第六章 不思議な夢と、その残像③
眠りの中で、テツロウは不思議な光景を見ることになります。
【登場人物】
・青星テツロウ
・???
・???
・???
■第六章 第三話
テツロウは、エミの優しい温もりに包まれたまま、
深い眠りについていた。
やわらかな体温。
かすかに触れる呼吸。
現実の感覚が、ゆっくりとほどけていく。
そのぬくもりだけを残したまま、
意識は、静かに沈んでいった。
——その奥へ。
「……ギンガさん」
「ギンガさん――」
どこか遠くから、声が聞こえる。
やわらかくて、懐かしい響き。
その呼びかけに、
テツロウはゆっくりと意識を引き上げられた。
(……ギンガ?)
ぼんやりとした思考の中で、
その名前が引っかかる。
(……親父の、名前……?)
重たいまぶたを、わずかに開く。
視界に飛び込んできたのは――
巨大な顔だった。
やわらかな表情。
見覚えのある、優しい目。
「……母さん?」
思わず、声が漏れる。
そこにいたのは、
母――メテルの姿。
けれど。
(……若い……?)
どこか違う。
知っている姿よりも、ずっと若い。
時間が巻き戻ったような、
そんな違和感。
——そのはずだった。
「……あ、ギンガ兄さん」
「目、覚ましたの……?」
すぐ近くで、別の声がする。
(……え……?)
視界の端に、もう一つの影。
ゆっくりと焦点が合っていく。
そこには――
「……タリア……ちゃん……?」
思わず、そう呟いていた。
覗き込んでくる顔。
距離が、近い。
近すぎる。
視界いっぱいに広がるその表情は、
確かに見覚えがある。
けれど――
(……なんか、違う……?)
どこが、と言われると分からない。
でも、どこかが微妙にずれている。
それでも――
「……大丈夫?」
優しく声をかけてくるその仕草は、
やっぱりタリアに見えた。
足元から、ひんやりとした感触が伝わる。
(……あれ……?)
ゆっくりと視線を下げる。
そこは、畳ではなかった。
ごつごつとした、石の床。
薄暗い空間。
壁に灯る、かすかな光。
遠くで、水滴が落ちる音が響いている。
(……ここ……)
見覚えがある。
いや――
“知っている”。
(……迷宮……)
ここは、スターライトを採取するための――
大迷宮。
その途中。
少し休んでいた。
それだけのこと。
そう、思えた。
タリアに似たその人物が、ふっと微笑んだ。
「……ギンガ兄さんは、
このサイズでも凛々しいですよね」
どこか楽しげな声音。
その言葉に、メテルもやさしく目を細める。
「ミナミちゃんも……?」
そう言って、すぐに視線を向けてくる。
「ギンガさん。冷えるでしょう?」
やわらかな声。
次の瞬間――
そっと、体が引き寄せられた。
「……っ」
気づけば、メテルのすぐそば。
やわらかな布の感触。
包み込まれるようなぬくもり。
(……あたたかい……)
思考が、少しだけほどける。
反対側から、さらに気配が近づく。
「……大丈夫?」
タリアに似たその人物――
ミナミと呼ばれた彼女が、すぐ隣に寄り添う。
距離が、近い。
近すぎる。
両側から伝わる体温。
逃げ場のないほどの距離。
それでも、不思議と嫌ではなかった。
ぱち、と小さな音が鳴る。
視線を向けると、焚火があった。
ゆらゆらと揺れる炎。
淡い光が、三人の顔を照らしている。
石の壁。
ひんやりとした空気。
そして、その中で際立つぬくもり。
「……冷えるでしょう?」
メテルが、やわらかく微笑む。
小さなマグカップを差し出してくる。
湯気が、ゆらりと立ちのぼる。
「はい。温まってね」
自然と、それを受け取っていた。
(……小さい……)
けれど――
(……ちょうどいい……)
違和感が、すぐに溶けていく。
ふと、カップの中へ視線を落とす。
揺れるコーヒーの表面。
焚火の炎。
その中に――
一人の男が映っていた。
(……あれ……?)
少し若い男。
青枠のメガネ。
無精ひげ。
ラフな服装。
(……親父……?)
いや。
違う。
それは――
青星ギンガ。
若かりし頃の姿だった。
(……これが……俺……?)
否定する感覚が、浮かばない。
むしろ、それが自然に思えた。
目の前の顔を、もう一度よく見る。
タリアに似ている。
けれど――
どこか違う。
(……もしかして……)
「……ミナミ……おばさん……?」
思わず、そう呟いていた。
一瞬の間。
そして――
「ひどーい」
すぐに、少し拗ねた声が返ってくる。
「ギンガ兄さん。おばさんだなんて……」
頬をふくらませながら、
そのまま身体を寄せてくる。
ぐっと距離が縮まる。
(……っ)
さらに近い。
やわらかな感触が、腕に触れる。
巨大な体が、すり寄るように重なってくる。
逃げ場のない距離。
「……もう」
小さく拗ねた声。
けれど、その表情はどこか楽しそうだった。
(……ミナミ……)
今度は、はっきりと理解する。
タリアに似ていた理由。
“妹”という呼び方。
全部が、繋がる。
目の前には、ミナミ。
そして――
背中には、メテルのぬくもり。
両側から包み込まれるような距離。
やわらかな体温。
逃げ場のない、近さ。
(……なんだ……これ……)
戸惑いながらも、
そのぬくもりを、拒むことができない。
むしろ――
どこか懐かしくて、
心地よいとすら感じてしまう。
コーヒーの中に映る、自分――ギンガの姿。
その輪郭が、炎とともに揺らぐ。
(……これが……俺……?)
その時――
ふと、別の記憶がよぎった。
(……これは……どういうことだ……)
胸の奥が、ざわつく。
(……五年前に……)
思考が、ゆっくりと現実へ引き戻される。
(……父さんと母さんは……たしか……)
そこで、言葉が止まる。
続きが、出てこない。
出てこないはずなのに――
出そうとすると、どこかで引っかかる。
まるで、そこだけ切り取られているように。
「……どうかした?」
すぐ近くで、ミナミの声がする。
顔を上げると、
心配そうにこちらを覗き込んでいた。
「……いや」
自然に、言葉が出る。
「大丈夫だ」
そう答えた瞬間――
さっきまでの違和感が、すっと薄れていく。
思考が、ゆっくりと沈んでいく。
(……そうだ……)
ここは迷宮。
スターライトを取りに来ている。
それだけでいい。
それ以上のことは――
考える必要はない。
テツロウは、目の前のメテルを見つめたまま、
わずかに言葉を迷わせた。
「……母さん……」
そこまで言いかけて、ふと詰まる。
「……いや……何て呼べば……」
自分の口から出た言葉に、
自分自身が戸惑っていた。
その様子を見て、メテルはくすりと笑う。
「ギンガさん、もう……どうしたのかしら?」
やわらかな声。
「いつもの冗談かしら?」
くすっと、からかうように微笑む。
そのまま――
巨大な体が、さらに距離を詰めてくる。
すり寄るように。
やわらかな感触が、すぐそばに迫る。
「うふふ……」
軽く笑いながら、自然に距離を縮めてくる仕草。
(……近い……)
思わずそう感じるほどの距離。
それなのに――
どこか、見慣れているような感覚。
(……いつもは……)
ふと、違和感がよぎる。
(……メテルって……呼び捨てで……)
思いかけて――
その思考が、ふっと揺らいだ。
「……さっき、やっぱり頭ぶつけたのかしら?」
メテルの声が、すぐ近くで響く。
次の瞬間――
ふわりと、体が持ち上がった。
「……っ」
気づけば、軽く持ち上げられている。
やさしく。
丁寧に。
そのまま、メテルの顔へと近づけられる。
大きな額。
その柔らかな感触へと――
そっと、添えられる。
「……大丈夫?」
至近距離。
息がかかるほどの近さ。
その温もりが、じんわりと伝わってくる。
(……近い……)
思考が、少しだけ揺れる。
けれど――
その距離さえも、どこか自然に感じてしまう。
「やっぱり」
横から、ミナミの声がする。
「さっき、ギンガ兄さん無理してたもの」
視線を向けると、
ミナミが少し呆れたように笑っていた。
「メテルさんの体から、
私のところに飛び移ろうとして――」
「足、滑らせちゃって」
くすっと、小さく笑う。
「そのまま落ちちゃったのよね」
その言葉に、
断片的なイメージが頭に浮かぶ。
(……落ちた……?)
ぼんやりとした記憶。
はっきりしない感覚。
「それで、頭ぶつけちゃって……」
ミナミは、少しだけ表情をやわらげる。
「メテルさん、すごく心配してたんだから」
そう言いながら、そっと距離を詰めてくる。
反対側から、ぬくもりが重なる。
「でも、無事でよかったわ」
安心したような声。
そして――
少しだけ、楽しそうに。
「……ほんと、兄さんらしい」
くすっと、笑った。
メテルのぬくもり。
ミナミのぬくもり。
両側から包まれる感覚。
その中で――
「……ああ」
自然に、言葉が漏れる。
違和感は、まだどこかに残っている。
けれど――
それ以上に、
この状況が“当たり前”のように感じられていた。
焚火の炎が、ぱち、と小さく弾けた。
その音に、ギンガはわずかに視線を上げる。
ゆらめく光の向こう。
迷宮の奥は、まだ暗いままだった。
「……そろそろ、行かないとね」
ミナミが、静かに立ち上がる。
軽く体を伸ばしながら、奥へと視線を向けた。
「今回の目的、ここから先だし」
その言葉に、メテルもゆっくりと頷く。
「ええ……そうね」
穏やかな声。
けれど、その奥には、わずかな緊張が混じっていた。
「今回のスターライト……特別なものだもの」
その言葉に、自然と意識が向く。
(……スターライト……)
胸の奥で、その単語が引っかかる。
ただの資源ではない。
ただの採取ではない。
「……ナンバリング」
気づけば、そう呟いていた。
ミナミが、くすっと笑う。
「さすが兄さん、ちゃんと覚えてるじゃない」
「ID00001から00012まで」
「全部で十二個しか存在しない、特別なスターライト」
指を軽く折りながら、数えるように続ける。
「そのうちの一つが――この迷宮にある」
焚火の炎が、もう一度揺れた。
その奥。
暗闇の先に、何かがあるような気がした。
(……ここに……)
理由は分からない。
けれど――
それを取りに来たのだと、理解している。
「……行けそう?」
メテルが、やさしく問いかける。
その距離は、まだ近いまま。
ぬくもりが、残っている。
「……ああ」
自然に、頷いていた。
「問題ない」
その言葉は、迷いなく出てくる。
まるで最初から――
そう決まっていたかのように。
ミナミが、少しだけ嬉しそうに笑った。
「ほんと、無茶するんだから」
軽く肩をすくめる。
「でも――それが兄さんよね」
その言葉に、違和感はなかった。
むしろ、しっくりと馴染む。
焚火の炎が、ゆっくりと小さくなる。
その光が、三人の影を長く伸ばした。
そして――
その影は、迷宮の奥へと続いている。
(……この先に……)
ふと、何かが引っかかった。
ほんのわずかな違和感。
――来てはいけない場所に、来ているような。
そんな感覚が、胸の奥に残る。
第六章 第四話に続く
今回の話では、ギンガたちの過去へと少し踏み込む内容になっています。
どこまでが夢で、どこまでが記憶なのか――そんな違和感も感じてもらえたら嬉しいです。
もしよろしければ、感想なども聞かせていただけると励みになります。
次回、第六章 第四話は7月14日(火)公開予定です。




