外伝Ⅱ 不思議なテツロウの対戦格闘ゲーム ①
今回は外伝II――
シグマワールドで動く、“対戦格闘ゲーム”のお話です。
テツロウ達が挑むのは、
どこか様子のおかしい「ULTRA EASY」モード――?
■外伝II①
天の川市、星見ヶ丘。
テツロウたちが暮らす、青星家。
その地下――
一階のガレージスペースで、
ひとりの女性が暮らしている。
紫雲タリア。
工具と機材に囲まれたその空間で、
彼女はひとつの箱を手にしていた。
「……また、ですか」
小さく呟く。
手にしているのは、
父から送られてきたゲームのパッケージ。
定期的に届く“テスト用ソフト”。
そのどれもが、どこか常識外れな仕様をしている。
タリアはパッケージを軽く傾け、光にかざした。
「対戦格闘ゲーム……ですか」
わずかに目を細める。
――嫌いではない。
むしろ、こういうシンプルなジャンルほど、
“中身”が極端になりやすいことを、
彼女はよく知っている。
そして、ふと。
頭の中に、ひとつの顔が浮かんだ。
「……テツロウ氏」
ぽつりと、その名を呼ぶ。
少しだけ、口元が緩む。
「一緒にやったら――面白そうですね」
ガレージの静かな空気の中で、
新たな“テスト”の気配が、
ゆっくりと動き始めていた。
「タリアちゃーん!」
元気な声とともに、
ミニが勢いよくガレージへ飛び込んできた。
「遊ぼうよー!」
満面の笑み。
そのまま、興味津々といった様子で周囲を見回し――
タリアの手元の箱に気づく。
「あ、それなに?」
ひょい、と身を乗り出す。
タリアは軽く持ち上げて見せた。
「父から届いたテスト用のゲームです」
「ゲーム!?」
ミニの目が一気に輝く。
「やるやる!」
タリアはほんのわずかに口元を緩めた。
「ちょうど、テツロウ氏と遊ぼうと思っていました」
「兄ちゃんも!?」
さらにテンションが上がるミニ。
その時――
エレベーターの到着音が響いた。
「ミニ、また勝手に先に行ってるでしょー!」
少し慌てたような声。
扉が開き、
現れたのはエミとリウスだった。
「すみません、タリアさん。
またミニが急に走り出しちゃって……」
エミは少し息を弾ませながら微笑む。
その後ろで、リウスは軽く肩をすくめた。
「まったく……元気すぎるよ、ミニ君は」
「だって面白そうなのあったんだもん!」
ミニは胸を張る。
タリアは改めてパッケージを二人へ見せた。
「対戦格闘ゲームです。父からのテスト用ですね」
「格闘ゲーム……」
エミの目が少しだけ輝く。
「なんか、楽しそう……!」
「へえ、いいじゃん」
リウスも興味深そうに覗き込む。
「で、誰が一番強いか決める感じ?」
「やるやる! ボク負けないよ!」
「いやいや、ミニは絶対ボタン連打タイプでしょ」
「ちがうもん!」
早くも小さな火花が散る。
エミはくすっと笑いながら、タリアを見る。
「タリアさん、これ……みんなでやるんですか?」
「ええ。そのつもりです」
タリアは静かに頷いた。
「テツロウ氏も含めて」
その名前が出た瞬間――
「兄さんもやるの!?」
ミニがさらに食いつく。
「じゃあ絶対やる!」
エミは少し嬉しそうに微笑んだ。
「これは……にぎやかになりそうですね」
リウスは小さく笑って、腕を組む。
「面白くなってきたね」
自然と笑い声が広がっていく。
そして――
タリアは、ゲームパッケージを見つめたまま。
ほんのわずかに、視線を細める。
「……さて」
小さく呟く。
「どんな“仕様”になっているのか――
楽しみですね」
その一言で、空気は決まった。
「じゃあ行こ!」
ミニが勢いよく振り向く。
「兄ちゃんのとこ行こ!」
「え、もう行くの!?」
エミが少し驚きながらも後を追う。
リウスは軽く肩をすくめた。
「どうせ止めても無駄でしょ」
タリアも静かに頷く。
「ええ、直接持っていった方が早いですね」
青星家、地下フロアへと続くエレベーター。
扉が開くと、全員が一斉に乗り込む。
「地下二階っと」
ミニが迷いなくボタンを押した。
小さな電子音。
――ウィン。
静かな駆動音とともに、ゆっくりと下降が始まる。
密閉された空間に、わずかな緊張と期待が混ざる。
「格闘ゲーム、か……」
リウスがぽつりと呟く。
「普通じゃなさそうだよね」
「ええ」
タリアは短く応じる。
「父のものですから」
その一言で、全員がなんとなく察した。
――普通では終わらない。
やがて。
軽い振動とともに、エレベーターが停止する。
「着いた!」
ミニが待ちきれずに言う。
扉が開く。
そこは――
青星家、地下二階。
淡い光に包まれた研究区画だった。
「兄ちゃーん!」
ミニが勢いよく声を上げる。
機材の光に満ちた空間。
中央には、
淡く発光する球体装置――“宇宙のもと”。
その手前で――
白衣の青年が、モニターに向かっていた。
「……ん?」
振り返る。
黒縁のメガネが光を反射する。
青星テツロウ。
「どうしたんだ、みんな揃って」
少し驚いたように目を細める。
「ゲームやろうよ!」
間髪入れず、ミニが飛び込む。
「今すぐ!」
「いや急すぎるだろ……」
テツロウは苦笑した。
エミが一歩前に出る。
「タリアさんのところに、
テスト用のゲームが届いたんです」
「一緒にやりませんか?」
その言葉に、テツロウの視線がタリアへ向く。
タリアは静かに、
手にしていたパッケージを差し出した。
「こちらです」
テツロウはそれを受け取り、表面に目を落とす。
「……シグクエファイター2x、か」
小さく読み上げる。
聞き慣れないタイトル。
だが――
「なんか面白そうだな」
自然と、そんな言葉が口をついて出た。
リウスが横から覗き込む。
「でしょ?どうせ普通じゃないやつだよ」
「タリアちゃんの父さんのだしな……」
テツロウは苦笑する。
ミニは待ちきれない様子で身を乗り出した。
「やろうよ兄ちゃん!ね!」
エミもそっと続く。
「お願いします、兄さん」
「みんなでやったら、きっと楽しいです」
その視線を受けて――
テツロウは一度だけ、
“宇宙のもと”へと目を向けた。
淡く光る球体。
そして、手の中のゲームパッケージ。
「……わかったよ」
小さく笑う。
「せっかくだし、やってみるか」
その一言で、空気が一気に弾けた。
「やったー!」
ミニが跳ねる。
リウスも口元を緩めた。
「決まりだね」
タリアは静かに頷く。
「では――早速、ゲームを始めましょう」
その言葉に、テツロウがわずかに眉を上げる。
「ここで?」
「はい」
タリアの視線は、“宇宙のもと”へ向けられていた。
「その方が、都合が良さそうです」
テツロウは手にしたパッケージを軽く見下ろし――
ふと、口を開く。
「……このゲームも、
シグマワールドで起動するんだよな?」
タリアへと視線を向ける。
タリアは一瞬だけ目を細め、すぐに頷いた。
「ええ、もちろんです」
そのまま、“宇宙のもと”へ視線を向ける。
「今回は、格闘ゲーム仕様の領域が
構築されるはずです」
その一言で――
場の空気が、わずかに変わる。
ただのゲームではない。
“あの世界”で動くものだと、全員が理解した。
エミがそっと一歩前に出る。
「では……」
柔らかく微笑みながら言う。
「私たちは、切り取り部屋で待機していますね」
そして、少しだけ楽しそうに続けた。
「どんなゲームか……楽しみですね」
「うふふ」
ミニはすぐに反応する。
「え、そっか! 観る側か!」
「それも面白そうだね」
リウスも軽く頷く。
タリアは静かに続けた。
「今回は、挙動の確認も必要ですので」
「外側からの観測は必須ですね」
「なるほどな……」
テツロウは小さく息をつく。
いつもの流れ。
“宇宙のもと”を使った実験形式。
「じゃあ、準備できたら合図するよ」
「はーい!」
ミニが元気よく返事をする。
数分後。
エミ、ミニ、リウス、
そしてタリアの四人は、
地下三階――切り取り部屋へと移動していた。
広大な空間の中、淡い光が満ちる観測領域。
「映像、安定してます」
タリアが端末を操作しながら呟く。
「いつでもいけますよ」
エミは静かに頷き、中央の空間を見つめた。
「兄さん……」
その表情には、わずかな期待が浮かんでいる。
ミニは落ち着かない様子でぴょこぴょこと動き回る。
「まだかなまだかなー!」
リウスは腕を組み、軽く笑った。
「始まればすぐでしょ」
一方――地下二階。
テツロウは、“宇宙のもと”の前に立っていた。
手には、『シグクエファイター2x』のパッケージ。
そして――シグマワールド用カセット。
「さて……」
小さく呟く。
カセットを装置へとセットする。
カチリ、と小さな音。
次の瞬間。
“宇宙のもと”が、わずかに強く発光した。
「お……?」
テツロウが目を細める。
モニターに、見慣れないUIが浮かび上がる。
タイトル
シグクエファイター2x
MODE:ULTRA EASY
「……ウルトライージー?」
思わず読み上げる。
だが――
その光は、次第に強くなっていく。
足元から、淡い粒子が立ち上る。
「お……?」
テツロウが目を細める。
「これは……」
違和感を覚えた瞬間。
視界が白く染まり――
次の瞬間。
景色が、一変した。
「……ん?」
テツロウは小さく息を吐いた。
気づけば、どこかの地面の上に立っていた。
どこかのフィールドに――
「ここは……」
周囲を見渡す。
その瞬間。
視界の端に、光が走った。
STAGE 1
ジャングル
次の瞬間。
景色が、一変した。
鬱蒼と茂る木々。
頭上を覆う濃い緑。
絡み合う蔦と、湿った土の匂い。
遠くで鳴く、聞き慣れない生き物の声。
「うわっ……」
思わず声が漏れる。
さっきまでの無機質な空間は消え――
完全に、“別の世界”になっていた。
「いきなりかよ……」
小さく呟く。
だが、その時。
木々の向こう側が、大きく揺れた。
枝が折れ、葉が舞う。
そして――
その姿が、現れる。
「……え?」
テツロウの言葉が止まる。
青いツインテール。
ぴんと立った猫耳。
腰の後ろで揺れる、しなやかな尻尾。
軽やかな装備。
拳には、肉球型のグローブ。
――完全に、“戦うための姿”。
だが。
そのサイズは――
あまりにも、違いすぎた。
「ミニ……?」
見上げる。
それでも、まだ足りない。
巨大なミニが、楽しそうにこちらを見下ろしていた。
「みーつけた!」
にぱっと笑う。
その声だけで、空気が震える。
軽く構えを取る。
両拳を前に出し、体をしならせる。
まるで、最初から“戦う気満々”だ。
「え、ちょっと待て――」
テツロウが言い終わる前に。
ミニが一歩、踏み出す。
――ドンッ!
地面が揺れる。
その衝撃で、足元の土が跳ねる。
「うわっ!」
思わず後ずさる。
だがミニは止まらない。
ぐっと体を沈め――
にやっと笑った。
「ボク、強いよ?」
挑発するような声。
そして。
FIGHT!
「これが……ULTRA EASY、かよ……」
テツロウは思わず呟く。
その直後。
――ドンッ!
巨大な影が、一気に迫ってきた。
「兄ちゃん、いくよー!」
ミニの明るい声。
次の瞬間――
視界いっぱいに、ミニの顔が迫る。
「うわっ!?」
逃げる間もなく。
指先が、そっと――
テツロウの体をつまみ上げた。
「え、ちょ――」
そのまま。
ふわりと持ち上げられ――
ミニの頬へ。
「えへへ」
すり、すり。
柔らかい感触と、温もり。
巨大な頬に、押し当てられる。
「兄ちゃん、どう?」
無邪気な声が響く。
「ミニの攻撃、効いてる?」
「ち、近い……!」
テツロウは思わず顔をしかめる。
「これが……攻撃?」
ミニはきょとんとしたあと、
少し不満そうに頬をふくらませた。
「えー」
「兄ちゃん、反撃してよ」
あくまで楽しそうに言う。
まるで遊びの延長だ。
「反撃って……」
テツロウは戸惑う。
この体格差。
どう見ても、勝負にならない。
だが――
「……やるしかない、か」
小さく息を吐く。
そして。
ミニの頬へ向かって――
拳を突き出した。
コツン。
軽い接触。
だが。
ミニは、ぱっと表情を緩めた。
「……あ」
くすぐったそうに笑う。
「お兄ちゃんの攻撃……」
「くすぐったくて、気持ちいい……」
そのまま。
すりすりと、さらに頬を寄せてくる。
「ちょ、やめ――」
テツロウの声が届く前に。
ミニはそのまま――
どさっ、と。
大きな音を立てて、その場に倒れ込んだ。
仰向けに。
ジャングルの地面が、揺れる。
「えへへ……」
満足そうな声。
テツロウは、まだ頬に押し当てられたまま。
「お兄ちゃん……」
ミニは楽しそうに笑う。
「ミニの負けです」
「楽しかったー」
「……は?」
テツロウは、完全に思考が追いつかない。
頬に押し当てられたまま。
巨大なミニの温もりに包まれながら。
「これが……格闘ゲーム?」
疑問だけが、頭の中を巡る。
――ULTRA EASY。
その意味を、少しだけ理解した気がした。
外伝II ②へ続く
外伝II①をお読みいただき、ありがとうございました。
“ULTRA EASY”な格闘ゲームは、
どうやら普通の対戦では終わらないようです。
次回は、第二・第三ステージへ――。
外伝II②は、7月31日公開予定です。




