第七章 不思議な虚空の中の宴①
第七章「不思議な虚空の中の宴」スタートです。
先日、体調を崩してしまったテツロウでしたが、
どうやら無事に日常へ戻ってきたようです。
巨大な仲間たちに囲まれながら過ごす、
少し不思議な冬の日常。
今回から始まる新たな物語を、
お楽しみいただければ幸いです。
【登場人物】
■青星テツロウ
本作の主人公。
体調も回復し、いつもの日常へ戻りつつある。
■赤井エアリ
テツロウの幼馴染。
今日もテツロウを見守りながら、一緒に仕事をしている。
■青星リオ
テツロウの妹。
大学の講義を受けながら、テツロウの様子を見守っている。
■紫雲タリア
『宇宙のもと』関連技術の開発担当。
今日も新しい試作品の実験を進めている。
■第七章 第一話
十二月初旬。
テツロウは今日も、
スターライトカンパニーへ出勤していた。
冬の朝。
吐く息は白く、
街の空気は少しだけ冷たい。
ビルの自動ドアを抜けると、
見慣れた受付と暖かな照明が迎えてくれる。
「おはようございます」
いつものように挨拶をすると、
奥からエアリが姿を現した。
黄色いメガネの奥で、優しそうに微笑んでいる。
「テツロウさん。
今日も、屋上へ来てくださいますか?」
「……また?」
テツロウは思わず苦笑した。
最近、朝になると、
エアリに屋上へ呼ばれることが増えていた。
理由を聞いても、エアリは曖昧に微笑むだけ。
だが不思議と、嫌な感じはしなかった。
――むしろ。
どこか安心するような感覚すらある。
「わかったよ、エアリちゃん」
「はい、お待ちしていますね」
エアリは小さく頭を下げると、
そのままエレベーターの方へ歩いていった。
数分後。
テツロウは
スターライトカンパニーの屋上へ出ていた。
冷たい風が吹き抜ける。
見上げれば、澄み切った冬空が広がっていた。
「……エアリちゃん?」
周囲を見回した、その時だった。
「テツロウさん」
頭上から、優しい声が降ってくる。
振り向いたテツロウは、思わず息を呑んだ。
そこには――
ビルよりも遥かに巨大なエアリが立っていた。
長い赤髪が冬の風に揺れ、
黄色いメガネが朝日に反射している。
その表情は、どこまでも穏やかだった。
テツロウは、その姿を見上げながら、
どこか自然に受け入れ始めている
自分に気づいていた。
「テツロウさん……」
巨大なエアリは、愛おしそうに目を細める。
「さあ、今日も“あちら”でお仕事をしましょう」
「あちら……?」
次の瞬間。
巨大な手のひらが、そっとテツロウを包み込む。
優しく。
壊れ物を扱うように。
そしてそのまま、
白衣の胸ポケットへと収められた。
「うわっ……近い……」
柔らかな温もりが伝わってくる。
最近、おぼろげながら思うことがあった。
――自分は毎朝、
こうしてエアリに包まれている気がする。
だが、それ以前の記憶が少し曖昧だった。
巨大なエアリは、
小さなテツロウを胸元へ宿したまま歩き出す。
冷たい冬空。
ビル街を見下ろす巨大な視界。
そのまま、エアリは屋上の端へ立つと――
次の瞬間。
景色が、ゆっくりと歪んだ。
足元から木の床が広がり、
冷たい風は暖かな空気へ変わっていく。
次に視界が開けた時。
そこには、広大な和室が広がっていた。
木の香り。
暖かな空気。
そして中央には、
大きなちゃぶ台。
その上には、
テツロウ用の小さなデスクが置かれていた。
「テツロウさん。
今日もここでお仕事しましょうね」
エアリはそう言うと、
テツロウを優しくちゃぶ台の上へ下ろした。
「病み上がりですので、
こうして傍で見守らせていただきます」
「いや……もうだいぶ元気なんだけど……」
苦笑するテツロウ。
その時だった。
「おはようございます、お兄様」
穏やかな声が響く。
続いて。
「テツロウ氏、おはようです」
和室の入口には、
巨大なリオとタリアが立っていた。
「リオちゃんに、タリアちゃん?」
テツロウは思わず目を丸くする。
――あれ?
リオは今朝、
大学へ向かうところを見送ったはずだ。
だが、目の前のリオは、
何事もなかったかのように微笑んでいる。
しかも今日は、
黒いチャイナドレス姿だった。
艶のある黒い生地が、
暖かな和室の灯りを受けて静かに輝いている。
深く入ったスリット。
脚のラインに沿う細やかな刺繍。
そして、ゆったりと流れる長い青髪。
以前見た時よりも、どこか大人びて見えた。
「今日はオンライン講義ですので」
リオは、ふふっと柔らかく笑う。
「エアリさんに、
お兄様を見守りながら
受けませんかと誘われまして」
「効率的ですので」
隣でタリアも小さく頷いた。
既に巨大なノートパソコンを開き始めている。
「それに――」
リオは、
そっとチャイナドレスの裾へ手を添えた。
「今日は、
お兄様のためにこちらを選んでみました」
「以前、お兄様に
楽しんでいただけたようでしたので」
「えっ」
テツロウは思わず視線を逸らす。
「いや……その……似合いすぎというか……」
「ふふっ、ありがとうございます」
リオは嬉しそうに微笑んだ。
一方その隣では、巨大なタリアが
ノートパソコンを操作しながら冷静に頷いていた。
「心理的安定効果は高いと思われます」
「そこ、分析するところなの……?」
テツロウは苦笑する。
その後。
テツロウは、
ちゃぶ台の上に置かれた自分用のデスクへ向かった。
小型モニター。
資料端末。
そして、いつもの解析データ。
「それじゃ、今日も始めるか……」
小さく呟きながら、キーボードへ手を伸ばす。
その周囲では。
巨大なエアリ、リオ、タリアの三人が、
それぞれ巨大なノートパソコンを広げていた。
キーボードを叩く音。
オンライン講義の音声。
静かな電子音。
三人は作業や講義を進めながらも、
ときおり視線をテツロウへ向けてくる。
まるで、小さな彼を見守るように。
「……なんだか、仕事に集中しづらいなあ」
テツロウが苦笑した、その時。
「お兄様」
リオが優しく声を掛けてくる。
「少し、小休止しませんか?」
「え?」
次の瞬間。
巨大な指先が、そっとテツロウを持ち上げた。
壊れ物を扱うように。
丁寧に。
そのまま、リオは優しく微笑む。
「さあ、お兄様」
「リオの特等席で、小休止してください」
「いや……」
テツロウは、近づいてくる柔らかな温もりを前に、
思わず視線を逸らした。
「なお、落ち着かないんだけど……」
「ふふっ」
リオは楽しそうに笑った。
リオの特等席で小休止していたテツロウへ向けて。
タリアが、ふと巨大な掌を差し出した。
「テツロウ氏。ちょっと、
こちらを試していただいてもいいですか?」
「ん?」
その掌の上には、
小さな翼付きの装置が置かれていた。
簡易グライダーのような形状。
軽量フレームに、
小型スターライト補助機構らしきものまで
付いている。
「先日、大迷宮で高所から
飛び降りた件があったと思いますが」
「なんか……
キャンプではしゃいでた時かな?」
テツロウが首を傾げる。
すると、
エアリが少しだけ困ったように微笑んだ。
「テツロウさん。やはり、
うまく思い出せないんですね」
「え?」
「ですので」
タリアは淡々と続ける。
「高所からでも、テツロウ氏が
安全に飛び降りられる装置を試作していました」
「これならどうかと」
気づけば。
テツロウは、リオの特等席から、
タリアの巨大な掌へ移されていた。
「うわっ……」
タリアは座っている。
それでも、
掌の位置はテツロウにとってかなり高い。
下を見れば、
ちゃぶ台が遥か遠くに感じる。
「ここから飛ぶの?」
思わず声が引きつる。
すると、リオが優しく微笑んだ。
「大丈夫ですわ、お兄様」
「何かありましたら、
私たちが受け止めますから」
「テツロウさんの今後の安全のためには、
必要なことですしね」
エアリも穏やかに頷く。
「いや、その二人が受け止める前提なのが、
既におかしい気がするんだけど……」
テツロウは苦笑しながら、
小さなグライダーを見下ろした。
テツロウは、巨大なタリアの掌の端へ立つ。
眼下には、広大な和室。
ちゃぶ台でさえ、
自分にとっては巨大な台地のように見える。
その高さに、思わず喉が鳴った。
「本当に飛ぶんだよね、これ……」
小さく呟きながら、
テツロウはグライダーのコントロールバーを握る。
軽量フレームの感触。
スターライト補助機構が、淡く青く光っている。
「大丈夫ですわ、お兄様」
リオが優しく微笑む。
「私たちが見ていますから」
「安全制御は組み込んでありますので」
タリアも冷静に頷いた。
エアリもまた、静かに微笑む。
「テツロウさんなら、きっと飛べますよ」
「いや……飛べる飛べない以前に、
高いんだけど……」
三人に見守られながら。
テツロウは、ついに覚悟を決めた。
「……よしっ!」
タリアの巨大な掌の上を駆け出す。
助走。
そして――
勢いよく飛び出した。
「うわあぁっ!?」
思った以上に浮力が乗る。
グライダーは、ちゃぶ台を飛び越える勢いで
和室を滑空していった。
「お兄様、飛んでますわ……!」
リオが思わず声を弾ませる。
両手と両膝を畳についた姿勢のまま、
目を輝かせながらテツロウを見守っていた。
「テツロウさん、カッコいいですよ!」
エアリも楽しそうに声を掛ける。
その巨大な二人の姿が、
テツロウの視界いっぱいに広がっていた。
ゆっくりと降下しながら。
巨大な身体。
柔らかく流れる髪。
和室を埋め尽くすような存在感。
その中を、小さな自分が飛んでいる。
不思議な感覚だった。
そして――
テツロウは、畳の上へ無事着地した。
「っと……!」
軽く滑りながら停止する。
そのすぐ目の前には。
黒いチャイナドレスのスリットから伸びる、
リオの優美な脚があった。
巨大で。
しなやかで。
畳の上へ静かに置かれている。
「…………」
テツロウは、一瞬言葉を失った。
すると。
巨大なタリアが、その場へゆっくりとかがみ込む。
銀紫色の髪がさらりと垂れ、顔が近づいてきた。
「テツロウ氏、どうでした?」
「衝撃はありました?」
「え、ああ……」
テツロウは苦笑しながら頬を掻く。
「無事に着地できたよ」
「でも……違った意味の衝撃が、
すぐそこにあった気がする……」
「?」
タリアは不思議そうに首を傾げる。
一方。
リオはその意味に気づいたのか、
ふふっと小さく微笑んでいた。
そんな折だった。
エアリの巨大なノートパソコンから、
小さな電子音が鳴る。
「……メール?」
エアリは視線を向けると、
画面を静かに確認した。
そして。
少し驚いたように目を瞬かせる。
「父からですね」
「赤井教授から?」
テツロウが首を傾げる。
エアリは、小さく頷いた。
メールの内容は――
来週。
大学にて、『宇宙のもと』に関する特別講師を、
テツロウへ依頼したいというものだった。
「……えっ?」
テツロウが固まる。
その直後。
巨大なエアリが、
畳の上のテツロウへ向けて身を乗り出した。
柔らかな髪がさらりと垂れ、
巨大な顔がぐっと近づいてくる。
「テツロウさん!」
エアリは嬉しそうに声を弾ませた。
「父からです!」
「大学で、特別講師をしてほしいって
依頼が来ています!」
「ええっ!?」
「どうしますか?」
黄色いメガネの奥の瞳が、
期待するように輝いていた。
その横で、リオがふと目を丸くする。
「エアリさんのお父様って……
赤井教授でしたよね?」
「ええ、そうですよ」
エアリは微笑みながら頷いた。
すると。
リオは嬉しそうに表情を綻ばせる。
「お兄様、ぜひ引き受けるべきですわ」
「赤井教授の講義でしたら、
私たちの大学でも有名ですもの」
「おお……」
タリアも感心したように身を乗り出す。
「テツロウ氏、ついに我が大学へ」
「いや、そんな大げさな……」
テツロウは苦笑する。
だが。
巨大な三人は、どこか本気だった。
「お兄様なら絶対に大丈夫ですわ」
「テツロウさんなら、きっと学生さん達も喜びます」
「技術的説明能力も問題ないかと」
三方向から一斉に言われ。
テツロウは思わず後ずさる。
「いやいや、待って」
「なんかもう、断れない空気になってない?」
その言葉に。
三人は顔を見合わせると、
くすっと楽しそうに笑った。
巨大な笑顔が、
和室の暖かな空気の中へ広がっていく。
「いや、本当に行く流れなんだ……」
テツロウは苦笑しながら頭を掻いた。
大学。
特別講師。
しかも、『宇宙のもと』について。
ついこの前まで、
そんな話とは無縁だったはずなのに。
気づけば。
自分の周囲は、少しずつ変わり始めている。
和室の向こうでは、
冬の柔らかな光が障子を照らしていた。
巨大な三人は、
それぞれ楽しそうに次の予定を話し始めている。
大学内の設備。
講義内容。
学生達の反応。
そんな声を聞きながら。
テツロウは、小さく息をついた。
「……まあ、行くだけ行ってみるか」
その瞬間。
「はいっ!」
「ふふっ、お兄様ならそう言ってくださると
思っていましたわ」
「これで予定確定ですね」
三人の嬉しそうな声が、一斉に響いた。
その光景に囲まれながら。
テツロウは、まだ少しだけ落ち着かない
気持ちのまま、苦笑する。
だが――
その先に待つ新しい出会いを。
この時の彼は、まだ知らなかった。
■第七章 第二話へ続く
第七章第一話をお読みいただき、ありがとうございました。
久しぶりの穏やかな日常回でした。
巨大な仲間たちに囲まれながら仕事をしたり、
新しい装備を試したり。
少し不思議な冬の日常は、まだまだ続きます。
※挿絵はAIを用いて作成しています。
AIの仕様や制約により、
イメージ通りに再現できていない部分もありますが、
あくまで参考イメージとして
補完しながらお楽しみいただければ幸いです。
次回 第七章 第二話は
8月14日(金)公開予定です。




