第五章 不思議な大森林の大迷宮②
第五章・第二話です。
今回は、タリアと共に“大森林”へ向かい、
大迷宮の入口解除を目指します。
【登場人物】
・青星テツロウ
“宇宙のもと”を研究する青年。
・赤井エアリ
テツロウの幼馴染で研究仲間。
・青星リオ
テツロウの妹で、三姉妹の長女。
・紫雲タリア
ヴァルゴを開発する技術者。
■第五章 第二話
白い光が弾け、次の瞬間――
テツロウは硬い床へ尻もちをついていた。
「……っつ!」
見上げれば、見慣れた天井。
青星家地下二階。
転送装置のある部屋だった。
どうやら緊急脱出は正常に作動したらしい。
「お帰りなさい」
冷静な声とともに、
エアリが端末の前からこちらを見る。
「……ただいま」
テツロウが顔をしかめながら立ち上がると、
すぐ隣で衣擦れの音がした。
リオだった。
何事もなかったかのように髪を整え、
いつもの優雅な笑みを浮かべている。
テツロウは少し安心したように声をかける。
「リオ、体調は大丈夫か?」
「電車の中で、
なんだか具合が悪そうだったけど……」
リオは一瞬きょとんとした後、ふっと微笑んだ。
「まあ、お兄様」
「ご心配いただけるなんて嬉しいですわ」
「少し具合が悪くなりましたけれど」
「お兄様が介抱してくれましたので、
もう平気ですわ」
テツロウは首をかしげた。
「……介抱って、そんな大したことしたか?」
地下二階に、くすりと笑いが漏れた。
タリアだった。
工具ケースを足元へ置いたまま、
壁にもたれて二人を見ている。
「電車ルート、非推奨ですね」
「お前、最初から言ってたよな……」
「はい」
まったく悪びれない。
エアリが端末を確認しながら口を開く。
「後処理は済んでいます」
「次のルートへ移ります」
モニターには、大森林方面の地図が再び表示された。
その言葉と同時に、タリアが壁から離れた。
「では、私の番です」
工具ケースを持ち上げ、静かにテツロウの前へ立つ。
「道路ルートに変更します」
「森の外周道路から
最短で入口付近まで接近可能です」
テツロウが嫌な予感を覚える。
「……そのケース、中身なんだ?」
「鍵です」
「鍵?」
タリアは短くうなずいた。
「私のバイクの」
リオが楽しげに口元へ手を添える。
「今度は、お兄様のタンデムデートですわね」
「そういう言い方やめてくれ」
エアリは真面目な顔のまま告げた。
「第二コードも転送時に自動設定されます」
「テツロウさん、聞き逃さないでくださいね」
「……分かったよ」
タリアは銀メガネを差し出した。
「行きますか」
その一言には、妙な頼もしさがあった。
テツロウは銀メガネを受け取り、小さく息を吐いた。
覚悟を決め、それを掛ける。
視界がわずかに揺れ、すぐに安定した。
転送装置が淡く光り始める。
『出力準備を開始します』
白い光が、テツロウだけを包み込んだ。
次の瞬間。
見慣れた自室だった。
宇宙のもと内部――青星家、テツロウの部屋。
窓の外には午後の柔らかな光が差している。
「……たしか、
タリアちゃんが迎えに来てくれるんだっけ?」
直後、扉の外から足音が近づく。
「準備完了です」
扉を開けると、
タリアがヘルメットを片手に立っていた。
いつもの作業着ではなく、
動きやすさを重視した軽装だった。
それでも腰には工具ポーチがある。
「早いな……」
「待機していました」
「出発します」
テツロウも慌てて後を追った。
青星家の外。
門の前には、
一台の紫色の大型バイクが停められていた。
流れるような車体の線。
低く構えた前傾姿勢。
どこか見覚えのある形だった。
そういえば以前、
同じ形の模型を見せられた気がした。
今、目の前にあるのは――その本物だった。
「……これ、あの時の模型の」
タリアは短くうなずく。
「元になった方です」
ヘルメットを二つ取り出し、
一つをテツロウへ差し出す。
「着けてください」
テツロウは素直に受け取り、装着した。
タリアもヘルメットを被り、先に跨る。
「後ろへ」
「しっかり掴まってください」
テツロウは後部座席へ乗り込み、
遠慮がちにタリアの腰へ手を回した。
次の瞬間。
エンジンが低く唸る。
「出ます」
バイクは滑るように走り出した。
市街地を抜け、郊外へ出る。
住宅街は途切れ、畑と広い空が広がっていく。
やがて道路脇に木々が増え始めた。
前方には、濃い緑の壁のような森林地帯。
大森林の外縁部だった。
「ここから先は外周道路です」
「入口までは、もう近いです」
バイクは森の中へ入っていく。
左右から迫る木々が空を覆い、
昼だというのに薄暗い。
湿った風がヘルメットを打った。
その時だった。
銀メガネのフレームが、かすかに白く明滅する。
「……タリアちゃん」
「分かっています」
返事は早かった。
次の瞬間、道路脇のガードレールが低く見えた。
いや、違う。
テツロウ側の基準スケールが揺らぎ始めているのだ。
シートの幅が広がる。
風圧が急に強くなる。
「来ましたか」
タリアは即座にブレーキをかけた。
「テツロウ氏、動かないでください」
「お、おう!」
だが返事をした瞬間にも、
自分だけが滑り落ちていく感覚に襲われる。
「うわっ――!」
迷いのない動きだった。
小さくなっていくテツロウの身体を、
指先でやさしくすくい上げる。
次の瞬間、
その身体は柔らかな胸元へ抱え込まれていた。
ふわりとした感触。
厚手の布越しにも伝わる体温。
耳元では、
タリアの鼓動とエンジンの余韻が重なって響く。
「確保しました」
落ち着いた声が、すぐ近くで聞こえた。
「い、今それ言う!?」
思わず顔を上げると、
すぐ目の前にタリアの顎先があった。
バイクは完全に停止した。
その間にも周囲の景色は縮んでいく。
木々は膝丈ほどになり、道路は細い帯へ変わる。
タリアの身体と紫のバイクだけが、
森を見下ろす巨体となっていた。
直後、銀メガネが強く発光する。
レンズ内に赤い文字が点滅した。
【今回の脱出コードを確認してください】
「えっと……!」
巨大なタリアの身体は、なおも空へ伸びていく。
「思い出せ……転送した時に
表示されたコードを……!」
脳裏によみがえる一瞬の文字列。
「……シリウス!」
白い光が、巨大なタリアとバイクごと包み込んだ。
次に意識が戻った時、
テツロウは再び地下二階に立っていた。
「……またか」
エアリが端末を操作しながら振り向く。
「もう少しでしたね」
「宇宙のもと内部です。
信号制御はこちらで行えます」
「速度を上げても問題ありません」
タリアが静かにうなずく。
「いいですね」
そしてテツロウへ視線を向けた。
「今度はフルスピードで行きます」
「テツロウ氏、もっとしっかり掴まってくださいね」
「それ先に言われると怖いんだけど!?」
再出力の白い光が収まる。
耳元で機械音声が響いた。
『今回のコードワード――カノープス』
紫のバイクは、
風のように外周道路を駆け抜けていた。
木々が線となって流れる。
「速っ!?」
「最適速度です」
やがて森の最深部。
巨大な岩壁が現れた。
中央には左右に分かれた二つの古い操作盤。
タリアが急停止する。
「着きました」
二人は駆け寄った。
「同時に行きます」
「三、二、一――今です」
二人が同時に装置へ触れる。
地鳴りが響いた。
森全体が震える。
岩壁の中央へ亀裂が走り、
巨大な門がゆっくり開いていく。
その奥には、闇へ続く通路。
「……これが、大迷宮」
テツロウが息を呑んだ。
その瞬間だった。
銀メガネが激しく明滅する。
「……またですか」
見上げる。
タリアの身体と紫のバイクが、
一気に巨大化していく。
木々を越え、崖を越え、雲へ届く勢いで膨れ上がる。
「た、タリアちゃん!?」
はるか上空から、落ち着いた声が降ってきた。
「テツロウ氏」
「コードをお願いします」
「えっと……シリウス!」
反応しない。
「違う!」
タリアの身体がさらに伸びる。
「ベガ……いや、これじゃない!」
巨大な車輪が雲の上へ達する。
「思い出せ……
転送した時に表示されたコードを――!」
脳裏によみがえる音声。
『今回のコードワード――カノープス』
「カノープス!!」
白い光が、森と空を包み込んだ。
こうして――
大迷宮の門は、ついに開かれた。
次に目を開けた時。
テツロウは、
青星家地下二階の転送装置の前へ立っていた。
「……あれ?」
額へ手を当て、しばらく考える。
「タリアちゃんのバイクに乗って……」
「なんか、ツーリングしてたんだっけ?」
曖昧な記憶に首をひねっていると、扉が開いた。
入ってきたのは、
エアリ、タリア、そしてリオだった。
エアリは端末を確認しながら、穏やかに告げる。
「入口の解除は確認できました」
「これで、大迷宮への突入が可能です」
タリアが静かに一歩前へ出る。
「今回は、ヴァルゴも投入できますぞ。テツロウ氏」
どこか誇らしげだった。
リオも優雅に微笑む。
「お兄様との冒険……楽しみですわ」
「今度こそ、落ち着いて出発したいな……」
テツロウが苦笑すると、三人の視線が集まった。
エアリが小さく息をつき、続ける。
「ただし、迷宮内部の規模はまだ不明です」
「長時間の探索になる可能性もあります」
「ですので――」
端末を閉じ、テツロウを見る。
「身動きしやすいよう、準備してから行きましょう」
その言葉に、地下二階の空気が少しだけ引き締まる。
ついに始まる、大迷宮攻略。
その前の、束の間の準備時間だった。
第五章 第三話へ続く
第五章・第二話を読んでいただき、
ありがとうございました。
今回は、タリアとのバイク移動や、
“大迷宮”の入口解除までのお話となりました。
銀メガネの不安定化も続いていますが、
いよいよ迷宮探索そのものが始まろうとしています。
また、ヴァルゴについても
少しずつ動き出していく予定です。
次回、第五章・第三話は
6月16日(火)公開予定です。
また、感想など聞かせていただけると
励みになります。
今後とも『不思議な宇宙のもとで』を
よろしくお願いいたします。




