第六章 不思議な夢と、その残像②
看病編・第二話です。
静かなログハウスの中で、みんながそれぞれの形でテツロウを支えます。
【登場人物】
・青星テツロウ
・青星エミ
・赤井エアリ
・銀水ピスカ
・青星リオ
・紫雲タリア
・銀水リウス
■第六章 第二話
ピスカは、そっとテツロウの額から手を離した。
畳の上に流れる静かな空気の中で、
その表情は変わらず落ち着いている。
「……今は安定しています」
ゆっくりとした口調で、そう告げた。
「熱は少しありますが、急なものではありません」
「疲労が溜まっていたのでしょう」
「……そう、なんだ……」
エミは、小さく息をつく。
そのまま、腕の中のテツロウへ視線を落とした。
「最近、ずっと忙しそうだったし……」
「無理、してたのかな……」
かすかに揺れる声。
ピスカは、その様子を静かに見つめる。
「可能性は高いですね」
落ち着いた口調で、そう答えた。
エミの腕の中で、テツロウの体がかすかに動く。
呼吸に合わせて、わずかに上下するその重み。
それが、しっかりと“ここにある”ことを伝えてくる。
無意識のうちに、
エミはほんの少しだけ抱き寄せていた。
離れてしまわないように。
触れているぬくもりが、
ちゃんと残っているか確かめるように。
その時――
エアリが、ゆっくりと一歩近づく。
そして、そっと膝をつき、
テツロウの顔を覗き込んだ。
その距離は、ほんのわずか。
呼吸が触れそうなほどの近さで、
じっとその表情を見つめる。
「……ほんとに、無理しすぎです」
小さく、呟くように。
指先が、ほんの少しだけ動く。
触れるか、触れないかの距離で――
そっと止まった。
その指先は、ほんの一瞬だけ迷っていた。
触れれば、きっと分かる。
体温も、状態も。
けれど――
それ以上に、
“触れてしまう理由”を、
自分の中で整理できていなかった。
「こんなになるまで……」
その声には、わずかなやさしさと、
心配が滲んでいる。
すぐ近くにある、テツロウの寝顔。
無防備で、力の抜けたその表情に、
エアリは一瞬だけ、言葉を失った。
「……」
何かを言いかけて、やめる。
そのまま、小さく息をついた。
(……私に、できること)
ふと、そんな考えがよぎる。
けれど、答えはすぐには出ない。
ただ――
ここにいることだけは、間違っていない気がした。
ピスカは、その様子を横から静かに見ていた。
何も言わずに、ただ見守る。
ログハウスの中に、静かな時間が流れる。
畳の上。
重なるぬくもり。
かすかな呼吸の音だけが、やわらかく響いていた。
——その時。
外から、足音が近づいてくる。
戸の前で、一瞬だけ気配が止まり――
「……失礼する」
静かな声とともに、戸が開いた。
入ってきたのは、タリアだった。
その後ろから、リオも続く。
「お兄様……」
部屋の中の様子を見た瞬間、
リオの表情が、わずかに強張った。
エミのぬくもりに包まれるようにして支えられている、
テツロウの姿を見て――
「……どうしましたの?」
声は落ち着いている。
けれど、その奥にははっきりとした心配が滲んでいた。
ピスカが、ゆっくりと振り返る。
「少し熱があります」
「無理をしていたようですね」
「そう……ですの」
リオは小さく息をつき、
そっと一歩だけ近づいた。
「お兄様、今はそっと見守っていて
あげたほうがいいですわね」
やさしく、落ち着いた声音。
「元気になりましたら……」
そこまで言いかけて、
わずかに言葉を止める。
「……私も、もっとお兄様と……」
小さく呟くように、そう続けた。
一方で――
タリアは、すでに状況を見て取っていた。
「……体温、高い」
短く、的確に。
そして、その視線がピスカへ向く。
「どうする?」
ピスカは、わずかに頷いた。
「今は安静に」
「それと、水分と軽い食事が必要ですね」
タリアは小さく頷く。
「……了解」
静かな時間が、しばらく続いた。
畳の上に流れる、やわらかな空気。
誰も大きな声は出さず、
ただテツロウの呼吸に意識を向けている。
——その時。
ふわりと、ほのかな香りが漂ってきた。
やさしい、温かい匂い。
「……失礼します」
控えめな声とともに、戸が静かに開く。
リウスだった。
両手で、大事そうに器を抱えている。
「……お粥、できました」
それは――
テツロウでも食べられるように、
細かく、
そして、やわらかく作られていた。
その声は、いつもより少しだけ柔らかい。
エミが顔を上げる。
「リウス……ありがとう」
ほっとしたような表情。
ピスカも、軽く頷いた。
「ちょうどいいですね」
「少しでも入れば、回復も早くなります」
リウスは静かに膝をつき、
器をテーブルの上にそっと置く。
それから、テツロウの様子を一度だけ確認する。
「……少しなら、いけそう」
小さく呟く。
エミは、テツロウをやさしく支え直した。
「兄さん……少しだけ、食べられる?」
支え直した瞬間、
テツロウの体が、ほんのわずかにエミの方へと傾いた。
その重みが、よりはっきりと腕に伝わる。
思っていたよりも軽くて――
けれど、確かにそこにあるぬくもり。
無意識に、ほんの少しだけ抱き寄せる。
逃がさないように。
それでいて、苦しくならないように。
その距離の近さに、
自分の鼓動が、わずかに早くなるのを感じていた。
その声に、
かすかに反応が返る。
ほんのわずかに、意識が浮かぶような気配。
リウスはそれを見て、ゆっくりと頷いた。
「……うん、大丈夫そう」
そっと、お粥をすくう。
湯気が、やわらかく揺れる。
「……熱くないから、大丈夫」
口元へ運ぶ、その直前――
「……熱くないから、大丈夫」
リウスはそう言って、そっと口元へと運ぶ。
テツロウの唇が、かすかに動く。
「……少しだけ、ね」
エミがやさしく支えながら、そっと声をかける。
ゆっくりと――
一口。
「……っ」
小さく、飲み込む。
リウスは、その様子をじっと見つめていた。
その瞬間――
エミの腕の中で、
テツロウの指先が、ほんのわずかに動いた。
無意識の反応。
それでも、確かに“触れている”。
布越しに伝わる、小さな力。
「……っ」
エミは、思わず息をのむ。
意識はないはずなのに。
それでも――
自分に反応しているように感じてしまう。
その小さな感覚が、
胸の奥をじんわりと揺らした。
そして、次の一口をすくう。
口元へ運ぶ、その直前――
「……元気になーれ、元気になーれ」
ほんの小さな声で、そっと呟く。
「……もえもえ、キュン」
付け加えるように、さらに小さく。
そのまま、何事もなかったかのように、
口元へと差し出した。
テツロウの口が、わずかに開く。
ゆっくりと、飲み込む。
「……うん、それでいい」
リウスは小さく頷く。
その様子を見ていたエミが、
ほんの少しだけ首をかしげる。
「……今、なにか言った?」
「……別に」
リウスは視線を逸らしながら、
そっと次の一口をすくった。
「……はい、もう一口」
ゆっくりと、丁寧に。
テツロウは、わずかに反応しながら、
少しずつ飲み込んでいく。
三口ほど進んだところで――
「……ここまででいい」
リウスが静かに言った。
「無理させないほうがいい」
ピスカも頷く。
「ええ、その通りですね」
器は、そっとテーブルへ戻された。
ほのかに残る湯気が、
静かな空気の中にゆっくりと溶けていく。
ピスカは、テーブルに置かれた薬へと視線を落とした。
「……この量では、
今のテツロウちゃんには少し多いですね」
静かな判断。
エミが、不安そうに顔を上げる。
「え……?」
「体力が落ちている状態です」
「このままだと、負担になってしまいます」
エアリが、小さく考えるように視線を動かす。
「……タリアちゃんなら、
上手く調整できそうですけど」
「手先も器用ですし」
その言葉に、タリアはすぐに頷いた。
「……やる」
迷いのない一言。
そっと薬を手に取り、分量を確認する。
指先で、細かく分けていく。
無駄のない動き。
「……これでいける」
小さく呟く。
ピスカはそれを受け取り、軽く頷いた。
「ありがとう」
そして、近くにあった湯のみへと視線を向ける。
「少しお湯を借りますね」
用意されたお湯に、薬をそっと溶かす。
かすかに揺れる水面。
「この方が、飲みやすいでしょう」
小さなスプーンを手に取る。
「エミちゃん、少しだけ体を支えてもらえますか?」
「……うん」
エミは、テツロウをやさしく抱き直す。
ぬくもりを逃がさないように。
そっと、口元が見える位置へ。
その動きに合わせて、
さらに距離が近づいた。
触れ合う体温。
やわらかな感触。
自分の鼓動が、はっきりと分かるほどに早くなる。
それでも――
手を緩めることはできなかった。
「テツロウちゃん……少しだけ、飲みましょうね」
やさしく声をかけながら、
スプーンを口元へ運ぶ。
わずかに唇が開く。
ゆっくりと、一口。
「……っ」
小さく、飲み込む。
「ええ、その調子です」
ピスカの声は、やわらかく落ち着いている。
二口目。
三口目。
無理のないペースで、少しずつ。
「……よくできました」
最後の一口を終え、スプーンを下ろす。
エミは、そのままそっとテツロウを引き寄せた。
「……もう大丈夫だよ」
小さく、やさしく呟く。
テツロウの呼吸は、先ほどよりも穏やかになっていた。
テツロウの呼吸は、ゆっくりと落ち着いていった。
先ほどまでの浅さはなくなり、
静かで規則的なものへと変わっていく。
ピスカは、その様子を見て小さく頷いた。
「……大丈夫そうですね」
その声には、確かな安心があった。
「このまま、しばらく眠らせてあげましょう」
「無理に起こす必要はありません」
エミは、静かに頷く。
「……うん」
そのまま、テツロウをやさしく抱き寄せた。
ぬくもりを逃がさないように。
包み込むように。
「……大丈夫だよ、兄さん」
小さく、そっと呟く。
その声は、眠りの中へと沈んでいくテツロウへ、
やさしく寄り添うようだった。
その距離は、もうほとんど“触れ合っている”と
言っていいほどだった。
呼吸がかかるほどの近さ。
伝わる体温。
そのすべてが、現実であることを
エミは強く意識していた。
「……ここにいるよ」
もう一度だけ、小さく呟く。
その声に応えるように、
テツロウの体が、ほんのわずかに力を抜いた。
エアリは、その様子を少し離れた
位置から見守っている。
何も言わず、ただ静かに。
タリアもまた、壁際で腕を組み、
目を細めて様子を見ていた。
リオは、そっと視線を落とす。
「……よかったですわ」
小さく、安堵の息をついた。
リウスは、片付けた器を手元に寄せながら、
一度だけテツロウへ視線を向ける。
「……ちゃんと、効いてる」
それだけを確認して、静かに頷いた。
ログハウスの中に、
再び静かな時間が流れる。
畳の上。
木の香り。
重なるぬくもり。
その中心で――
エミは、ずっとそのまま、
テツロウのそばにいた。
ただ、見守るように。
そして、離れないように。
——やがて。
テツロウの意識は、
深く、やわらかな眠りへと沈んでいった。
——その奥で。
ほんのわずかな違和感だけが、
静かに残り続けていた。
第六章 第三話へ続く
第六章は、穏やかな空気の中にも、少しずつ違和感が混ざり始めています。
それぞれの距離感や想いにも注目していただけると嬉しいです。
もしよろしければ、感想なども聞かせていただけると励みになります。
次回、第六章 第三話は7月10日(金)公開予定です。




