第六章 不思議な夢と、その残像④
第六章・第四話です。
眠りの中で、テツロウは不思議な光景を見ることになります。
【登場人物】
・青星テツロウ
・青星エミ
・赤井エアリ
・青星リオ
・紫雲タリア
・???
・???
・???
■第六章 第四話
ログハウスの中は、静かな空気に包まれていた。
畳の上。
やわらかな灯りの中で――
エミは、テツロウのそばに寄り添っていた。
その体を、そっと支えるように抱き寄せながら、
じっと様子を見つめている。
「……兄さん……」
小さく、名前を呼ぶ。
返事はない。
けれど――
その呼吸は、ゆっくりと落ち着いていた。
ぬくもりも、ちゃんとある。
「……大丈夫だよ」
自分に言い聞かせるように、もう一度だけ呟く。
そのまま、額にかかる髪をそっと整えた。
触れるたびに、わずかに鼓動が伝わってくる。
その小さな反応に、ほっと息をつく。
エミは、変わらずテツロウを見守っていた。
呼吸。
体温。
わずかな動き。
その一つ一つに、意識を向けている。
――と。
ふと、その表情がわずかに変わった。
ほんの一瞬だけ、口元が緩む。
「……」
少しだけ驚く。
(……今……)
穏やかで。
どこか、やさしい表情。
まるで――
「……夢、でも見てるのかな……」
小さく、呟く。
その様子が、どこか愛おしく思えて――
エミは、そっと視線をやわらげた。
「……ほんとに……」
思わず、微笑みがこぼれる。
「……かわいいな……」
小さく、小さく。
誰にも聞こえないくらいの声で。
そのまま、もう一度だけ顔をのぞき込む。
――と。
戸の向こうで、気配が動いた。
「……失礼します」
静かな声とともに、戸が開く。
入ってきたのは、エアリだった。
その後ろから、リオも姿を見せる。
「様子はどうですか?」
落ち着いた声。
エミは顔を上げ、小さく頷いた。
「うん……少し落ち着いてきたみたい」
それを聞いて、エアリも安堵したように息をつく。
リオは、そっと視線を落とした。
「……お兄様」
やわらかく、名前を呼ぶ。
そのまま、少しだけ近づく。
エアリは、そっと周囲を見渡した。
そして、すぐに毛布を手に取る。
「冷えますから」
静かに言いながら、エミの肩へそっとかけた。
同時に、リオも反対側からもう一枚を添える。
「無理なさらないでくださいね」
やさしい声。
二人の手が重なり、
自然とエミごとテツロウを包み込むような形になる。
「……ありがとう、エアリさん」
エミは小さく微笑んだ。
そのまま、テツロウを抱く腕に少しだけ力を込める。
やがて――
さらに足音が近づいてきた。
タリア。
リウス。
ミニたちも、次々と部屋に入ってくる。
それぞれが、静かに様子を見守る。
言葉は少ない。
けれど――
そこにあるのは、同じ気持ちだった。
ピスカは、その様子を少し離れた位置から見ていた。
そして、ふっとやわらかく微笑む。
「……テツロウちゃんは」
小さく、呟く。
「みんなに愛されているのね」
その言葉は、静かに空気に溶けていった。
エミは、変わらずテツロウを見守っていた。
呼吸。
体温。
わずかな動き。
そのすべてを、見逃さないように。
「……兄さん」
そっと、名前を呼ぶ。
その時――
エアリが、ふと首をかしげた。
「……あれ?」
少しだけ身を乗り出す。
「どうしたの、エアリさん……?」
エミが不安そうに問いかける。
エアリは、テツロウの顔をじっと見つめていた。
「……ここでは、メガネを外せないはずなのに」
小さく、呟く。
「少し、つらそうね……」
その言葉に、エミも視線を落とす。
テツロウの顔。
そのまま、目元へと意識が向いた。
「……あれ?」
エミの声も、わずかに揺れる。
そこにあったのは――
見慣れたはずの、メガネ。
けれど。
そのフレームの色が、違っていた。
「……青……?」
銀でもない。
黒でもない。
淡く光を帯びた――青いフレーム。
誰も、すぐには言葉を発せなかった。
ただ、静かにその変化を見つめる。
テツロウの呼吸は、変わらない。
穏やかなまま。
けれど――
その奥で、何かが動いているような気がした。
(……兄さん……)
エミは、そっとテツロウを抱き寄せる。
ぬくもりを確かめるように。
離さないように。
その時。
ほんのわずかに――
テツロウの指先が、動いた。
「……!」
エミが、はっと息をのむ。
「兄さん……?」
すぐ近くで、名前を呼ぶ。
けれど――
返事はない。
ただ、呼吸だけが、ゆっくりと続いている。
エアリは、その様子を静かに見つめていた。
「……反応はありますね」
落ち着いた声。
「意識が、どこかに向かっているような……」
その言葉に、誰もすぐには返せなかった。
ただ――
同じ感覚を、どこかで共有していた。
「……大丈夫だよ、兄さん」
小さく、囁く。
その声は、静かに溶けていった。
――その奥で。
意識が、ゆっくりと沈んでいく。
ぬくもりの中で。
やわらかな感覚に包まれながら。
そして――
焚火の火が、静かに小さくなっていく。
ぱち、と最後に弾けた音が、迷宮の中へ溶けていった。
「……そろそろ、行きましょうか」
メテルが、やわらかくそう告げる。
ミナミも、軽く頷きながら立ち上がった。
「うん。準備はいいよ」
軽い調子。
けれど、その動きには迷いがない。
ギンガ――テツロウは、
その様子を少し離れた位置から見ていた。
(……巨大……)
見上げる。
ただ、それしかできない。
母とミナミ。
知っているはずの存在なのに――
とてつもなく、大きい。
(……どういうことだ……)
胸の奥で、疑問が浮かぶ。
(……それに……)
視線を、自分の手へと落とす。
見慣れたはずの手。
けれど、どこか違う。
(……俺は……)
ゆっくりと、言葉になりかける。
(……親父に……なってる……?)
青星ギンガ。
自分の父の名前。
そのはずなのに――
その感覚が、妙に自然だった。
(……おかしい……)
確かに、そう思っている。
けれど。
その“おかしさ”が、長く続かない。
考えようとすると、
ふっと霧がかかったようにぼやけていく。
(……いや……)
思考が、ゆっくりと別の方向へ流れていく。
(……今は……)
ここは迷宮。
スターライトを取りに来ている。
それだけで、十分だ。
「兄さん、どうしたの?」
ミナミの声が、すぐ近くで響く。
気づけば、もう隣まで来ていた。
相変わらず、距離が近い。
「……いや」
自然に、言葉が出る。
「ちょっと、考えてただけだ」
それは、ほとんど無意識の返答だった。
ミナミは、少しだけ首をかしげる。
「また変なこと考えてるでしょ」
くすっと笑う。
「ほら――」
そっと手を差し出す。
「では、出発しましょう」
やわらかな声とともに、
その掌が、ギンガの足元へと差し出される。
巨大な掌。
その中央へ――
ギンガは、やさしく乗せられた。
ふわりとした感触。
温もりが、じんわりと伝わってくる。
ミナミは、優しく微笑んだ。
「いつもの、ギンガ兄さんの特等席にご案内しますね」
軽やかな声。
ゆっくりと、持ち上げられる。
視界が、わずかに揺れる。
そして――
巨大なメテルの胸元へと、そっと添えられた。
やわらかな布越しの感触。
すぐ近くに感じる体温。
自然と、身体が包み込まれる。
(……近い……)
思わず、息が詰まる。
視界いっぱいに広がる布地と、その奥のぬくもり。
逃げ場がないほどの距離。
(……こんな位置に……いつも……?)
疑問が浮かぶ。
けれど――
どこかで、“知っている感覚”もあった。
「……あれ?」
ミナミが、小さく首をかしげる。
「今日は、少しおとなしいですね。ギンガ兄さん」
くすっと笑いながら覗き込む。
「私にも、いつも大胆なことしてくるのに」
メテルもまた、胸元へと視線を落とす。
やさしく見つめながら――
「ギンガさん」
静かに呼びかける。
「アレ……やってもいいですか?」
少しだけ遠慮がちな声。
「いつもは、ギンガさんの方から……」
ふわりと微笑む。
「大胆にしてくださるのですけど……」
ほんのわずかに首をかしげる。
「今日は、なぜかおとなしいので……」
「……いつもの?」
ギンガ――テツロウは、思わず聞き返した。
(……なんだ……?)
一瞬だけ、戸惑う。
けれど――
(……まあ……)
どこかで、納得してしまう。
「……もちろん」
自然に、言葉が出た。
その瞬間。
メテルの表情が、ふわりとやわらぐ。
「ありがとうございます」
小さく、嬉しそうに微笑む。
やさしく、持ち上げられる。
視界が、ゆっくりと近づいていく。
そこにあったのは――
メテルの頬。
巨大な、やわらかな曲面。
そっと。
その頬へと、顔が当てられた。
(……っ)
やわらかな感触が、頬に触れる。
巨大な存在に包まれるような距離。
(……母さん……だよな……?)
頭では理解している。
けれど――
近すぎる。
距離が、おかしい。
(……なのに……)
拒否する感覚が、ない。
「……ふふ……」
メテルが、小さく息をもらす。
「やっぱり……」
やわらかな声。
「ギンガさんの髭……」
頬に触れる感触を、確かめるように。
「こうして当てると……気持ちいいです」
ほんの少し、目を細める。
「それに……」
そっと囁くように。
「可愛くて、可愛くて……」
ミナミが、くすっと笑う。
「メテルさん、ほんと好きだよね」
「ギンガ兄さんの髭」
(……髭……)
ギンガの意識が、わずかに揺れる。
目の前に広がる、巨大な頬。
やわらかな感触。
近すぎる距離。
(……親父は……)
ふと、思考がよぎる。
(……いつも、こんな……?)
想像しかけて――
そのまま、沈んでいく。
(……まあ……いいか……)
メテルは、ゆっくりと周囲を見渡した。
淡く光る結晶。
揺らめく通路。
「……そういえば」
やわらかな声。
「ギンガさんが、以前おっしゃっていましたね」
「スターライトの影響で……」
「この迷宮は、崩壊と再生を繰り返している、と」
ミナミも、小さく頷く。
「うん、聞いたことある」
「同じ場所でも、全然違う形になるんだよね」
メテルは、ほんのわずかに微笑む。
「ええ……」
ゆっくりと、奥へ視線を向ける。
「今、私たちが歩いているこの迷宮も――」
「姿を変えて……」
「また、いつか訪れることになるのかしら」
(……訪れる……?)
ギンガの意識が、ほんのわずかに引っかかる。
迷宮の通路は、静かだった。
足音だけが、やわらかく響く。
青く淡く光る結晶が、壁や天井に点在していた。
三人は、そのまま歩みを進めていく。
迷宮の奥へと――
その時。
わずかに、空気が変わった。
「……来る」
ミナミの声が、低くなる。
結晶の光が、脈打つ。
奥の闇が、わずかに揺れる。
(……これは……)
胸の奥が、ざわつく。
スターライトの反応。
確かに――
この先にある。
三人は、歩みを止めない。
迷宮の奥へ。
その“源”へ向かって――
■第六章 第五話へ続く
現実側と夢側、二つの時間が少しずつ繋がり始める回となりました。
違和感の正体や、青いメガネの変化にも注目していただけると嬉しいです。
もしよろしければ、感想なども聞かせていただけると励みになります。
次回、第六章 第五話は7月17日(金)公開予定です。




