外伝I 不思議なテツロウのRPG ①
※本編第三章と第四章のあいだにあたる、寄り道の外伝エピソードです。
今回は、テツロウ・エミ・タリアの三人が、少し不思議な世界へ足を踏み入れます。
いつもの物語とは少し違う空気感も含めて、お楽しみいただければ嬉しいです。
天の川市、星見ヶ丘。
テツロウたちが暮らす、青星家。
静かな住宅街の一角に建つその家は、外から見ればごく普通の一軒家にすぎない。
――だが、その地下には。
“宇宙のもと”と呼ばれる、広大な世界が広がっている。
そんな、ある日のこと――
青星家・地下二階。
テツロウは今日も、“宇宙のもと”の傍らで調整作業に没頭していた。
淡く光を放つその装置を前に、真剣な眼差しで端末を操作している。
そこへ――
「テツロウ氏、テツロウ氏」
軽やかな声とともに現れたのは、地下一階で下宿している少女――紫雲タリア。
“宇宙のもと”の模型やシステム開発を手伝っている、腕利きの技術者でもある。
タリアはテツロウのもとへ駆け寄ると、
「父が作ったんです。
“宇宙のもと”をベースにしたゲームなんですけど――」
そこまで言って、ぐっと身を乗り出す。
「テストプレイ、していただけませんか?」
やや強引ともいえる勢いで、そう懇願してきた。
――そのとき。
コンコン、と小さく扉を叩く音。
「兄さん、お疲れ様です。コーヒーをお持ちしました」
やわらかな声とともに現れたのは、妹のエミだった。
手にしたトレイをそっと差し出しながら、室内の様子に目を向ける。
「あら……ゲームですか?」
興味を引かれた様子で、エミはタリアの持ってきたものを覗き込んだ――。
テツロウは、ゲームの箱に書かれてある説明書きに目を通した。
《このゲームは“宇宙のもと”シグマワールドで起動します。》
「シグマか……」
小さく呟きながら、テツロウは肩をすくめる。
「“宇宙のもと”って、ワールドごとに環境が違うだろ?
使えるデータも、全部別になるし。
うちで使ってるのはアルファなんだよね」
タリアは、にこりと笑って頷いた。
「大丈夫ですよ。父からシグマワールド用のカセットも預かっています」
そう言って、小さなケースを取り出す。
「これに差し替えていただければ、問題なく遊べますよ」
テツロウは、しばし考え込むように視線を落とした。
「なるほど……」
ぽつりと呟く。
「“宇宙のもと”の中に入れるのは、俺だけか……」
それは今さら確認するまでもない事実。
だが――ゲームとなると、話は少し違ってくる。
タリアは、そんなテツロウの様子を見て、にこりと笑った。
「大丈夫ですよ、テツロウ氏。私が外からサポートします」
少し身を乗り出しながら、続ける。
「エミちゃんも、手伝ってくれるよね?」
エミは静かに頷き、やわらかく微笑んだ。
「はい、兄さん。もちろんです」
「心を込めて、サポートさせていただきますね」
テツロウは二人の顔を見て、ふっと力を抜く。
「今日は、エアリちゃんやリオもいないけど……」
軽く肩をすくめながら、
「まあ、試してみるか。せっかくだしな」
そう言って、テツロウは“シグマワールド用カセット”へと手を伸ばした。
「では兄さん、先に切り取り部屋へ行ってますね」
エミはくすりと微笑み、
「うふふ……お待ちしています」
そう言い残して、静かに部屋を後にした。
テツロウは、その背中を見送ってから――ゆっくりと装置に向き直る。
まず、アルファワールドのカセットを取り外す。
慣れた手つきでそれを脇に置き、代わりに、タリアから渡されたシグマワールドのカセットを手に取った。
「……シグマ、ね」
小さく呟く。
軽く息を吹きかけ、表面のほこりを払うと、慎重にスロットへ差し込んだ。
カチリ、と乾いた音。
続けて、ゲームカセットも接続する。
すべての準備が整い――室内に、わずかな静寂が落ちた。
ゲーム、起動――。
《シグマ・クエスト テスト版》
《モード:ノーマル》
表示が、視界の奥に浮かび上がる。
「……なんだこれ」
テツロウが眉をひそめる。
本来、“宇宙のもと”への転送は――こんな画面表示など挟まず、即座に空間が切り替わるはずだった。
だが今回は違う。
まるでゲームのタイトル画面のような表示が、一瞬、視界を支配する。
その直後――
足元の感覚が、ふっと消えた。
「……っ」
重力が曖昧になる。
身体が“落ちる”ような、“引き込まれる”ような――奇妙な浮遊感。
そして。
視界が、白く弾けた。
――バリオン王国。
気がつくとテツロウは、荘厳な玉座の間に立っていた。
高い天井。赤い絨毯。
左右に並ぶ兵士たち。
そして、その奥――黄金の玉座に腰掛ける、一人の男。
「おお、勇者テツロウよ」
重々しい声が、広間に響く。
「そなたが来るのを、待っておったぞ」
テツロウは、思わず間の抜けた声を漏らす。
「……え?」
(いきなり勇者扱いかよ……)
あまりにも“ゲームらしすぎる展開”に、逆に現実味がない。
王は、ゆっくりと立ち上がった。
「伝説の勇者よ」
重々しい声が、広間に響く。
「魔王は、我が国の秘宝――
“スターライト・シグマ”を奪い、この世界を闇に陥れようとしておる」
わずかに間を置き、まっすぐにテツロウを見据える。
「“スターライト・シグマ”を取り戻し、この世界を救ってくれ」
王は手を掲げる。
それに応じて、側近が一歩前に出た。
「これは旅の軍資金と装備じゃ」
小さな袋と装備一式が、テツロウの前に差し出される。
「城下町にギルドがある」
「そこで仲間を集めるがよいだろう」
――そのとき。
テツロウのかけているメガネに、淡い光が走った。
《ステータス》
視界の端に、半透明の表示が浮かび上がる。
「……おいおい」
思わず呟きながら、テツロウはその表示に目を向けた。
――――――――――
なまえ:テツロウ
職業:勇者
レベル:1
HP:30
MP:0
装備:銅の剣
所持金:50ゴールド
――――――――――
「……50ゴールド」
ぽつりと呟く。
「これが、さっきの“軍資金”かよ……」
さらに視線を下へ落とす。
「……っていうか、レベル1?」
思わず眉をひそめる。
(いきなり勇者扱いされて、これか……?)
どこまでも“それっぽい”数値。
だが同時に、妙な違和感もあった。
――表示が、やけに現実的すぎる。
まるで“ゲームの画面”ではなく、自分の状態そのものを突きつけられているような――そんな感覚だった。
「仲間は、城下町のギルドか……」
テツロウは軽く肩を回しながら、玉座の間を後にした。
「とりあえず、行ってみるか」
――ギルド。
城下町の一角にあるその建物は、酒場を兼ねたような、にぎやかな空間だった。
ざわめき。笑い声。
そして、武器と鎧の擦れる音。
(ほんとにゲームだな……)
カウンターへと歩み寄り、奥に立つ職員に声をかけた。
「ここに来れば仲間がいるって聞いたんだけど……」
職員の女性は、にこりと微笑む。
「あら、勇者さまですね」
「今回、登録されている仲間はこちらになります」
そう言って差し出されたのは、一枚のプレートのような表示。
――――――――――
僧侶 レベル1:エミ
弓使い レベル1:タリア
――――――――――
「……は?」
テツロウの思考が、一瞬止まる。
もう一度、目を凝らす。
「エミ……?」
「タリアちゃん……?」
見間違いじゃない。
間違いなく――さっきまで一緒にいた、あの二人の名前だった。
「……どういうことだ?」
ゲームの中のはずなのに。
あまりにも“都合が良すぎる”。
いや、それ以上に――
(なんで、最初から登録されてるんだ……?)
(……いや、待てよ)
(……サポートって、こういうことか?)
妙に納得してしまう。
――なのに。
その理由が、うまく思い出せない。
「……まあ、いいか。ゲームだしな」
「さっそくだし、二人とも誘うか……」
そう呟いた、そのとき――
「お待たせです、兄さん! 外でお待ちしていますよ!」
「テツロウ氏、サポートに来ましたよ!」
――声がした。
「……は?」
テツロウは顔を上げる。
(今の……どこからだ?)
確かに聞こえた。
だが、ギルドの中にはそれらしい姿はない。
「……外?」
首をかしげながら、テツロウはギルドを後にする。
――そして。
扉を開けた瞬間。
「……っ!?」
思わず、言葉を失った。
そこにいたのは――
巨大なエミとタリアだった。
見上げるほどの大きさ。
いや、“見上げる”などというレベルではない。
空を覆うように、二人がそこに“存在している”。
エミは、青い修道服のような衣装に身を包み、穏やかな笑みを浮かべている。
タリアは、紫の衣服に身を包み、背には巨大な弓を背負っていた。
そして二人とも、動きやすさを重視したのか、やや短めのスカートを身につけている。
「兄さん、こちらですよ」
エミのやわらかな声が、空から降りてくる。
テツロウは、しばらく言葉を失ったまま――ただ、見上げる。
(……なんだよ、これ)
圧倒的なスケール差。
――なのに。
(いや、ちょっと待て……)
ゲームのはずだ。
仲間を集める、ただそれだけのはずだった。
――だが同時に。
(サポートって……こういうことかよ……)
妙に納得してしまう自分もいた。
一方で――
エミは、少しだけ安心したように微笑む。
(ちゃんと転送できているみたいですね……)
視線をやわらかく落としながら、小さなテツロウの姿を見つめる。
「兄さん、危ないですから、あまり動かないでくださいね」
まるで、大切なものを扱うように。
タリアはというと――
「おお……これはすごいですね」
興味深そうに周囲を見回しながら、テツロウへと視線を向ける。
「視点スケールが完全に分離されていますね……」
「でも、ちゃんと認識は共有されている……」
どこか楽しげに、そう呟いた。
そして。
「テツロウ氏、大丈夫ですか?」
少しだけ身をかがめるようにして、こちらを覗き込んでくる。
その瞬間――
圧倒的な“距離感の崩壊”に、テツロウの思考は完全に停止した。
「……いや、大丈夫なわけあるか……」
ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほど、かすれていた。
「それでは――」
エミは、やわらかな笑みを浮かべながら、
「楽しく冒険を始めましょうね、兄さん」
どこか嬉しそうに、そう告げた。
その言葉に、テツロウは小さく息をつく。
(……楽しく、ね)
目の前には、見上げるほどの巨大な妹と、同じく巨大な仲間。
そして、自分は――足元にいる。
(これ、本当にゲームか……?)
不安と、わずかな期待が入り混じる中――
テツロウの“異世界での冒険”が、静かに幕を開けようとしていた。
――外伝 不思議なテツロウのRPG ① 完――
外伝②へ続く。
外伝①をお読みいただき、ありがとうございました。
少し寄り道となる物語でしたが、楽しんでいただけましたら嬉しいです。
次回、外伝②は **5月5日ごろ公開予定** です。
5月からは **毎週火曜日・金曜日** の更新を目標に進めてまいります。
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