第五章 不思議な大森林の大迷宮①
第五章スタートです。
今回は、新たなスターライト反応を追い、
テツロウたちが“大森林”へ向かうまでのお話となります。
【登場人物】
・青星テツロウ
“宇宙のもと”を研究する青年。
・赤井エアリ
テツロウの幼馴染で研究仲間。
・青星リオ
テツロウの妹で、三姉妹の長女。
・紫雲タリア
ヴァルゴを開発する技術者。
■第五章 第一話
宇宙のもと内部――
スターライトカンパニー。
その一室で、
青星テツロウは端末へ向かっていた。
白衣姿に黒縁眼鏡。
机の上には各地の観測データが並び、
今日もまたスターライトの痕跡を追っている。
その隣では、
赤井エアリが手際よく資料をまとめていた。
いつもの穏やかな仕事風景。
だが――
不意に、エアリの表情が変わる。
「テツロウさん」
「見つかったわ」
「……え?」
テツロウが顔を上げると、
エアリは端末画面を指差した。
「スターライト反応よ」
「かなり大きいわ」
表示された座標は、天の川市郊外。
市街地のさらに外側――
人の手がほとんど入っていない
広大な森林地帯だった。
「この奥に、“大迷宮”の入口があるらしいの」
「大迷宮……?」
「ええ。外から見ればただの森にしか
見えないけれど、内部は別世界みたいに
広がっているって記録があるわ」
「そこにスターライトが眠っている
可能性が高いの」
テツロウは画面を見つめた。
森林地帯の奥。
未知の迷宮。
そして大量のスターライト。
胸の奥が、少しだけ高鳴る。
だが、エアリは続けた。
「ただし――
そこへ行く方法が少し厄介なの」
「一度、向こうへ戻って説明するわね」
「え?」
その瞬間。
隣にいたエアリの姿が、
ふっと光に溶けるように消えた。
疑似体の解除だった。
この宇宙のもと内部で活動する疑似体たちは、
外側の本体と情報を共有している。
つまり今の話は、
切り取り部屋にいる本体のエアリにも、
すでに伝わっているということだ。
次の瞬間――
頭上から声が降ってきた。
「テツロウさん、屋上へ来てください」
「迎えに来ました」
テツロウは慌てて顔を上げ、
そのまま階段へ向かった。
屋上へ出る。
そこにいたのは――
さっきまで隣で仕事をしていたはずのエアリ。
ただし、その姿は今や巨大だった。
街並みを見下ろすほどの長身。
白衣の裾が風になびき、
黄色縁の眼鏡が陽光を反射している。
彼女は少し困ったように微笑みながら、
巨大な掌を差し出した。
「少し急ぎますね」
テツロウは戸惑いながらも、
気づけば自然にその手へ乗っていた。
自分でも理由は分からない。
けれど、
その掌の上は妙に安心できる場所だった。
柔らかな掌が、そっと彼を包み込む。
そのままエアリは、
白衣の胸ポケットへテツロウを静かに入れた。
「そこなら大丈夫だと思います」
「つかまっていてくださいね」
ポケットの内側は柔らかな布地に包まれ、
思ったよりも落ち着く空間だった。
歩き出すたび、
規則的な揺れが身体へ伝わってくる。
視線を上げれば、すぐ近くに白衣の縁。
その向こうに、
巨大なエアリの横顔が見え隠れする。
(……こういうの、初めてじゃない気がするのに)
(やっぱり慣れない)
胸の鼓動が、少しだけ早くなる。
次の瞬間。
巨大な足音とともに、エアリは駆け出した。
数分後。
青星家の前へ到着すると、
エアリはテツロウを地面へそっと降ろした。
そして少しかがみ込み、優しく告げる。
「転送装置を使うなら、
まず青星家へ戻る必要があります」
「スターライトの件、みんなにも説明します」
「テツロウさん、先に戻っていてください」
テツロウはうなずき、家の扉へ向かった。
――新たな探索が、始まろうとしていた。
テツロウは青星家地下二階へ戻っていた。
「たしか、エアリちゃんから仕事のことで
話があるって言われてたんだっけ?」
転送装置のある室内には、
すでに端末の起動音が響いている。
ほどなくして、階段の上から足音が聞こえてきた。
「ただいま戻りましたわ」
明るい声とともに姿を見せたのはリオだった。
大学帰りらしく、肩には鞄が掛かっている。
その後ろから、
少し大きめのケースを持ったタリアが続く。
「午前講義、終わりました」
「……何かあったんですか?」
どうやら二人で帰ってきたらしい。
そこへ、エアリも端末の前へ立ち、振り返った。
「リオちゃんとタリアちゃんも
戻ってきましたし、説明を始めますね」
モニターに地図が投影される。
天の川市郊外。
広大な緑地帯のさらに奥。
そこに赤い反応点が点滅していた。
「ここに、大規模なスターライト反応があります」
リオが目を細める。
「森の奥……ですの?」
エアリはうなずいた。
「通称“大森林”。
一般の立ち入りも少ない未開発区域よ」
「そしてその最深部に、
“大迷宮”の入口が存在すると記録されています」
タリアが画面へ近づく。
「内部空間型施設……ですか」
「その可能性が高いわ」
テツロウは腕を組んだ。
「迷宮って、ただの洞窟じゃないんだな」
「ええ。内部は外観以上に
広大な構造体らしいの」
エアリはさらに別の図面を表示した。
「ただし、入口の解除には条件があります」
「二か所の操作装置を、同時に起動すること」
「疑似体では精度不足。
本体で行く必要があります」
室内に、わずかな沈黙が落ちた。
リオが腕を組み、モニターへ視線を向ける。
「つまり――現地へ向かう二人が必要、
ということですわね」
「ええ」
エアリはうなずいた。
「しかも、装置の反応時間はかなり短いわ。
同時入力の誤差は一秒未満よ」
タリアが図面へ歩み寄る。
「左右独立式ですか」
「片方だけでは絶対に開かない構造ですね」
テツロウは肩をすくめた。
「面倒な入口だな……」
「簡単に入れたら迷宮になりませんわ」
リオが上品に微笑む。
エアリは地図画面へ切り替えた。
「現地までは天の川線で郊外駅まで行けるわ」
「そこから森林外周を抜ければ、
入口付近まで最短で到達可能よ」
リオが一歩前へ出た。
「でしたら、
最初はわたくしが同行いたしますわ」
「公共交通機関の方が揺れも少なく、
安全ですもの」
タリアも静かにうなずく。
「妥当です」
「森道へ入るまでは、
その方が効率的ですね」
テツロウがリオを見る。
「リオと俺、か」
「ええ。まずは正攻法で行きましょう」
リオは胸に手を当て、
誇らしげに微笑んだ。
エアリは次の画面を表示する。
そこには銀色の細いフレーム眼鏡が映っていた。
「ただし、今回使うのは銀メガネです」
テツロウの表情が曇る。
「……やっぱり、それか」
「入口解除には1/1サイズで
現地へ向かう必要があります」
「黒メガネでは1/10単位、1/100までの
安定出力しかできません」
「今回は本来サイズでの移動が必要なの」
タリアが腕を組む。
「問題は、不安定化ですね」
「ええ」
エアリはため息まじりに続けた。
「銀メガネは高出力型よ。
1/1から出力可能な代わりに、倍率制御が不安定なの」
「表示機能も壊れていて、
何倍で出力されるか分からないわ」
モニターに警告履歴が並ぶ。
1/20
1/70
1/300
1/1000超
リオが少し引きつった笑みを浮かべる。
「……最後の数字は、
見なかったことにしたいですわね」
「賛成です」
タリアが即答した。
エアリは端末を閉じ、テツロウへ視線を向けた。
「緊急脱出コードも設定されます」
「コードワードは、一等星二十一種の中から
転送時にランダムで一つ選ばれます」
「通知はその場で一度きりよ」
「忘れないでくださいね」
テツロウが眉をひそめる。
「聞いた瞬間に忘れそうなんだけど……」
エアリは小さくため息をついた。
「だから毎回言っているの」
そして、リオへ向き直る。
「リオちゃん。不安定化の予兆が出たら、
迷わず緊急プログラムを押して」
「その間にも倍率変動は進行します」
「アナウンスが流れたら、
テツロウさんの保護を最優先にお願いします」
リオは胸に手を当て、優雅にうなずいた。
「お任せくださいませ」
タリアが工具ケースを持ち上げる。
「私は待機しておきます」
「もし電車ルートが駄目なら、
次は道路で行きましょう」
テツロウが顔をしかめる。
「最初から不吉なこと言うなよ」
タリアは真顔のままだった。
「備えは必要です」
地下二階に、わずかな笑いが広がった。
そして――
最初の挑戦が、始まろうとしていた。
エアリが端末へ最後の入力を終えると、
地下二階の空気が少し引き締まった。
「では、第一段階を開始します」
「テツロウさん、銀メガネを」
テツロウは机上の銀フレームを手に取る。
細く上品な見た目とは裏腹に、
その危険性は十分すぎるほど聞かされたばかりだ。
「……信用してないからな」
「装置に言ってください」
エアリは真顔だった。
「冷たいな」
小さく息を吐き、テツロウは銀メガネを掛ける。
視界がわずかに揺れ、すぐに安定した。
その瞬間、転送装置が淡く発光する。
無機質な音声が室内へ響いた。
『出力準備を開始します』
『緊急脱出コードは転送時に設定されます』
リオが歩み寄り、楽しげに微笑む。
「では、お兄様」
「電車でデートと参りましょう」
「任務だからな?」
「移動時間も大事な思い出ですわ」
タリアが工具ケースを抱えたまま呟く。
「失敗したら、次は私です」
「縁起でもない」
「現実的です」
エアリが転送装置へ手をかざす。
「行ってらっしゃい」
白い光が、テツロウを包み込んだ。
次の瞬間。
見慣れた部屋だった。
宇宙のもと内部――青星家、テツロウの自室。
「……成功か」
銀メガネにもかかわらず、今のところ異常はない。
直後、扉が軽くノックされた。
「お兄様、準備はよろしくて?」
開けると、等身大のリオが微笑んでいた。
大学帰りの装いのまま、
どこか嬉しそうな顔をしている。
「待たせたか?」
「五秒ほどですわ」
「細かいな」
「乙女ですもの」
意味が分からなかった。
二人は青星家を出て、
駅へ向かう坂道を歩いていた。
午後の空気は澄んでいて、
秋の陽射しがやわらかい。
リオは隣を歩きながら、
どこか機嫌が良さそうだった。
「こうして外を歩くのも久しぶりですわね」
「まあ、そうだな」
「お兄様、もう少し胸を張ってくださいませ」
「なんで?」
「わたくしと並んでいるのですから」
「はいはい」
からかうような口調に、
テツロウは苦笑する。
やがて天の川駅へ着き、
郊外行きの電車へ乗り込んだ。
午後の車内は比較的空いており、
窓際の向かい席へ座ることができた。
発車ベルが鳴る。
静かな振動とともに、電車は動き出した。
車窓の外で、市街地の景色がゆっくり流れていく。
リオは頬杖をつきながら、
楽しげにこちらを見ていた。
「本当にデートみたいですわね」
「だから任務だって」
「お兄様は堅いですわ」
「リオが緩すぎるんだよ」
その時だった。
銀メガネのフレームが、かすかに白く明滅した。
テツロウの胸がざわつく。
「……リオ」
「ええ?」
座席が、みしりと鳴った。
リオが首をかしげる。
「……あら?」
彼女の膝が、さっきよりも前へ出ている。
座席の間隔が急に狭くなったように見えた。
いや、違う。
リオの身体が、大きくなっているのだ。
「少し窮屈ですわね」
「少しじゃない!」
吊革が、彼女の肩口へ触れた。
頭頂部が天井へ近づいていく。
それでも周囲の乗客たちは、
何事もないように揺れに身を任せている。
異変に気づいているのは、テツロウだけだった。
「お兄様」
「これは、少々予定外ですわ」
「リオ! 合言葉は!?」
その瞬間、銀メガネの表示が乱れながら
赤く点滅した。
【今回の脱出コードを確認してください】
「……っ!」
天井は軋み、リオの身体はなおも大きくなっていく。
「思い出せ……!」
転送前に表示された文字が脳裏によみがえる。
「リゲル!!」
白い光が車内を包み込んだ。
第五章 第二話へ続く
第五章・第一話を読んでいただき、
ありがとうございました。
今回は、新たな探索の導入回となりました。
“大迷宮”や銀メガネなど、
久しぶりの要素も登場しています。
第五章では、新たな舞台での探索や、
少しずつ深まっていく
“不思議”も描いていく予定です。
次回、第五章・第二話は
6月12日(金)公開予定です。
また、感想など聞かせていただけると励みになります。
今後とも『不思議な宇宙のもとで』をよろしくお願いいたします。




