第六章 不思議な夢と、その残像①
第六章スタートです。
今回は、スターライトカンパニーでの静かな日常から始まります。
【登場人物】
・青星テツロウ
・青星エミ
・赤井エアリ
・銀水ピスカ
■第六章 第一話
11月下旬 スターライトカンパニー。
テツロウは、先日発掘してきたスターライトの
解析に向き合っていた。
その隣では、エアリもいつものように
端末を操作している。
——だがその姿は、本体ではない。
地下の切り取り部屋制御室。
エアリはモニターを見つめながら、
自身の疑似体を通じて、
テツロウの様子を静かに見守っていた。
その時――
控えめに、制御室のドアがノックされる。
「……兄さん、いますか?」
少し遠慮がちな声だった。
「今、忙しそうですか……?」
エアリはモニターから視線を外し、
ゆっくりと振り返る。
そこには、扉の前で様子をうかがうエミの姿があった。
「どうしたの、エミちゃん」
穏やかな声で問いかける。
エミは小さく息を整えてから、
少しだけはにかむように笑った。
「えっと……ちょっと、見せたいものがあって」
そう言って、エミは自分の服の裾を軽くつまむ。
「新しくしたの……どうかな?」
エアリは一度視線を上下に動かし、
穏やかに微笑んだ。
「とても似合ってますよ、エミちゃん」
「ほんと?」
少しだけ安心したように、エミの表情がやわらぐ。
それから、ほんの一瞬だけ迷うように視線を落とし――
「……兄さんにも、見てほしくて」
小さくそう付け加えた。
「テツロウさん、
今――先日発掘したスターライトの
研究に夢中なんです」
エアリはそう言って、モニターへと視線を向ける。
画面の中では、
テツロウがいつものように作業に没頭していた。
「……そうだわ」
ふと、思いついたように小さく呟く。
「エミちゃん、
疑似体に今の姿を反映させましょう」
「そのままテツロウさんに、見てもらえますよ」
「じゃあ、エミちゃん。こちらへ」
エアリはスキャン装置の方へ、やさしく手で示す。
「そこに立ってもらえれば、大丈夫です」
エミは少し戸惑いながらも、言われた通りに位置につく。
次の瞬間、淡い光がふわりと彼女の周囲をなぞった。
「……これで、反映されました」
エアリはモニターへ視線を移す。
「ほら、こちらで確認できますよ」
モニターの中――
研究室では、変わらずテツロウが作業に集中していた。
「テツロウさん」
隣から、エアリの声がかかる。
「エミちゃん、来てますよ」
「ん……?」
テツロウは手を止め、ゆっくりと顔を上げた。
視線の先に――
「……兄さん」
少しだけ遠慮がちな声とともに、エミが立っていた。
「今、忙しそうですか……?」
「いや、大丈夫だ」
テツロウは軽く首を振る。
「どうした?」
エミは一歩だけ近づいて、服の裾を軽くつまんだ。
「えっと……新しくしたの」
「どうかな……?」
テツロウは少し驚いたように目を細める。
そして、改めてその姿を見て――
「……似合ってるな」
「かわいいと思う」
その言葉に、エミの表情がぱっと明るくなる。
「ほんと?」
「ああ」
テツロウは小さく頷いた。
「ちゃんと、見てもらえましたね」
エアリが静かに微笑む。
「……ああ」
テツロウも小さく頷き、
もう一度エミの姿に視線を向けた。
——その時だった。
ふっと、視界がわずかに揺れる。
「……ん?」
ほんの一瞬のことだった。
気のせいかと思い、テツロウは軽く目をこする。
「兄さん?」
エミが、不安そうに声をかける。
「いや……なんでもない」
そう言いながらも、こめかみの奥に、
じわりとした重さが残る。
画面の端が、わずかに滲んで見えた。
「……少し、疲れてるのかもな」
小さく息をつき、再び作業に戻ろうとする。
——だが。
次の瞬間、ぐらりと身体が揺れた。
「っ……!」
足元の感覚が、一瞬だけ抜ける。
「兄さん!?」
エミが駆け寄り、その身体を支える。
触れられた瞬間、
やわらかな感触とぬくもりが伝わる。
胸の奥で、わずかに鼓動が速くなる。
「大丈夫……? しっかりして……」
不安そうな声が、すぐ近くで響く。
エアリは一歩だけ近づき、静かに様子を見つめた。
その指先が、そっとテツロウの額へ触れる。
「……少し、熱がありますね」
「無理をしていたようです」
「少し、休ませましょう」
「……悪化するといけないし」
エアリが静かにそう告げる。
「うん……!」
エミは力強く頷いた。
次の瞬間――
制御室を飛び出す。
切り取り部屋の中央には、
宇宙のもと内部を反映した空間が広がっていた。
縮尺されたスターライトカンパニー。
その中では、
テツロウたちが等身大で存在している。
外側から見れば、
それはまるで小さな箱庭のようだった。
エミは、その空間へと駆け寄る。
その巨大な影が、
縮小された街並みへ覆いかぶさっていった。
一方、エアリは一瞬だけモニターへ視線を戻した。
「……解除します」
小さく呟くと、疑似体の反応が静かに途切れる。
そして、自身も遅れて制御室を後にした。
スターライトカンパニービル内――
エミが駆け込んだ時、
そこには、机に手をついたまま、
今にも崩れ落ちそうなテツロウの姿があった。
「兄さん!」
エミは窓の外でかがみ込むように身を寄せる。
その大きな顔が、すぐそばまで近づく。
ガラスは、音もなく静かに崩れた。
エミはそっと手を差し入れる。
ふらつくテツロウの身体を、
やさしく包み込むようにして掬い上げた。
ふわりと体が浮く。
包まれるようなぬくもり。
すぐ近くに感じる、やわらかな鼓動。
「兄さん……大丈夫」
そのまま、自分の傍へとやさしく寄せた。
朧げながら、テツロウは見上げた。
「……エ、エミ……なのか……?」
視界いっぱいに広がるのは、やわらかな色合い。
「うん……大丈夫だよ、兄さん」
エミは、ほっとしたように微笑む。
そのまま、そっと身体を引き寄せる。
やわらかな布越しに、
あたたかなぬくもりが伝わってきた。
「無理しちゃだめ……ちょっとだけ、
このままでいよう?」
優しく語りかける声が、すぐ近くで響く。
テツロウの意識は、再びゆっくりと沈んでいった。
エアリも遅れて、その場へとたどり着く。
隣では、
エミが小さなテツロウをやさしく抱き寄せていた。
「……テツロウさん、
かなり無理をしていたみたいですね」
エミは、不安そうにテツロウを見つめる。
「青星家へ戻した方が……」
その言葉に、
エアリは静かに首を横へ振った。
「今は転送装置を使わない方がいいです」
「発熱した状態での転送は――」
「脳へ負荷を与える可能性があります」
「特に、今のテツロウさんは危険です」
エミの表情が曇る。
「……そんなに?」
「ええ」
エアリは小さく頷いた。
「少し休ませましょう」
「このまま市街地にいるのも危ないです」
そして、
周囲を見回してから小さく頷く。
「郊外へ移動します」
「ログハウスも展開させましょう」
「……うん」
エミは、小さく頷いた。
そのまま、
テツロウをやさしく抱え直す。
エアリも静かに歩き出した。
市街地を抜け、
人の気配の少ない場所へと移動する。
「……ここなら大丈夫ですね」
足元の地面が、わずかに揺らめいた。
境界がほどけるように、地面の一部が静かに沈み、
その下から、ゆっくりと何かがせり上がってくる。
木の壁。
畳の床。
それらが形を成しながら、
一つの空間として組み上がっていく。
やがて――
小さなログハウスが、そこに現れた。
「エミちゃん、そのまま中へ」
「うん……」
エミは頷き、テツロウをやさしく支えたまま中へ入る。
室内は、畳敷きの大広間になっていた。
木の香りと、やわらかな空気が静かに満ちている。
中央には、低いテーブルが置かれていた。
「ここで……」
エミはそのそばへ膝をつき、
テツロウをやさしく支えながら座らせる。
エアリは手早く、小さな布団を取り出した。
畳の上に広げられたそれは、
テツロウの身体に合わせた大きさだった。
「そのまま、寝かせてあげてください」
「うん……」
エミは頷き、そっとテツロウを横たえる。
「兄さん……ここなら大丈夫だよ」
テツロウの呼吸は、まだ少し荒い。
エアリはその様子を見つめ、静かに息をつく。
「……少し落ち着いてきましたね」
そう呟いてから、ゆっくりと立ち上がる。
「エミちゃん、ここで様子を見ていてください」
「え……?」
エミが顔を上げる。
「ピスカさんを呼んできます」
落ち着いた声で、そう告げた。
「……うん」
エミは小さく頷く。
エアリは最後にもう一度テツロウの様子を確認すると、
静かにログハウスを後にした。
エミは、テツロウの様子を見守っていた。
その額には、うっすらと汗がにじんでいる。
「兄さん……失礼します」
小さくそう声をかけてから、
テツロウの上着にそっと手をかける。
体に負担がかからないよう、
やさしく整えるようにして衣服を緩めていく。
そして、ガーゼを取り、
そっと額へと当てた。
「少し、楽になるよ……」
にじんだ汗を、やさしくぬぐっていく。
拭き終えたあとも、テツロウは寒さからか、
わずかに震えていた。
「……大丈夫だよ、兄さん」
エミは小さくそう呟くと、
そのままテツロウをやさしく引き寄せる。
自分のぬくもりの中へと、
包み込むようにして抱き寄せた。
その距離の近さに、思わず息がかかるほどだった。
かすかに触れ合う体温。
自分の鼓動が、ほんの少しだけ早くなるのを感じる。
テツロウの体は、思っていたよりも軽くて、
そして――あたたかかった。
触れている場所から、じんわりと熱が伝わってくる。
それが少し心配で。
でも同時に、離したくないような感覚もあって。
「……大丈夫だから」
小さく、もう一度だけ呟く。
その声に反応するように、
テツロウの指先が、ほんのわずかに動いた。
ぎゅっと、布越しに触れる感触。
「……っ」
エミは、わずかに息をのむ。
意識はないはずなのに。
それでも、確かに触れている。
その小さな反応に、胸の奥がふわりと揺れた。
「……ここにいるよ、兄さん」
そっと、包み込むように抱きしめる。
逃がさないように。
でも、苦しくならないように。
そのまま、やさしく体を支え続けた。
エミは、そのままテツロウの様子を見守る。
かすかに触れる呼吸。
手の中で伝わってくる、小さな体温。
「……大丈夫だよ、兄さん」
そう呟きながらも、
その鼓動はほんのわずかに速くなっていた。
心配しているはずなのに。
その存在を、すぐ近くに感じていることが、
どこか愛おしくて――
エミは、そっと抱きしめる力をわずかに強める。
一方で――
テツロウの意識は、まだ朧げなままだった。
けれど。
包み込まれるようなぬくもりだけは、
はっきりと残っている。
やわらかくて、あたたかくて。
どこか安心する感覚。
「……エミ……」
かすれた声が、小さく漏れる。
そのまま、抗うこともなく――
そのぬくもりの中で、ゆっくりと意識を沈めていった。
——しばらくして。
ログハウスの外に、静かな気配が近づく。
戸が、そっと開いた。
「……お待たせしました」
落ち着いた声とともに、ピスカが姿を見せる。
その視線は、すぐにエミとテツロウへ向けられた。
「状況は?」
静かに問いかけるその声には、
確かな安心感があった。
エミは、ほっとしたように小さく息をつく。
「……ピスカ姉さん」
その一言に、
張り詰めていた空気が、
わずかにほどける。
ピスカは静かに頷くと、
そっとテツロウの傍へ歩み寄った。
――やさしい時間の中で。
物語は、次へと続いていく。
第六章 第二話へ続く
第六章は、静かなログハウスを舞台に、
穏やかな時間が流れていきます。
その中で紡がれる不思議な物語を、
お楽しみいただければ幸いです。
もしよろしければ、
感想なども聞かせていただけると嬉しいです。
次回、第六章 第二話は7月7日(火)公開予定です。




