第五章 不思議な大森林の大迷宮④
第五章・第四話です。
大迷宮のさらに奥へ進むテツロウたち。
今回は、地下空間に広がる“不思議な世界”の
探索が始まります。
【登場人物】
・青星テツロウ
“宇宙のもと”を研究する青年。
・赤井エアリ
テツロウの幼馴染で研究仲間。
・青星リオ
テツロウの妹で、三姉妹の長女。
・紫雲タリア
ヴァルゴを開発する技術者。
・青星エミ
テツロウを慕う、双子の姉。
・青星ミニ
元気いっぱいな双子の妹。
・銀水リウス
クールな雰囲気の中性的な少女。
■第五章 第四話
誰も、すぐには言葉を発せなかった。
開いた巨大な壁の向こう。
そこには、広大な草原が広がっていた。
風に揺れる緑の波。
遠くまで続く地平線。
そして、その先には傾き始めた夕陽が覗いている。
地下深くにいるはずだった。
だが頬を撫でる風は、確かに外のそれに思えた。
ただ、夕暮れの景色に反して、
その空気はどこか生ぬるい。
ヴァルゴのコクピット内で、テツロウは呆然と呟く。
「……外、なのか?」
エアリが静かに眼鏡を押し上げた。
「いえ」
その声は落ち着いている。
「外へ出た、というわけではなさそうです」
「そうなのか?」
「空気の流れ、
光量、地形――どれも自然に見えますが、
迷宮内部から連続しています」
エアリは周囲を見渡し、淡々と続けた。
「別空間。あるいは、大規模な内部環境再現領域
……そう考える方が自然ですね」
「簡単に言うと?」
リオが首を傾げる。
「よく分からないけれど、不思議な場所です」
「まあ」
リオは納得したように頷いた。
「なるほどですわ」
「分かったのか?」
「雰囲気で」
テツロウは思わず額を押さえた。
その横で、タリアが小型端末を確認している。
片腕にはヴァルゴが大事そうに抱えられていた。
「スターライト反応、まだ弱いです」
「この先に本命がある、ということですね」
エアリが視線を草原の奥へ向ける。
緩やかな丘陵。
点在する岩場。
その先には森のような影も見える。
まだまだ探索範囲は広そうだった。
そして何より――
夕陽は、すでに低い位置まで傾き始めている。
エアリが小さく息をついた。
「……もうこの時間ですか」
「戻るのか?」
テツロウの問いに、エアリは首を横へ振った。
「いえ。ここまで来て引き返すのは非効率です」
「進みながら、野営できる場所を探しましょう」
「野営……つまり、お泊まりですのね」
リオが少し嬉しそうに微笑む。
「楽しそうですわ」
「遊びじゃありませんよ」
エアリは即座に返した。
だがその声色は、どこか柔らかい。
タリアも頷く。
「補給班、必要です」
「この時間なら、エミちゃんたちも動ける頃ですね」
エアリはスマホを取り出した。
「こちらは十一月にしては暑いです。
ですが夜の気温は不明ですので、
防寒具もお願いします」
「まあ、準備万端ですわね」
リオが感心したように言う。
タリアがヴァルゴを抱え直し、
歩き出そうとしたその時、
リオがふわりと前へ出た。
「では、ここからはわたくしが持ちますわ」
「……運搬、交代ですか?」
「ええ」
リオはにこやかに微笑む。
「お兄様に、草原の景色をもっと
よく見せて差し上げませんと」
「それ、建前だろ……」
テツロウの呟きをよそに、
タリアは素直にヴァルゴを差し出した。
リオは両手で丁寧に受け取り、胸元へそっと抱える。
柔らかな揺れとともに、視界の位置が少し変わった。
「……またこの位置か」
「安心感がありますでしょう?」
「別の意味で落ち着かない」
リオは満足そうに笑った。
エアリはスマホを耳元へ当てる。
「では、移動しながら連絡します」
巨大な三人に囲まれるように、
ヴァルゴは夕暮れの草原へと進み始めた。
その足元で、風に揺れた草がざわりと鳴った。
数秒の呼び出し音。
その間にも、草原を渡る風が長い草を揺らしていく。
やがて――
『はいっ!』
勢いよく響いた声に、テツロウは思わず顔を上げた。
エミだった。
『エアリさん? どうしました?
兄さん、そっちにいますか!?』
エアリは即答する。
「今、リオちゃんに大事そうに抱えられています」
『リオ姉さんにちゃんと守ってもらうのよ?』
リオが胸元のヴァルゴへ視線を落とし、
優雅に微笑んだ。
「もちろんですわ。
お兄様は、私の胸元で安心されておりますわ」
『……なら、兄さんも安心ですね……』
「……何が安心なんだ?」
テツロウが呟いた、その直後。
『えっ、お兄ちゃん!? どこどこ!?』
別の元気な声が飛び込んできた。
ミニだった。
『ねえ、なにそれ!? またお出かけ!?』
「ミニちゃん、少し静かに――」
『キャンプ!?』
話が早かった。
『わーい! キャンプ!? 楽しみー!』
「まだそこまでは言ってません」
エアリは淡々と訂正する。
だが、受話口の向こうではもう盛り上がっていた。
『兄さん、ほんとにキャンプするの!?』
「いや、まだ決定では――」
『明日は学校も休みだし――』
『するんだね!』
ミニが勝手に結論を出した。
リオが肩を震わせる。
「ふふ……元気ですわね」
その時、少し落ち着いた声が入った。
『代わって』
リウスだった。
『エアリさん、状況を聞いてもいい?』
「助かります」
エアリは一瞬で本題へ戻る。
「迷宮内部で新エリアを発見しました。
今日は帰還せず、このまま探索を継続します」
『なるほど』
『じゃあ、補給が必要だね』
「ええ。キャンプ用品、食料、防寒具。
可能なら照明器具も」
「こちら、十一月にしては暑いです。
ただし夜の気温は不明ですので、
その対策もお願いします」
『了解』
受話口の向こうで、何かメモを取る気配がした。
その横から、エミの声が戻ってくる。
『そうだ、食事も用意しとくわね!』
『帰りに材料、買っていこうか』
『やったー!』
ミニが歓声を上げる。
「……もう完全に決定してるな」
テツロウが呟くと、エアリが小さく笑った。
「効率的です」
『兄さん!』
エミの声が、今度はまっすぐ届いた。
『ちゃんと待っててね! すぐ行くから!』
「いや、待つっていうか、こっちも移動中――」
『リオ姉さんの言うこと、ちゃんと聞くのよ!』
「子どもじゃないんだが……」
『あと、お腹空かせて待ってて!』
「人の話を聞け!」
通信の向こうで笑い声が重なる。
リウスの落ち着いた声が最後に入った。
『一時間ちょっと見てて。準備でき次第、向かうよ』
「お願いします」
エアリが短く返した。
通信が切れる。
草原に、再び風の音だけが戻った。
巨大な三人に囲まれるように、
ヴァルゴはそのまま草原を進んでいく。
しばらく歩いた頃だった。
リオが額の髪をかき上げ、小さく息をつく。
「……少し暑いですわね」
夕陽は傾いている。
だが吹き抜ける風はぬるく、
歩き続けた身体にはじんわりと熱がこもっていた。
リオはヴァルゴを胸元で支えたまま、
迷彩ベストの襟元をぱたぱたと揺らす。
「お兄様。中は暑くありませんの?」
「え? あ、いや……まあ少し」
リオは楽しそうに微笑む。
「でしたら、コクピットを開けて
風通しをよくいたしましょうか?」
「ま、待て」
「冗談ですわ」
全く冗談に聞こえなかった。
横を歩くタリアが申し訳なさそうに言う。
「すいません。まだ空調系統は完全ではありません」
「やっぱりある予定なんだな……」
「次期改修型――Mk2では考慮します」
「もう次が決まってるのか」
タリアは真顔で頷いた。
「当然です」
エアリが肩をすくめる。
「テツロウさん。暑いなら無理せず開けてください」
「……そうするか」
テツロウは操作レバーを引いた。
腹部コクピットの装甲が開き、
外気が流れ込んでくる。
生ぬるい風だったが、
閉じた内部よりはずっとましだった。
その時、前方を歩いていたエアリが足を止める。
「……見えてきました」
草原の先。
ゆるやかな丘を越えた向こう側で、
夕陽を映した水面がきらめいていた。
広い湖だった。
風に揺れる波が、赤く染まった空を砕いている。
リオの表情が明るくなる。
「まあ……綺麗ですわ」
タリアも端末を確認した。
「水源確保。野営候補地として適しています」
エアリが頷く。
「決まりですね。あそこで休憩しましょう」
テツロウは湖を見つめ、小さく息を吐いた。
「……なんか、本当に冒険してるな」
エアリは湖畔へ歩み寄ると、
その場にしゃがみ込み、
手のひらで水をすくった。
透明な水が指の間からこぼれ落ちる。
小型測定器を取り出し、水面へ静かに浸す。
数秒後、表示を確認した。
「……問題ありません」
エアリは眼鏡を押し上げ、穏やかに頷いた。
「かなり綺麗な水です。飲用にも使えそうですね」
「それは助かりますわ」
リオが嬉しそうに微笑む。
ヴァルゴを湖畔の平らな地面へそっと置き、
自らも水辺へ歩み寄った。
「冷たすぎず、温すぎず……ちょうど良いですわね」
さらに数歩入り、足元を確かめる。
「水深も、わたくしたちにとって程よい深さですわ」
「もう入る気満々だな……」
テツロウが呟いた、その次の瞬間だった。
「では、遠慮なく失礼しますわ」
リオは軽やかに湖へ入っていく。
夕陽を映す水面が大きく揺れ、
押し寄せた波が湖畔まで届いた。
「気持ちいいですわよー!」
「いや、早いだろ!」
その横で、タリアが小さな浮具を差し出した。
「テツロウ氏」
「ん?」
気づけば、小型ボートへひょいと乗せられている。
「これなら問題ありません」
「何が大丈夫なんだ……」
エアリは小さくため息をついた。
「……せっかくですし、
エミちゃんたちが来るまで少し休みましょう」
「水浴びをすれば疲労回復にもなります」
そう言うと、彼女も静かに水辺へ歩いていった。
夕暮れの湖面に、三つの大きな影が揺れる。
巨大な彼女たちの柔らかな起伏が、
水面に影を落としていた。
揺れるその輪郭に、テツロウは視線の置き場を失う。
まとっているのは、水だけだった。
夕陽を受けた雫が肩や腕を伝い、
きらめきながら湖へ落ちていく。
水しぶきと笑い声が、静かな草原へ広がっていった。
テツロウの小さなボートは、
湖畔近くでゆらゆらと揺れていた。
「……なんでこうなる」
落ち着かず、思わず背を向ける。
その時――背後から大きな水音がした。
振り向けば、
すぐ近くの水面にリオの影が迫っている。
「お兄様でしたら、構いませんのに」
真上から降ってくる声。
大きな手が水面を押すと、
その波でボートがくるりと向きを変えた。
「うわっ!?」
視界いっぱいに夕陽、水面、
そしてきらめく飛沫が広がる。
「まあ、よく回りましたわ」
「遊ぶな!」
エアリも肩まで水に浸かりながら、くすりと笑った。
「せっかくなんですから、
テツロウさんも涼みましょうよ」
その声は近い。
気づけば、すぐ隣まで来ていた。
タリアは無言でロープを軽く引き、
ボートが流されないよう固定している。
「テツロウ氏、安定しています」
「そういう問題じゃない……」
三人の声に囲まれながら、
テツロウの小さなボートは湖面で
ゆらゆらと揺れていた。
夕暮れの湖面に、笑い声が広がっていた。
その時――
「おまたせー!」
草原の向こうから、明るい声が響いた。
全員がそちらを振り向く。
ゆるやかな丘を越えて現れたのは、
エミとリウスだった。
二人は少し大きめの荷車を押しながら、
こちらへ向かってくる。
その横を、さらに勢いよく駆けてくる影がある。
ミニだった。
「いいなー! お兄ちゃんたち、
楽しそうに遊んでてー!」
「いえ。遊んでいるわけでは……」
エアリがすぐに否定する。
だが説得力は薄かった。
「……いや、これはだな」
テツロウが弁明しかける。
エミが少し照れたように笑う。
「私たち、先にシャワー浴びてきちゃったしね」
「準備優先で」
横でリウスが淡々と補足した。
「汗だくで来るのも嫌だったから」
「えらい!」
ミニが元気よく親指を立てる。
タリアは荷車へ視線を向けた。
「物資確認します」
リオも微笑む。
「まあ……本当に野営になってきましたわね」
エアリは小さく息をつき、眼鏡を押し上げた。
「では、日没までに設営を始めましょう」
草原の空は、すでに赤から群青へと移り始めていた。
第五章 第五話へ続く
第五章・第四話を読んでいただき、
ありがとうございました。
今回は、大迷宮の地下深部に広がる不思議な空間や、
通信越しでのやり取りなども含め、
少し探索色の強い回となりました。
ここから第五章は、迷宮内部の構造や、
“宇宙のもと”に関わる不思議さも
少しずつ深まっていきます。
次回、第五章・第五話は
6月23日(火)公開予定です。
また、感想など聞かせていただけると
励みになります。
今後とも『不思議な宇宙のもとで』を
よろしくお願いいたします。




