていく。
それぞれが持ち場へ向かう中、
ミニは掌の上に乗っているテツロウを見つめた。
「兄ちゃん♪」
「邪魔にならないように遊ぼうね♪」
「遊ぶのかよ」
テツロウは思わず苦笑する。
しかし、
ミニは気にした様子もない。
そっと掌を持ち上げると、
テツロウを巨大な頬へ優しく寄せた。
「えへへ♪」
柔らかな感触が伝わってくる。
ミニは嬉しそうに頬をすり寄せた。
「ちゃんと守るからね♪」
その笑顔に、
テツロウは小さく息を吐いた。
どうやら、
ミニなりに真面目に見守るつもりらしい。
ミニは周囲を見回した。
そして、
高い位置の窓を拭いているリオを見つける。
「兄ちゃん♪」
「見て見て♪」
リオの邪魔にならないよう、
ミニはしゃがみ込むと、
テツロウを床へ優しく下ろした。
「ほら♪」
「上を見て♪」
ミニに促され、
テツロウはゆっくりと顔を上げた。
その瞬間――
思わず息をのむ。
遥か頭上。
巨大なリオが、
窓ガラスを拭いていた。
あまりにも高い。
見上げても、
すぐには全身が視界へ収まりきらない。
まず目に入るのは、
目の前にそびえる巨大な両脚。
さらに視線を上へ向ける。
ようやく、
その先にリオの上半身が見えてきた。
巨大な雑巾が、
ゆっくりと窓ガラスを滑っていく。
その一拭きだけでも、
自分の身体より何倍も大きな動きに見えた。
(……やっぱり、大きい)
何度見ても、
この光景だけは慣れそうになかった。
すると、
リオがこちらへ視線を向けた。
「お兄様♪」
「あまり近づくと危ないですけれど」
「その位置でしたら、
ゆっくり見ていて構いませんわ♪」
巨大な微笑みが、
遥か頭上から降り注ぐ。
テツロウは小さくうなずくことしか
できなかった。
その様子を見ていたミニは、
嬉しそうに笑う。
「ほらね♪」
「兄ちゃんもリオお姉ちゃん見てる♪」
リオは、
何かを思いついたように微笑んだ。
「ミニちゃん」
「少しお願いしてもよろしいかしら?」
ミニは首をかしげる。
「うん?」
リオが窓の外を指差すと、
ミニはぱっと笑顔になった。
「それ、面白そう♪」
「兄ちゃん♪」
「もっとすごいの見せてくれるって♪」
ミニはテツロウを再び優しく掌へ乗せる。
そして、
ログハウスの外へ回り込み、
窓ガラスの反対側まで歩いていった。
「ほら、兄ちゃん♪」
「ここから見て♪」
ミニに促され、
テツロウは目の前の窓ガラスへ視線を向ける。
次の瞬間――
思わず息をのんだ。
ガラス一枚隔てた向こう側に、
巨大なリオの姿が迫っていた。
窓拭きのために身を寄せたリオは、
その圧倒的な存在感のまま、
ガラス越しにこちらを見下ろしている。
手を伸ばせば届きそうなのに、
その距離は、
ガラス一枚で隔てられているだけ。
巨大な姿が目の前いっぱいに広がり、
思わず圧倒される。
(こんな近くで見ると……)
(やっぱり、すごいな……)
リオは優しく微笑んだ。
「お兄様♪」
「こちらからだと、
よく見えるでしょう?」
その穏やかな声が、
ガラス越しに聞こえてくる。
ミニは嬉しそうに笑った。
「兄ちゃん♪」
「すごいでしょ♪」
テツロウは苦笑しながら、
静かにうなずいた。
「……ああ」
「本当に、すごいよ」
その言葉に、
リオは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます♪」
「では、こちらはもう少しで終わりますので」
「ミニちゃん、お兄様をエミちゃん達の
ところへお願いできますか?」
「うん♪」
ミニは元気よく返事をすると、
再びテツロウを優しく掌へ乗せた。
「兄ちゃん♪」
「今度はエミ姉ちゃん達のところ行こう♪」
ミニはテツロウを大切に抱えたまま、
大広間の中央へ戻っていく。
その頃には、
エミとタリアの箒がけも終わりを迎えていた。
集めた埃を片付けると、
二人は互いに顔を見合わせる。
「これで終わりかな♪」
エミがそう言うと、
タリアは小さくうなずいた。
「では次は雑巾がけですぞ」
タリアは用意してあったバケツへ向かう。
エミも固く絞った雑巾を手に取り、
畳へ視線を落とした。
「兄さんが、このあと赤い鉢巻きのテストを
しますからね♪」
「いつもの場所も、綺麗にしておかないと」
「その通りですぞ」
タリアは雑巾を手にしたまま答える。
「テスト環境を整えるのも、
大切な準備ですからな」
そう言うと、
エミとタリアは畳へしゃがみ込み、
雑巾がけを始めた。
巨大な両手が畳へ添えられ、
白い雑巾がゆっくりと滑り始める。
その光景を、
ミニに抱えられたテツロウは
静かに見上げていた。
ミニはテツロウを掌に乗せたまま、
雑巾がけを始めようとしている
エミの後ろへ回り込んだ。
そして、
テツロウをエミのすぐ後ろへそっと差し出す。
「兄ちゃん♪」
「ここからなら、
エミ姉ちゃんもよく見えるでしょ♪」
エミがしゃがみ込む。
背中から臀部へとなだれ込むその巨大な体躯が、
テツロウの目の前いっぱいに広がっていた。
雑巾を滑らせるたび、
身体がゆっくりと前後へ動く。
そのたびに、
巨大な存在感を改めて実感する。
エミは後ろを振り返る。
「あっ……」
そして、
困ったように微笑んだ。
「もう、ミニちゃんったら♪」
「兄さん、困ってるでしょ?」
ミニは首を横に振る。
「違うよ♪」
「兄さん、嬉しそうだもん♪」
「ね?」
突然話を振られたテツロウは、
思わず言葉に詰まる。
「いや、その……」
照れ隠しに頬をかきながら、
曖昧に笑うことしかできなかった。
そんな様子を見たエミは、
くすりと笑う。
「兄さん♪」
「もし兄さんがご希望でしたら、
後でゆっくり見せてあげますから」
「今はミニちゃんに
乗せられないでくださいね♪」
「えっ?」
テツロウは思わず聞き返す。
エミは意味ありげに微笑むだけだった。
「兄ちゃん♪」
「邪魔にならないようにしないとね♪」
ミニはそう言いながら、
テツロウへ視線を向けた。
「お前なぁ……」
テツロウは思わず苦笑する。
ミニはくすっと笑うと、
テツロウをそっと持ち上げた。
そして、
自分の太ももの上へ優しく下ろす。
「ここなら大丈夫でしょ♪」
ミニはテツロウを見下ろし、
にこりと微笑んだ。
テツロウはミニの太ももの上から、
見上げる。
目の前では、
エミとタリアが畳を丁寧に拭き進めていた。
「……まぁ」
「ここなら邪魔にはならないか」
テツロウは何とも言えない表情を浮かべながら、
大人しくその場で掃除の様子を見守るのだった。
しばらくして――
畳全体が、
丁寧に拭き上げられた。
エミとタリアは立ち上がると、
ミニの太ももの上にいるテツロウを見下ろす。
「兄さん♪」
「どうですか?」
エミが優しく微笑む。
タリアも小さくうなずいた。
「テツロウ氏」
「綺麗になりましたぞ」
テツロウは畳へ視線を向ける。
「ああ」
「すごく綺麗だな」
その言葉に、
ミニは嬉しそうに笑った。
「兄ちゃん♪」
「もっと近くで見せてあげる♪」
ミニはテツロウをそっと持ち上げると、
エミとタリアの間にある畳の上へ、
優しく下ろした。
テツロウは腰を下ろし、
目の前の畳を見回す。
塵ひとつ見当たらない。
丁寧に磨き上げられた畳は、
心地よい香りを漂わせていた。
「これなら……」
「気持ちよく使えそうだな」
ふと、
テツロウは顔を上げる。
すると、
頭上にはエミ、ミニ、タリアの三人が、
心配そうな表情でこちらを覗き込んでいた。
三人の巨大な笑顔が視界いっぱいに広がる。
その光景に、
テツロウは思わず苦笑した。
「畳を見るつもりだったのに……」
「結局、みんなの方へ目がいっちゃうな」
「リオ姉さんも終わったかしら♪」
エミは廊下の方へ声を掛けた。
「リオ姉さーん♪」
ほどなくして、
窓掃除を終えたリオが戻ってくる。
「お待たせしました♪」
リオは微笑みながら、
皆の元へ歩いてきた。
「タリアちゃん」
「地下はどうしましょうか?」
タリアは小さくうなずく。
「地下施設は、このログハウスとは
別ユニットになっていますぞ」
「ですので」
「ログハウスを展開した後は、
地下施設のユニットが、
端末によって自動的に接続される構造ですぞ」
テツロウは首をかしげる。
「じゃあ……」
「地下へは普通に行けるのか?」
「その通りですぞ」
タリアはうなずいた。
「地下施設は独立していますので、
テツロウ氏がこちらに居なくても、
切り取り部屋の一つ下の階、
青星家地下四階から
自由に出入りできますぞ。」
「なるほど」
テツロウは納得したようにうなずく。
リオは優しく微笑んだ。
「お兄様♪」
「では、この後はいよいよ」
「お楽しみの赤い鉢巻きのテストですわ♪」
「赤い鉢巻き?」
ミニは首をかしげる。
「なにそれ?」
エミはくすりと笑った。
「ミニちゃんは、
さっきミナミさんのお話の時は
いなかったもんね♪」
そして、
ミニの耳元へ顔を寄せる。
「ごにょごにょ……」
説明を聞いたミニの表情が、
みるみる明るくなっていく。
「えっ!」
「それ楽しそう♪」
「ミニも混ぜて~♪」
タリアは微笑みながら、
テツロウへ視線を向けた。
「では、テツロウ氏」
「お願いいたしますぞ」
四人の期待の視線が、
一斉にテツロウへ集まる。
畳の上に立つテツロウは、
その視線を見回した。
(なんだろう……)
(みんな、すごく期待してるな……)
テツロウは苦笑しながら、
白衣のポケットへ手を伸ばす。
そこには、
ミナミから託された桐箱が収められていた。
こうして、
赤い鉢巻きの初テストが始まるのだった。
■第九章 第三話に続く
第九章第二話、お読みいただきありがとうございます。
みんなで始めた年末の大掃除も無事終了。
テツロウにとっては、
何気ない掃除のひとときも、
いつもとは少し違う賑やかな時間になったようです。
そして、綺麗になったログハウスで待っているのは――
ミナミから託された「赤い鉢巻き」の初テスト。
大掃除を終えて、
ここからさらに「不思議な年の瀬」が動き始めます。
次回は10月6日(火)公開予定です。
次回もよろしくお願いいたします。




