第四章 不思議なメイドの文化祭⑦
文化祭編・第七話です。
今回で第四章は完結となります。
【登場人物】
・青星テツロウ
・青星エミ
・青星ミニ
・青星リオ
・赤井エアリ
・銀水リウス
・銀水ピスカ
・紫雲タリア
にぎやかだった文化祭の締めくくりを、どうぞお楽しみください。
■第四章 第七話
文化祭特別公演――シグマクエストステージは、
盛大な拍手の中で幕を閉じた。
最後の決めポーズのまま並んでいた七人は、
照明が戻ると同時に一斉に肩の力を抜き、
いつもの表情へ戻っていく。
ミニが真っ先に飛び跳ねた。
「やったー! 大成功ー!」
その勢いのままステージを駆け回ろうとして、
エアリにすぐ止められる。
「ミニちゃん、まだ片付け前です」
「えへへ、ごめーん!」
エミは胸の前で手を合わせ、
嬉しそうにテツロウを見下ろした。
「兄さん、どうだった?」
勇者装備のまま中央へ立たされていたテツロウは、
苦笑しながら頭を掻く。
「どうだったって……」
「正直、途中から何が起きてるのか分からなかった」
「でも、すごかったよ」
その一言に、エミの顔がぱっと明るくなる。
「ほんと!?」
「ほんとだよ」
リウスは忍者装束の帯をほどきながら、
やれやれというように肩をすくめた。
「……テツ兄、ずっと口開いて見てたしね」
「開いてない」
「開いてた」
即答だった。
ミニまでうんうんと頷く。
「開いてたー!」
「お前らな……」
そのやり取りに、会場いっぱいへ笑い声が広がった。
リオは戦士装備のまま、優雅に長い髪を払った。
「当然の結果ですわ」
「わたくしたちが本気を出したのですもの」
「文化祭で本気出すなよ……」
「お兄様のためですもの」
さらりと返され、テツロウは言葉に詰まる。
ピスカは賢者の杖を抱えたまま、
柔らかな笑みを浮かべていた。
「みんな、とっても素敵だったわ」
「テツロウちゃんも、立派な勇者さんだったわよ?」
「立派かどうかは知らないけど……疲れた」
「ふふ、それなら後で回復してあげる」
「まだやるのか、その魔法」
タリアは真顔のまま操作卓を確認していた。
ステージ照明、音響、背景装置。
すべての停止を確認し、ようやくこちらへ向き直る。
「成功判定です」
「ゲーム脳か」
「客席反応、良好」
「いや、そこじゃなくてな」
「続編制作も可能です」
「何の話だ」
「シグマクエストIIです」
その一言で、全員が反応した。
ミニが飛び跳ねる。
「やるのー!?」
エミが身を乗り出す。
「兄さん、また勇者やってくれる?」
リウスが腕を組む。
「今度は僕、最初から入れてよ」
ピスカが微笑む。
「賢者も必要でしょう?」
リオが胸へ手を当てる。
「もちろん、わたくしも続投ですわ」
エアリは苦笑しながらメモを取るふりをした。
「企画会議、始まってますね」
テツロウは深くため息をついた。
「俺の意思は?」
七人の声が綺麗に揃う。
「採用済みです」
「なんでだよ!」
その時、会場上部のスピーカーから
柔らかな電子音が流れた。
続いて、落ち着いた音声が響く。
『文化祭プログラム、全工程を終了しました』
『参加者の皆さま、お疲れさまでした』
『これより撤収フェーズへ移行します』
照明が一段落ち、舞台の光が穏やかなものへ
変わっていく。
ミニが両手を上げた。
「えー! もうおしまいー!?」
タリアは淡々と答える。
「予定通りです」
エミは少し寂しそうに笑った。
「……終わっちゃったね」
ピスカがその肩へ優しく手を置く。
「また次があるわ」
リオは優雅に微笑んだ。
「お兄様専用文化祭・第二回も可能ですわ」
「やめろ、恒例行事にするな」
やがて撤収作業が始まった。
冒険世界の背景セットが折りたたまれ、
松明風ライトが取り外され、
ステージ装飾が次々と収納されていく。
先ほどまで異世界だった空間が、
少しずつ元の会場へ戻っていく。
その一方で、タリアが静かに告げた。
「地上へ戻ります」
「着替えと休憩は、ログハウス大広間で行います」
「……ああ、あそこか」
テツロウの脳裏に、木の香りと暖かな灯りがよぎる。
どこか懐かしい感覚だった。
リオがそっとテツロウを抱き上げる。
「参りましょう、お兄様」
「またそのまま運ぶのか」
「いいえ」
リオは優雅に微笑んだ。
「お兄様専用――わたくしの特等席で、ですわ」
「……またか」
次の瞬間。
テツロウの身体は、
やわらかなぬくもりに包まれていた。
ふわりと視界が浮き上がる。
慣れた手つきで抱えられ、
安定した場所へ収められる。
「歩くより、こちらの方が快適でしょう?」
「否定はできないのが悔しい……」
「素直でよろしいですわ」
リオは満足げに笑った。
その様子を見ていたエアリが、小さく肩をすくめる。
「テツロウさん、
抵抗するのは最初だけなんですよね」
「してるつもりなんだけどな……」
「もう慣れてください」
ミニが元気よく先頭を走り、
タリアが機材ケースを押し、
ピスカが後ろから皆を見守る。
ログハウスへ続く階段を上がっていく。
地下の華やかな空気が遠ざかり、
代わりに木の壁の匂いと、
静かな温もりが近づいてきた。
やがて一行は、ログハウスの大広間へ戻ってきた。
広い木造の室内。
中央には大きなテーブル。
柔らかな照明。
窓の外には静かな夜。
文化祭の喧騒が嘘のような、穏やかな空間だった。
「……戻ってきたな」
テツロウがぽつりと呟く。
エミが嬉しそうに笑った。
「兄さん、ここ覚えてる?」
「なんとなく、な」
本当は、もっと色々あった気がする。
けれど思い出そうとすると、
記憶はふわりと霞んでいった。
テツロウは大テーブルの中央へそっと下ろされた。
そこから見上げると、
巨大な彼女たちが周囲を囲んでいる。
まるで小さな王様にでもなった気分だった。
「違和感すごいな……」
「似合ってるよ、兄さん」
エミがくすりと笑う。
「王様みたい」
「勇者の次は王様かよ」
リウスが肩をすくめた。
「忙しいね、テツ兄」
やがて、彼女たちは着替えを始めた。
今度は非日常の衣装から、
いつもの姿へ戻るための着替えだ。
紫の弓使い装備を外し、つなぎ姿へ戻るタリア。
水色の僧侶衣装を丁寧に畳み、制服へ着替えるエミ。
赤いローブを整え、普段の服へ戻るエアリ。
黄色の武闘家装備を脱ぎながら、
最後まで落ち着きなく動くミニ。
黒銀の忍者装束をほどき、
すらりとした学生服姿になるリウス。
白銀の賢者衣装を外し、柔らかな私服へ戻るピスカ。
その様子を、大テーブルの上から見上げる
テツロウは、妙に落ち着かない
気分になっていた。
「……お前たち、俺の前で普通に着替えるのか?」
思わず漏れた声に、エミがくすりと笑う。
制服の襟を整えながら、優しく言った。
「兄さんだったらいいのですよ」
「家に着くまで、私たちの文化祭を楽しんでね」
「いや、そういう問題か……?」
リオは上品な仕草で髪を払う。
すでにいつもの装いへ戻りながら、
楽しそうに微笑んだ。
「お兄様だったらいいのですわ」
「最後まで、わたくしたちを楽しんでくださいませ」
「言い方に語弊がある!」
その隣で、エアリが少しだけ頬を
染めながら視線を逸らす。
「……テツロウさんは、特別な人ですから」
「だから、皆も気にしていないんです」
「お前までそんなこと言うのか……」
ミニは元気よく手を上げた。
「お兄ちゃんは、かわいいし。楽しいんだもん!」
「なんだその評価は」
「ほんとだよー!」
そう言いながら、ミニは巨大な指先を伸ばし、
テツロウをつつこうとする。
だが、その手前でそっと止められた。
エミだった。
「ミニちゃん、兄さん疲れてるから」
「えー、ちょっとだけー!」
「だめ」
リウスが学生服の袖を通しながら肩をすくめた。
「……人気者ってことでしょ」
「納得いかないな……」
ピスカは柔らかく笑い、皆の様子を見渡した。
「ふふ、みんな素直で可愛いわね」
そして最後に、そっとテツロウの頭へ指先を添える。
「みんな、信頼してるってことよ」
タリアだけは真顔だった。
「効率上、問題ありません」
「……テツロウ氏の前なら、皆も嬉しいのでしょう」
「お前が一番照れくさいこと言ってるぞ」
そのやり取りに、部屋いっぱいへ笑い声が広がる。
賑やかだった時間が、少しずつ日常へ戻っていく。
それが、少し惜しかった。
そして誰よりも早く、リオが着替え終えていた。
いつもの上品な装いへ戻ったリオは、
にこやかにテツロウの前へしゃがみ込む。
「お待たせしましたわ、お兄様」
「何がだよ」
「本日の最終案内です」
「嫌な予感しかしない」
次の瞬間、テツロウの身体は
そっと持ち上げられていた。
慣れた手つきで抱えられ、
そのまま隣の畳部屋へ運ばれていく。
襖が開かれる。
そこには静かな和室が広がっていた。
畳の香り。
座布団。
低い灯り。
疲れた身体に、それだけで眠気が押し寄せてくる。
リオは畳へ座り、穏やかに微笑んだ。
「お兄様、こちらへ」
「……え、まさか」
「ええ、まさかですわ」
そう言って、テツロウを自らの太ももの上へ
そっと横たえる。
「ちょ、ここでか……」
「本日の締めくくりですもの」
柔らかな感触。
安定したぬくもり。
抗議しようとした言葉は、半分も出てこなかった。
エミが制服姿のまま襖越しに顔を覗かせる。
「兄さん、寝ちゃいそう」
ミニもひょこっと顔を出す。
「お兄ちゃん、もう目とろーんってしてる!」
リウスは廊下からぼそりと言った。
「勝ち組だね」
「だから何の話だ……」
エアリが苦笑する。
「今日は本当にお疲れさまでした」
ピスカも優しく微笑んだ。
「いい夢見てね、勇者ちゃん」
タリアは腕を組み、真顔で頷く。
「睡眠回復は重要です」
「お前だけ最後までゲームなんだな……」
皆の笑い声が遠く聞こえる。
畳の香り。
木の家のぬくもり。
リオの太ももの心地よさ。
身体から力が抜けていく。
「……なんか、いい一日だったな……」
「ええ」
リオの優しい声が降ってくる。
「お休みなさいませ、お兄様」
その声を最後に、
テツロウの意識は、静かに沈んでいった。
ふと、目を覚ます。
規則正しい揺れ。
走行音。
見慣れた車内灯。
顔の下には、柔らかな感触。
見上げると、リオの顔があった。
「……あれ?」
「お兄様、ぐっすり寝られまして?」
どうやら膝の上に頭を預けていたらしい。
慌てて起き上がろうとするが、
列車が揺れてうまくいかない。
向かいの席から、エアリが苦笑した。
「テツロウさん、もうすぐ星見ヶ丘ですよ」
窓の外には見慣れた夜景。
電車は静かに駅へ近づいていた。
テツロウは額へ手を当てる。
今日はいろいろあった気がする。
バンド演奏。
展示会場。
コスプレステージ。
皆の笑顔。
「……楽しかったな」
ぽつりと呟く。
「エミたちの文化祭、面白かった」
リオとエアリは顔を見合わせ、やわらかく微笑んだ。
やがて電車が減速し、星見ヶ丘駅へ滑り込む。
扉が開く。
その瞬間――
視界がふっと揺らいだ。
小さなホームに立つテツロウを、
巨大な少女たちが優しく見守っていた。
夜風に揺れる髪。
見上げるほど大きな笑顔。
その中央で、エミがそっと微笑む。
「兄さん、お疲れさまでした」
少し頬を染め、嬉しそうに続ける。
「……素敵な、私の勇者様」
テツロウは何かを言いかけて――
景色は静かに闇へ溶けていった。
第四章 完




