第五章 不思議な大森林の大迷宮⑥
第五章・第六話です。
大迷宮内部での探索は続き、
今回は草原地帯のさらに奥へ進んでいきます。
少しずつ、この世界の“違和感”も見え始めます。
【登場人物】
・青星テツロウ
“宇宙のもと”を研究する青年。
・赤井エアリ
テツロウの幼馴染で研究仲間。
・青星リオ
テツロウの妹で、三姉妹の長女。
・紫雲タリア
ヴァルゴを開発する技術者。
・青星エミ
テツロウを慕う、双子の姉。
・青星ミニ
元気いっぱいな双子の妹。
・銀水リウス
クールな雰囲気の中性的な少女。
■ 第五章 第六話
――翌朝。
テツロウは、あたたかい温もりの中でゆっくりと目を覚ました。
……妙な違和感とともに。
「……ん……?」
視界が、暗い。
柔らかな感触に包まれながら、
体がほとんど動かせない。
その隙間から、わずかに光が差し込んでいる。
「……なんだ、これ……」
ぼんやりとした意識のまま、顔を上げたその時――
ふわりと、光が広がった。
「お兄様、よく寝られました?」
やわらかな声とともに、リオの顔が覗き込む。
優しく微笑んでいた。
「……リオ……?」
状況を理解するまで、少しだけ時間がかかる。
そして――
「あ、起きた起きた!」
その横から、元気な声が飛び込んできた。
ミニだった。
「お兄ちゃん、
リオお姉ちゃんに中で埋もれてておもしろーい!」
楽しそうに笑いながら、こちらを覗き込んでくる。
「……お前な……」
テツロウは、小さくため息をついた。
だが――
ほんのりとした温もりは、まだ残っている。
「……」
落ち着かないはずなのに。
なぜか、完全には嫌ではなかった。
簡単な朝食を済ませると、
すぐに出発の準備が整えられた。
「では、本日の探索を再開します」
タリアが淡々と告げる。
「ヴァルゴの確認は問題ありません」
少し離れた場所に、機体は静かに待機していた。
「よし……」
テツロウがそちらへ向かおうとした、その瞬間。
「はい、お兄ちゃん!」
ふわりと体が浮く。
「うわっ!?」
またしても、ミニの手の中だった。
「歩くより早いでしょ?」
にこにこと笑いながら、そのまま軽く持ち上げる。
「いや、そうだけど――」
言い終わる前に、景色が一気に流れた。
あっという間にヴァルゴの前へ。
「はい、到着ー!」
「……雑だな……」
テツロウは小さくため息をつく。
だが――
ミニは楽しそうだった。
「ほら、乗って乗って!」
そのまま、機体のコックピットへと近づけられる。
「お前な……もうちょっと丁寧にだな――」
言いながらも、慣れた動きで乗り込む。
内部に収まると、視界が安定した。
「……よし」
軽く息を整える。
外では、ミニが満足そうに頷いていた。
「ちゃんと届けたよー!」
「ありがとう、ミニちゃん」
エアリが軽く微笑む。
「……俺は荷物扱いか……」
ぼそりと呟くと――
「大事な荷物だよ?」
ミニが即答した。
「……それもどうなんだ……」
苦笑が漏れる。
「……よし、起動するか」
暑さを逃がすため、
コクピットは開けたままにしている。
テツロウは風通しのいい状態のまま、
操作パネルへと手を伸ばした。
スイッチを入れる。
――反応がない。
「……あれ?」
もう一度、操作する。
だが、機体は沈黙したままだった。
「……まさか」
嫌な予感がよぎる。
「また電池切れか……?」
その声に、ミニがすぐ反応した。
「タリアちゃーん!」
元気よく手を振る。
「また電池切れみたいだよー!」
そのままヴァルゴごと、ひょいと持ち上げた。
「ちょっ――待て待て!」
視界がぐらりと揺れる。
あっという間に、タリアの前へと運ばれていた。
「確認します」
タリアは落ち着いた様子で機体へ手を伸ばす。
この暑さのため、コクピットは開けたままだった。
外からでも内部の様子がよく見える。
「電源系統の確認を――」
その時だった。
「ま、待って――!」
テツロウが慌てて身を乗り出した。
バランスが崩れる。
「うわっ――」
そのまま、コクピットからずるりと滑り落ちた。
そして――
やわらかな感触に受け止められる。
「……っ」
一瞬、言葉が止まる。
タリアの腕の中だった。
ほんのりとした体温と、柔らかな感触。
「――っ、す、すいません」
タリアがわずかに目を見開き、すぐに姿勢を整える。
「テツロウ氏、怪我はありませんか」
落ち着いた声だが、ほんの少しだけ慌てていた。
「い、いや……大丈夫……」
テツロウは顔を赤くしたまま答える。
その様子を――
ミニがじっと見ていた。
そして。
「……やっぱりおもしろーい!」
にぱっと笑う。
「お兄ちゃんもタリアちゃんも、
なんかいい感じー!」
「よくない!」
思わず即答する。
ミニは楽しそうに笑いながら、
そっと手を差し入れた。
「はいはい、戻すねー」
今度はやさしく。
テツロウをすくい上げる。
そしてそのまま、ヴァルゴのコクピットへと戻した。
「ほら、元の場所」
「……ありがとよ」
まだ少し照れたまま、体勢を整える。
タリアが、改めてコクピットを覗き込んだ。
「……失礼しました」
静かに言う。
「電池の交換を行います」
「……頼む」
短く返すテツロウ。
視線は、どこか落ち着かないままだった。
外では――
「やっぱりおもしろーい」
ミニが、まだくすくすと笑っている。
その様子を横目に、タリアは静かに頷いた。
「電源、復旧しました」
タリアが静かに告げる。
「お、助かった」
テツロウが軽く息をつく。
「これで動けるな」
その時だった。
「……あっ」
ミニが、ふと何かに気づいたように声を上げる。
視線の先には――
少し離れた場所で、こちらを見ているエミ。
その目が、わずかに期待するように輝いていた。
「エミお姉ちゃん」
ミニがにやっと笑う。
「これ、持ってく?」
そう言いながら、
テツロウの乗ったヴァルゴをそっと差し出した。
「えっ……いいの?」
エミが少し驚いたように目を瞬かせる。
だが、その表情はすぐに柔らかくほどけた。
「……うん、いいの」
ミニは楽しそうに頷く。
「お兄ちゃんがエミお姉ちゃんに
運ばれてるの見てる方が、面白いもん♪」
「お前な……」
テツロウが小さく呟く。
だが、ミニは気にしていない。
エミはそっと両手でヴァルゴを受け取った。
まるで壊れ物を扱うように、丁寧に。
「……ありがとう、ミニちゃん」
優しく微笑む。
そして――
「兄さん、大丈夫ですか?」
そっと覗き込むようにして声をかける。
距離が、近い。
「……ああ、大丈夫」
テツロウは軽く頷いた。
エミはそのまま、
ヴァルゴを胸元に抱えるように持つ。
動きはゆっくりで、慎重だった。
ミニはその様子を、少し離れた場所から眺める。
そして――
「……やっぱりこっちの方がおもしろーい」
満足そうに笑った。
そのまま、一行はゆっくりと草原へ踏み出した。
草原を進みながら、
テツロウは周囲を見渡していた。
昨日と同じはずの景色。
広がる草原。
遠くに見える湖。
風も、空気も、変わらない。
だが――
「……ん?」
ふと、違和感を覚えて空を見上げる。
眩しさに目を細める。
そこには――
太陽があった。
いや。
太陽が、二つあった。
「……は?」
思わず、声が漏れる。
ひとつは見慣れたような白い光。
そしてもうひとつは、わずかに色味の違う光。
距離も、位置も――
明らかにおかしい。
「……おい、みんな」
テツロウが声を上げる。
「空、見てみろ」
その一言で、全員が顔を上げた。
数秒の沈黙。
「……これは」
エアリが、わずかに息を止める。
「太陽が……二つ?」
リウスも静かに呟く。
タリアは目を細めた。
「光源が二つ存在していますね」
冷静な分析。
だが、その声はわずかに低い。
リオがゆっくりと微笑む。
「……綺麗、ですけれど」
その一言が、逆に現実感を薄める。
ミニだけが――
「え、すごーい!」
素直に目を輝かせていた。
「太陽ふたつあるよ!」
楽しそうに笑う。
テツロウは、もう一度空を見上げた。
そして――
「……だからか」
小さく呟く。
「昨日から妙に暑かったの」
もう一度、空を見る。
「太陽が二つあれば……そりゃ暑いよな……」
エアリが静かに続ける。
「気温上昇の理由としては、説明がつきます」
「光源が二つ存在する以上、
熱量も増加しているはずです」
「だから暑かったんだー!」
ミニが納得したように頷く。
「二つあるなら暑いよね!」
その明るい声が、妙に浮いて聞こえた。
テツロウは、ゆっくりと息を吐く。
昨日の夜。
星が、どこかおかしかった。
そして今。
太陽が、二つある。
「……ここ」
小さく呟く。
「……本当に地球なのか?」
その言葉に、誰もすぐには答えなかった。
ただ――
それぞれが、同じ疑問を抱いていた。
しばらく進んだところで――
「兄さん」
やわらかな声が、すぐ近くから届いた。
エミだった。
ヴァルゴを大切そうに抱えたまま、
少しだけ身をかがめる。
「暑くないですか?」
心配そうに覗き込む。
「ああ……ちょっとな」
テツロウが答えると、エミは小さく頷いた。
「ですよね」
そして――
体操服の裾を軽く持ち上げ、ぱたぱたと仰ぎ始めた。
やわらかな風が、コクピットへと流れ込む。
「ほら、これで少しは楽になると思います」
その風は、思っていた以上に心地よかった。
熱を含んだ空気が、ゆっくりと押し流されていく。
それだけではない。
ふわりと――
ほのかな香りも一緒に運ばれてくる。
「……」
思わず、言葉が止まる。
視界の端で、エミの動きが揺れる。
布の隙間から、ちらりと肌が見えるたびに――
妙に意識してしまう。
「……大丈夫ですか?」
エミが首を傾げる。
「……ああ、大丈夫……」
少しだけ視線を逸らしながら答える。
その様子を――
少し離れた場所から、ミニが見ていた。
「……うんうん」
満足そうに頷く。
そして、にやりと笑った。
「こうじゃなきゃね」
くすくすと笑いながら、様子を楽しんでいる。
「お前な……」
テツロウが小さく呟く。
だが、その声もどこか弱い。
エミは気づいていないのか、
そのまま優しく風を送り続けていた。
草原を進み続けるうちに、
やがて地形がゆるやかに変わり始めた。
視界の先に、岩肌のようなものが見える。
近づくにつれて、それは“壁”だと分かった。
「……ずいぶん高いな」
テツロウが見上げる。
そびえ立つような岩壁。
そして――
その中腹あたり。
横へと続く、細い坑道が見えていた。
「……あれ」
タリアが指さす。
「内部に空洞構造があります」
その奥。
わずかに、光が見えた。
淡く、揺れるような光。
「……スターライト反応、あります」
エアリが静かに告げる。
「やっぱりか……」
テツロウが小さく呟く。
問題は――
高さだった。
「……どうやって行く?」
コクピットの中で、テツロウが見上げる。
直接登るには、高すぎる。
「なら――」
リウスが一歩前に出た。
「僕がやってみます」
静かに言う。
そして、テツロウの乗ったヴァルゴを
両手で持ち上げた。
「ちょ、ちょっと待て……!」
「危険なので、コクピットを閉めてください」
淡々とした指示。
テツロウは慌てて操作する。
「……閉めた!」
「では、いきます」
リウスは軽く膝を曲げ――
次の瞬間、跳んだ。
大きく、しなやかに。
まるでボールを運ぶように、
ヴァルゴを持ち上げたまま。
坑道の入口へと届かせようとする。
あと、少し。
あと一歩――
「……っ」
わずかに、届かない。
次の瞬間。
ヴァルゴが、手から離れた。
「落ちる――!」
テツロウの声が響く。
その瞬間――
全員が、同時に動いた。
「任せて!」
エアリが素早く前へ出る。
両手を広げる。
落ちてくるヴァルゴを――
しっかりと受け止めた。
「……大丈夫です」
静かに言う。
そのまま、やさしく抱きしめるように支える。
「すまん……!」
テツロウが息を吐く。
リウスも着地し、すぐに振り返った。
「……申し訳ありません」
「いや、今のは仕方ない」
タリアが冷静に言う。
「あと少しでした」
エアリが軽く息を整えながら言った。
「……では、次は」
少しだけ視線を横へ向ける。
「リオちゃんにお願いしましょうか」
「一番高さがありますし」
その言葉に、リオが微笑んだ。
「ええ、承りました」
優雅な動作で一歩前へ出る。
エアリから、ヴァルゴを受け取る。
「お兄様、少し揺れますわよ?」
やわらかく声をかける。
「……頼む」
テツロウが短く答える。
リオは軽く膝を沈め――
次の瞬間。
大きく、跳んだ。
その動きは、しなやかで無駄がない。
ぐん、と高度が伸びる。
先ほどより、明らかに高い。
「……届くか……!」
テツロウが息を詰める。
坑道の縁が、目の前に迫る。
そして――
「……ここですわね」
リオは空中で体勢を微調整し、
ヴァルゴをそっと差し出した。
かろうじて。
ほんのわずかに余裕を残して。
ヴァルゴは坑道の縁へと置かれる。
「……っ、いけた……!」
テツロウが息を吐く。
そのまま機体は安定し、
落ちることなく、その場に収まった。
リオは軽やかに着地する。
「問題ありませんわ」
満足そうに微笑んだ。
下では――
「すごーい!」
ミニが目を輝かせていた。
「やっぱリオお姉ちゃんすごい!」
タリアも小さく頷く。
「到達成功です」
エアリが坑道を見上げる。
「……この先に、スターライト反応があります」
静かに言った。
テツロウはコクピットの中で、前を見据える。
薄暗い坑道の奥。
淡く揺れる光が、確かに存在していた。
「……行くぞ」
第五章 第七話へ続く
第五章 第六話 後書き案
第五章・第六話を読んでいただき、ありがとうございました。
今回は、草原地帯の探索や、
この世界に存在する“不自然さ”が少しずつ見え始める回となりました。
星空に続き、今度は“二つの太陽”――
大迷宮内部の世界には、まだ多くの謎が残されているようです。
そして後半では、
再びスターライト反応らしき場所も見つかりました。
次回、第五章・第七話は
6月29日(火)公開予定です。
また、感想など聞かせていただけると励みになります。
今後とも『不思議な宇宙のもとで』をよろしくお願いいたします。




